まかいてんしょー

第六章 決闘無用

「もう、二人も果てたというのか…!」
 蝋燭を見ながら、久美がそう呟くと、周囲の視線は久美へ集まった。
「連中にかまっているからこんな事になる!なぜ、すぐに帝都へ向かわん!」
「余興と申し上げたはずですが…?」
 藤波が、微笑んだまま久美に言う。
「島津様に喜んでもらわんがための、余興でございます」
「しかし…こうも犠牲が出ては」
 その事には誰も答えなかった。久美は口を尖らせて、
「…今度は、誰が行くのだ」
「…拙者が」
 奥の方にいた男が、すっくと立ち上がった。
「おお、佐々木只三郎か」
 久美は目を見開いたが、またいつもの不敵な表情に変わった。
「一人で大丈夫か?」
「一対一であるからこそ、面白いのでござる」
 そう呟くと、佐々木は久美に一礼した後、その場を去っていった。大きな沈黙だけがそこに残された。しばらくした後で、口を開いたのはまたしても久美であった。
「御伽兵部はどうした」
 見てみれば、あの怪僧がいない。
「儀式を行っております」
 さらりと藤波が言った。
 …儀式?何の儀式だ?いや、その前に、だ。あの男、何の宗派の坊主なのだ?ただ僧形をしているだけかと思っていたが…。
 様々な疑問が頭を駆け巡ったが、おそらく聞いても教えてはくれまい、と久美は判断した。悔しさに両手が震えた。
「…申す事はそれだけだ」
 そう呟いて、久美はまた、外へ出て行ってしまった。
 後は、転生衆と藤波だけが残された。
「…あれは、何をしに来たんやろ」
 少し間があってから、伊東が皆目見当がつかない、と言ったような風で呟いた。
「なあに。島津殿は焦っているのさ。転生衆が次々と死んでいき、政府の転覆が出来なくなるのでは、とね」
 質問に藤波が答えると、皆、納得といった感じで頷く。
「…我らが居ずとも、根来衆…いや、御伽殿だけで、維新のやり直しは可能。それを教えてあげたらどうだ」
 土方が藤波にそう呟くと、藤波は首を振った。
「それは面白くない。もうしばらく、あの方には道化になってもらう。…もっとも、あのお方は生まれてからずっと道化だったのかもしれないけどね…」
 くすり、と藤波は笑ってから、すぐに立ち上がった。
「さあ、また男女を連れてこなきゃ」

 正午。
 その日も、朝から島田たちは聞き込みに当たっていた。彼らの粘り強い捜査のお陰で、ようやくいくつかの情報を得る事が出来た。

 ・まず蒸発し、その後死体となって発見されている。
 ・必ず、殺されているのは男女一組である。
 ・どちらかといえば、若い男女が多い。

 そう書かれたメモ帳を見て、島田が難しい顔をする。
「蒸発してから、って事は、要するに、まず攫われているって事ですかね」
 斎藤の質問に、島田は「そうかもな」と曖昧に答えるしかない。自分でも確証がないし、島田は、こういう推理するキャラでは無いと自覚している。
「しかも、男女。男と女が必ず一組。老若男女といっても、実際は若い男女が多い。これが一番怪しいな」
 意外に普通の事を言う新に、一同が目を見開いた。けっこう冴えている。
「ん?」
 その時、そう声を上げた如月が、上を見上げる。誰もが、まさか、と思った。
「…どうやら、僕にお誘いみたいですね」
 如月は島田たちに一礼すると、すたすたと通りを歩いていった。みんなが口々に「死ぬなよ」とか「負けるなよ」と叫んだが、さすがに今回は誰も止めなかった。もし誰かが付いて行った事が知れたら、その報復として京の町を焼くと坂本は言った。それが本当か嘘かは分からないが…。
 とりあえず、芹沢はまだ旅館にいるので、島田たちは一旦旅館に戻って考えをまとめる事にした。

 山崎は、少し薄暗い林の中を走っている。薄暗いのは夜だからではない。鬱蒼と茂る竹林のせいだ。しかし山崎には好都合だった。多少なら身を隠せるかもしれない。風で身を揺らせてざわざわと鳴る竹林の音が、山崎には少し心地よく感じられた。どうやら、結界を制御している場所は三つあるらしい。それが、洛中を囲むように配置されているという。ならば、全部破壊すれば結界は消えるわけだ。
 遠くにある妙なものを見て、山崎が感じていた心地よさは、すぐに消えた。竹林の中に、少し大きめの広場のようなものがあって、四人の坊主が地面に座り、延々と何かを唱えている。おそらく御経であろうが、奇妙なのは、四人の坊主が囲んでいるのが、一つの頭蓋骨である、という事だった。
 …なんや、あれは。
 山崎がそれを凝視していると、突然、背後に気配を感じ、すぐさま刀を抜くと、山崎は背後より襲ってきた手裏剣を一つずつ撥ね返していく。紫の頭巾を被った背の低い男が姿を現した。
「貴様とまた出会えるとは、思ってもみなかったぞ、伊賀の山崎雀」
 男は、大きな刀を抜いてそう呟く。山崎は立ち上がって男を見つめた。日本の刀ではない、おそらく清国の青竜刀という奴だ。それを見たとき、山崎は、ああ、と声を上げた。
「まさか…蝙蝠の」
「そうだ。貴様の仕掛け針で死んだ、死人蝙蝠よ」
 死人蝙蝠、というのは異名である。非常に身軽で、高く飛びあがった後に、腕にある皮膜で空から滑空し、持っている刀で攻撃する。刀には毒が塗っており、斬られた場所はすぐさま壊死してしまう…という忍者だ。
「貴様への恨みを晴らすべく、“まかいてんしょー”の術でこのように転生した。人呼んで、根来再生衆」
 なぜ「転生衆」ではなくて「再生衆」かは謎だ。彼らの好みであろう。
「何かあるとは思ってたが、あんたらがいるっちゅうんは予想外やったな」
「ふっ、俺ばかりでは無いぞ!」
「はいはい、有益な情報ありがとさん。ちなみに、他の二人は蜘蛛と蠍やないか?」
「そんな事をお前に話す義務は無い!」
 死人蝙蝠は飛び上がると、一旦近くの竹に掴まってから、山崎に向かって滑空してくる。山崎は突っ込もうとしたが、速かったので危うく回避するにとどまった。死人蝙蝠はそのまま滑空して着地すると、切りかかってきた。山崎は側転でそれを避け、背後に回ると仕掛け針を死人蝙蝠の首の後ろに突き刺す。うめき声が聞こえたが、それを構わず、より深く突き刺すと、死人蝙蝠は体を何度も痙攣させ、静かになった。
「阿呆が…」
 そう呟いて、針を抜き取ってから死体を蹴倒すと、そのまま死体は風化して頭蓋骨だけが残った。動揺している坊主たちにそのまま山崎は走っていく。彼らも根来衆の一員であるが、山崎の敵ではない。四人の坊主をそれぞれ一撃で倒していくと、どん、という音がして、中心にあった頭蓋骨が砕け散った。
「ったく、髑髏だらけやな…」
 ぐずぐずしている場合ではない。今の自分の仕事は、結界の封印を解き、相手の目的を知る事である。
 また、彼女は駆け出した。

 しばらく歩くと、鐘の音が如月の耳に侵入してきた。東寺に近づいている。

 東寺は正しくは教王護国寺といい、平安遷都の際、鎮護国家のため都城の南玄関、羅城門の東に作られた。五重塔は高さ五七m。日本最大で、正保元年に徳川家光が再建・奉納したものである。
 夕日が東寺を照らし、五重塔はまばゆいばかりだ。しかし、周囲はひっそりとしていて、来訪者をよせつけないかのようである。しかも境内には人の気配がない。まるで盗人のように、如月は東寺の門をくぐり、金堂へと入っていく。金堂にも誰もいない…いや、金堂の一番奥、つまり、如月から一番遠いところに、座禅を組んでいる男がいる。如月が男に近寄ろうとすると、ギイ、という音がして、自分の背後にある扉が閉まった。漆黒が周囲を包む。それが合図だったのか、あちこちにあった蝋燭が、ひとりでに点火されていった。たくさんの蝋燭で、金堂内部はまるで昼間のように明るくなった。
「…待っていたぞ」
 低い声が金堂内部に響き渡り、座禅を組んでいた男は立ち上がり、刀を抜いた。
「佐々木先生…あなたまで、転生していたとは…」
 ごくり、と唾を飲み込んでから、如月は刀に手をかけて、呟いた。
 佐々木只三郎は、幕末期に京を守っていた組織の一つ、京都見廻組の頂点に立つ男である。会津藩士の三男として生まれ、剣術を藩の師範役・羽嶋源太に学び、「会津五流」と総称される剣の流派の一つである「精武流」の奥義を極めた。また、風心流という小太刀の流派や、夢想心流という居合いの流派も学んだ。「小太刀をとっては天下無双」と言われ、師をも凌ぐほどであった。
 如月は、表の仕事として京都見廻組の下っ端であったから、彼は佐々木の部下、という事になる。実直な如月を佐々木は良く使った。
 「御公儀の為に生きている」と言い、恨みや欲などまったく無かったような佐々木という男。それが、どうして転生してしまったのか。如月は不思議だった。
「なぜですか。あなたほどの人が…」
「唯一、悔いが残る事がある」
 佐々木は、如月を見据えたまま動かない。
「如月。貴様と本気で戦えなかった事だ」
「おっしゃる意味がよく…」
「嘘をつくな。貴様は、練習試合ではいつも本気を出さなかった。今になってようやく分かったのだ、貴様が偽っていた意味が」
「…」
「始末屋である事がばれてしまうかもしれない、そうだな?」
「…」
「これならば、本気で戦えるはずだ。負ければお前は死ぬ」
 そう呟きながら、佐々木はゆっくりと近づいている。同じように、如月もまたゆっくりと近づいている。佐々木は剣を相手に向け、相手の動きを読もうとした。しかし如月の動きはまったく読めない。何を考えているのか分からない、完璧な無心である。
 …恐るべき奴。
 佐々木は走り、刀で如月の喉笛を貫かんとする。ガチッ、という、刀と刀が鍔迫り合いをしたような、金属と金属がぶつかる音がし、如月を通り過ぎ、立ち止まった。如月の頬から血が出ている。如月は血をぬぐうと、素早く振り替えった。佐々木が既にこちらを向いている。佐々木の左目は、血で濡れていた。
「ふっふっふっふ…はっはっはっはっはっは!」
 佐々木は声を上げて笑う。まるで、自分が勝ったかのようである。
「拙者の左目を潰すとは…。転生してきた甲斐があったというものだ。だが、次はこうは行かぬぞ。必ず貴様を仕留めてみせる」
 しかし、如月は冷静だった。
「堕ちましたな」
「なんだと…?」
「そんな力を得てまで、戦いを求めるのは、もはや人ではありませぬ」
 一瞬、佐々木の顔に動揺が走った。思ったとおりだ、と如月は感じた。如月はそのまま近づいていく。佐々木は顔に焦りの表情を浮かべたまま、少しずつではあるが、後ずさりしていく。だが、彼の中に何かの決心がついたのか、そこで足は止まった。
「拙者は、貴様と戦う事が出来ればそれでいいのだ。それが叶うのなら、魔道に喜んで堕ちてやるわ!」
「ならば、この如月勘十郎、喜んで相手をしましょう」
 如月はそのまま、刀に手をかけて動かない。佐々木がこちらに突進してくる。佐々木が面を撃とうとするより早く、如月の抜刀は、佐々木の胴を寸分の狂いもなく薙いでいた。佐々木はそのままくるくると回転して、如月の真後ろに倒れる。
「…佐々木先生」
 少しだけ、如月の目から涙が流れている。
「…転生衆は…後五人いる…」
 そう呟いて、佐々木の肉体は風化していった。
 彼の死に顔は、晴れやかだった。


(おまけのSS by 若竹)
【永倉】 しかも、男女。男と女が必ず一組。
      老若男女といっても、実際は若い男女が多い。これが一番怪しいな。
【島田】 犯人は、いちゃつくカップルを見て腹を立てた独り者に違いない!
【永倉】 おお! 島田、鋭いじゃん!
【島田】 よし、モテない男を探せ〜!
【斎藤】 女かもしれないよ。
【永倉】 じゃあ、モテない奴を一斉検挙だ〜!
【一同】 お〜!
 こうして事件は解決から遠ざかったのだった。(ウソ)


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