まかいてんしょー

第五章 八坂神社に血の雨が降る

 さて、次の日の朝。朝食を黙々と口の中に入れている芹沢に、島田が声をかけた。
「あのう、カモちゃんさん」
「なーに?」
「…そろそろ教えてくださいよ。昨日…何があったんですか」
「…果し合いをした、と言えばいいかな?」
 皆、驚いて芹沢の顔を見た。如月が確認するように、
「龍馬でしたか」
「ううん。…いや、でも、この事言ってもみんな信じてくれないと思うし…」
「そんな事無いですよ。僕ら仲間じゃないですか」
 島田が真面目にそう言っている風なので、芹沢はぽつりぽつりと喋り始めた。夕飯を食べている最中、なぜか、妙な映像が浮かんで、三十三間堂へ行きたくなった事。そこには、死んだはずの仏生寺弥生子がいた事。しかも、どうやら他にも復活した人物がいるらしい事。
「じゃあ、やはり…大警視の言った事は本当だったのか」
「如月君。川路は、龍馬と仏生寺のほかに、誰が生き返ったって言ったの?」
「いや…あの後、何度も電話したんですが、まったく通じなくて」
「…おかしいわね」
「旅館の人に聞いたら、昨日の夜からだそうです。旅館の電話が内線以外使えなくなって、連絡が取れなくなったって」
「連中の仕業やな」
 卵をかき混ぜ、ご飯にかけている山崎がそう呟く。その後、彼女はご飯をかきこんだ。

「連中って何だよ?」
 口にご飯つぶをつけたままの新が言うと、山崎は水を一気に飲み干してから、
「おそらく、根来衆やろう…」
 紀州の葛城山の中腹に、新義真言宗の本山で根来寺というのがある。平安の末期に栄えて大寺院となり、源平、鎌倉、室町と、おびただしい僧兵を擁していた。いつのころからか、忍法という奇怪な特殊技能を持った武力集団として知られるようになる。最後は秀吉の手によって全山を焼き討ちされたが、それを江戸時代初期に徳川頼宣が再建し、今に至っている。
「根来寺はただの寺になっているが、忍者たちはそう簡単にくたばらんからな。京で始末屋をやっとったはずや」
「厄介ですねえ」
 そう、如月が呟くと、芹沢は目を見開く。
「なんで?」
「…秘術を使うから、普通では考えられない能力を持っている。当然、対処の方法を間違うとすぐにやられます」
「復活した剣豪に、根来衆。敵が増えたなあ…」
 斎藤が苦い顔をした。まあまあ、と山崎が笑って、
「ま、斎藤はんたちは復活した奴らを考えて。根来はうちに任せてや」
「山崎さんだったら島田より頼りになるしなあ」
「…あんな阿呆と比べんといて」
「阿呆とはなんだよ!」
 安心は出来ない状況だったが、彼らは底抜けに明るかった。

 古寺の外で、久美は大きめの石に座り、煙管を吹かしていた。
 …思えば、鍋島は明治四年に死んだ。あの殺しても死なないと思っていた山内も、その翌年に酒の飲みすぎで脳溢血になって死んだ。友達は、もうみんな死んでしまって、嫌な奴ばかり生き残ってしまったな…。
 そんな事をつらつらと考えていると、突然背後から、
「疲れていますか?」
 と声をかけられた為、久美は驚いて石から飛び降りる。
「無礼であろう!」
 背後にいた藤波を見て、久美はそう叫んだ。だが、藤波は屈託の無い笑顔を崩さない。思えば、この男は御伽兵部の部下という事だが、一体何者なのか、見当もつかなかった。
「何か聞きたい事がある、って顔してますね」
 藤波はゆっくりと久美に近づくと、久美の頬を触りながらそう耳元でささやく。なぜか、久美は腰が抜けて、地べたに座り込んでしまった。
「…確かに、聞きたい事がある」
「ああ、図星だったんだ」
 久美の応答に、藤波はぴょんぴょんと飛び上がり、まるで女の子のように喜んだ。
「なぜ、土方は転生衆になり、近藤や沖田は転生しなかったのだ。元新選組の奴らが来るならば、近藤や沖田も転生した方が好都合だったのではないか」
「それがですねえ、この“まかいてんしょー”の秘術は、一つだけ、弱点がありまして」

 ふう、と藤波はため息をついてみせる。
「この世に未練を残した者が、転生する事が出来るのです。自らの怨念が、転生の活力となる。個人への恨み、集団への恨み、国家への恨み…」
 ごくり、と久美は唾を飲み込んだ。
「近藤勇子、沖田鈴音といった連中は、恨みがないまま死んだのでしょう」
「馬鹿な」
 そう呟いた後、久美は立ち上がってまた石に座った。
「あっはっはっは」
 久美の反応に、藤波は笑いで答えた。久美は不満げな顔で、
「笑うとは失礼ではないか」
「あ、失礼。…人間の心というのは、そう容易く分からん物です。処刑された者が必ずこの世に未練を残すか、といえば、そうとは言えないでしょう。かといって、天寿を全うした者が、転生の魅力に勝てなかったりする」
「なぜだ。天寿を全うしたならば、この世に未練など無かろう」
「転生衆は老いる事無く、永遠に生きる事が出来る。誰だって、不老の魅力には勝てませんよ。それが、未練となる」
 しかし、転生衆の中に老人はいないではないか、と久美が言おうとした瞬間、藤波の真横にぼろぼろの服を着た男が現れて、話し始めた。
「…髪の短い女が、どうやら一行と別行動を取った由」
「その者に心当たりは」
「…山崎雀に相違ござりませぬ」
 その名前を聞いて、藤波の顔色がさっと変わるのを、久美は見た。
「結界の封印を解く気だな。他の根来衆どもに、警戒しろと伝えておけ」
 男が消えると、やれやれ、と藤波は呟いてから、久美に一礼して、古寺へ戻った。もうしばらく、煙管を吸おうと久美は思った。吸わなければ、やりきれない。

 日中、島田たちは各地を歩き、連続殺人事件についてそれとなく情報を求めてみたが、手がかりになるような情報はまったく得られなかった。それどころか、京の者たちは恐れおののき、首を振るだけなので、情報を得る事すら難しい有様であった。
 また、夜が来る。その時も、夕食を終えて彼らが事件の解決についていろいろと話し合っている最中であった。
「あ」
 そう呟き、斎藤が立った。全員がその動きに注目する。
「斎藤…どうした?」
「どこか、行かなきゃいけない…。変なんだ。誰かが呼んでる」
「よし、俺もついてく」
 島田も立ち上がる。それと同時に新や芹沢も立ち上がったが、
「いや、俺だけでいい」
 という島田の言葉によって、また二人は座った。新が何か言おうとするのを如月が静止する。島田は頷き、斎藤の後を追った。
「どうして止めたんだよ。仲間を見殺しにしろってのか!」
 永倉が如月の胸倉をつかもうとしたが、如月はそれを素早く避け、
「おそらく相手は一人。芹沢さんのときと同じ」
「…一対一って事?」
「彼らはそれに何故かこだわっている。もう少し、様子を見た方が…」
 振り上げた拳を、新が畳に打ち込んだ。納得は出来ない。如月の言動は、やはり仲間を見殺しにするような物ではないか。しかし、と新は思った。一対一なら、加勢するのはかえって無粋なんじゃないかな、と。それならば、まだ納得は出来る。

 斎藤は八坂神社の石段をゆっくり登っていった。それを、斎藤の背後に隠れながら島田も登っていく。歩いているときから雨がぽつぽつと降り始めたので、慌てて旅館に戻って番傘を借りた二人だったが、ここに来る辺りには彼らの読み通り本降りになった。
 八坂神社、というのは、祇園の中心部にある神社で、元々「祗園社」と呼ばれていた場所であるが、明治元年に神仏分離令により「八坂神社」と改められた。それ以外の事は、有名なので別にここに書く事でもないと思う。
 石段を登り、赤く大きな門をくぐると、大きな拝殿が見える。祇園祭の頃は深夜であっても多くの人でにぎわうが、こんな時期は誰もいないはずだった。
「誰かいる」
 そう、斎藤は後ろにいる島田に小声で呟く。拝殿の奥、賽銭箱の上に、背の高そうな女が座っていた。左手には、大きな槍を立てている。
「斎藤、傘を捨てな。もう、前のようにはいかないよ!」
 叫び声が境内に響き渡った。
「うっ…!?」
 後ろの方でうめき声が聞こえた。思わず斎藤が振り向くと、島田が苦しみ、あえいでいる。首の辺りには、何か紐のようなものが結びついていた。その紐に引っ張られるかのように、島田はどんどん後ずさりしていく。
「し、島田!」
「藤田、いや、斎藤はじめ。貴様は目の前のと勝負をしろ。それまで、島田はこの俺が預かる。手を出したら困るき」
 いつの間にか、八坂神社の門の辺りには、あの男がいる。
「さ、さかもとッ…!てめぇ!」
「ほたえな!おんしは黙ってろ」
 坂本が持っている物をくいっと引くと、それと同時に島田の体が坂本の方に引き寄せられた。くっ、と斎藤はうめくと、目の前にいる女へと近づいていく。女を凝視して、ようやく斎藤は相手が誰か分かった。
「た、谷さん…!?」
「そうよ。新選組七番隊組長、谷三十華、ここに推参」
 賽銭箱から、よっこらせ、という感じで降りた谷は、雨の降る中、斎藤を凝視した。

「…ようやく、死んでからの思いを遂げられた。恋心みたいなものかしらね。あなたの刀に対する、私の槍の恋心がね…」
 後は言葉にならず、う、ふ、ふ、ふ、という笑い声に変わった。雨音がなぜか斎藤には心地よく感じられた。異常な無常的感覚、と書くと言葉は滅茶苦茶変だが、薄気味悪いような、それでいて落ち着くような、妙な感じ。内に沸き立つ高揚感は、また人を斬れるというものか、それとも、彼女を倒さなければいけないという義務感、正義感からくるものか。とにかく斎藤は、興奮していた。
 しかし。
 死んでからとはどういう事だ?


「なんなんだ…!?」
 目の前で谷と斎藤が戦っている。その状況が一瞬では当然理解できず、島田がそう叫ぶと、不意に喉の部分が楽になった。しかし、その代償なのか、今度は体が縛り付けられる。背後に気配がした。おそらく、坂本だ。
「“まかいてんしょー”の秘術により、俺や谷、仏生寺は転生した。そういう事ぜよ」

「転生…だと…!?」
「そう。貴様らへの恨み、国への恨みを晴らすため、地獄の底からなあ!ひゃあーっはっははははははははぁ!」
 目の前にいるのは確かに坂本だ。信じるしかない。
 ああそれと、と、坂本は思い出したように、
「これは、果し合い。一対一じゃなきゃ駄目っちゅうことぜよ。今度、もし果し合いに誰かついてきたら、その時は京の町は火の海になるき」
「なぜそんな事にこだわるんだ?」
「それが、蘇った者たち…転生衆の目的の一つだからぜよ。斎藤が負けるか、谷が負けるかまで、おんしはそのまま動かないでいてもらうぜよ?」
 実は前に抵抗を試みていたが、動けば動こうとするほどこの見えない紐は締め付けてくる。しばらくするうち、島田の後頭部に冷たくて硬いものがあたった。おそらく鉄砲だ。撃たれてはたまらない。島田は抵抗するのをやめた。

 死んでからの思いを遂げられた、という事は。
「谷さん。じゃあ、あなたは、あの時にやはり…」
 雨の寒さか、それとも、何なのかは分からないが、斎藤は小刻みに震えている。
 谷三十華が、八坂神社の石段に、仰向けになって倒れて死んでいるのを発見されたのは、一説には慶応二年の二月ごろだと言われている。腹部に傷があったことから、浪士に不意を突かれて襲撃され、斬りつけられて落下、石段に後頭部を打ちつけたのだろう、というのが新選組内での意見であった。
 しかし、どうやら谷は粛清されたらしい、という噂も根強かったという。谷は自分の力を自慢する悪い癖があり、隊内で孤立した為、斎藤に斬られたというのだ。いずれにしろ、謎の多い死であり、資料では「頓死」と書かれている。
「あの時?とぼけないでよ。自分もその場にいたくせに」
 谷は槍を斎藤に向け、ゆっくりと上下に動かしながら呟いた。槍は刀よりもリーチが長いから、簡単には近づけない。近づいたら最後、その恐るべき突きを喰らってしまう。斎藤は上手に間合いを取りつつ、谷の目を鋭く見つめた。
「…僕は何も知らない」
「外道!見え透いた嘘を言うな!」
 槍が斎藤の首を襲った。しかし、斎藤は左に避け、更に間合いを取ろうと後ずさりする。槍の切っ先は蛇のように動いて、更に斎藤を襲った。斎藤は後方に跳躍して事なきを得、一瞬の谷のスキを狙って谷へと突進する。斎藤の刀を、谷の槍が受ける。しかし谷の方が強く、鍔迫り合いは谷の方が勝っていた。ゆっくり、斎藤は押し戻されていく。
「…あれは確かにあなたの突きだった。忘れもしないわ。あれが出来るのは、あんたしかいない!」
「こんな風に?」
 その言葉と共に、一瞬、斎藤の姿が消えたかのように、谷には見えた。斎藤は一瞬でしゃがむと、足の力を頼りにして、一気に谷へと突きかかった。その刀は谷の喉へと見事に突き刺さり、血飛沫が斎藤の体へとかかる。
「…僕が外道なら、死んでから蘇ったあなたは、既に人の道を外れている」
 思わず、斎藤はそう呟いていた。そのまま、彼は谷の首を刎ねた。谷の体が一気に風化されて、飛んでいった首も頭蓋骨に変わり、頭蓋骨が飛んでいって、八坂神社の賽銭箱に、こちらを睨むようにして鎮座した。
 それと同時に、島田を縛っていた紐の感覚がなくなった。島田は周囲を見渡したが、坂本はいないようだった。どうやら逃げたらしい。島田は返り血で真っ赤な斎藤に、恐る恐る近づいていく。
「…斎藤」
「大丈夫。もう、終わった」
 斎藤がこちらを振り向いて、真っ赤な顔のまま微笑んだ。

「あの、大田黒とかいう女はどうした」
 古寺で一人酒を飲んでいた島津は、隣にいた藤波に思い出したように呟いた。
「彼女は今、仲間を集めるために各地を走っております。それに、彼女の剣術では荷が重過ぎますからな」
 仲間を集める、というのは、生きた者だろうか、それとも死んだ者だろうか。島津がそう考えていたとき、奥の方にあった七本の蝋燭が、一本消えた。
「…ああ、谷さん、死んじゃったぁ」
 沙乃がその蝋燭を見て、まるで呆けたようにそう呟く。
「さすがに早すぎるんじゃない?」
「まあ、そう言うなよ。谷君は良くやった」
 山南が落ち着き払ってそう呟くと、土方がそれに答えるように頷く。
「殺された場所で戦うというのも面白いものだな」
「トシさんは無理でしょう?函館だから」
「そりゃそうだが…それは原田、お前も同じじゃないのか」
「う、そうだった」
 笑いながらそう話す連中を見て、島津は妙な考えが頭を支配していた。
 …彼らは、ただ戦いたいだけなんじゃないのか。国家を転覆するなんて考えていないんじゃないのか…。
 と。


(おまけのSS by 若竹)
【近藤】 近藤勇子です。板橋で処刑されました。
【斎藤】 近藤さんは未練がないんですよね。
【近藤】 あるよ〜。
【斎藤】 えっ!
【近藤】 だって、トシちゃんってば、あたしを犠牲にして自分だけ助かったんだよ。
【土方】 違う! あれはお前を助けようと思って!
【近藤】 でもあたしの島田くんを奪って、箱館まで愛の逃避行をしたじゃん!
【土方】 近藤、お前のために戦って戦って戦い抜いたのだ。
【近藤】 でも五稜郭で島田くんとエッチしてたじゃないの!
【島田】 ごほ、ごほ。
【土方】 うっ、そ、それは・・・。

【沖田】 沖田鈴音です。労咳(肺結核)で病死しました。
【土方】 そーじは、病死だからこの世に未練はないよな。
【沖田】 あります。
【土方】 えっ!
【沖田】 閻魔帳で調べてもらったんですけど、トシさんの家族、
      ご両親とお兄さん、お姉さんは労咳で亡くなってますよね。
【土方】 う、うむ。
【沖田】 トシさんも江戸にくる前に労咳にかかって治ってますよね。
【山崎】 労咳は伝染病やからなあ。結核菌っちゅう細菌が原因や。
【沖田】 トシさん、あたしに労咳をうつしましたね。
【土方】 ううっ。それは、その・・・。
【近藤&沖田】 じい〜っ。
【土方】 わ、私は悪くない。悪くないんだあ〜。

【大田黒】 ・・・2人を生き返らせるのは止めとこう。

 真相や如何に?


近衛様まで感想をどうぞー。

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