まかいてんしょー

第三章 桜花三十三間堂

 ようやく、京都にたどり着いた島田一行は、京都の桜に見とれていた。
 捜査とはいいながら、ほとんど観光気分である。
「ああ、桜が綺麗だなー」
 キラキラとした目をして斎藤が言う。それを島田がじろりと睨んで、
「いちいち言わなくてもいいだろ」
「だって、綺麗じゃない」
「好感度UPを狙っているな!」
「わ、いたっ、ほっぺたつねらないでよっ」
 遠くでは芹沢が土産物屋に入り、木刀を物色している。
「何やってんです?」
 そう言われ、隣を見ると如月がいた。木刀なぞ、観光地に行けばどこでも売っているではないか。なぜここで買うのか、と言いたいのだろう。その顔がそう語っていた。
「いや、なんかね、買わなきゃいけないような気がして」
「はぁ…?」
 如月は首を傾げる。
「しかも硬い奴が欲しいのよ」
「ああ、硬い奴やったら、ええのがおますわ」
 店の親父がにやりと笑うと、すっくと立ち上がって、奥の方から一本の木刀を持ってきた。見た感じでは、普通の木刀にしか見えない。
「ただの木刀じゃないの?」
「いや、それが違うんですわ。これは、船の櫂を削って作ったもの。あんさんらは、かなりの剣豪とお見受けしましたが、剣豪には船の櫂で作った木刀と、相場が決まってはります」
「そう決め付けるのもどうかと思うけど、まあ確かに、憧れではあるわね」
 芹沢は腕を組み、難しい顔をする。
「しかも!」
 それを死ってか知らずか、親父は興奮していた。
「これは、中に鉄の棒が入ってるんですわ」
 明らかに、ただの木刀ではない。
「じゃあ、それにしましょ。如月君、お金」
「は?」
「経費で落ちるんでしょ?お金出しなさいよ」
 結局、如月は少しお高い木刀を買う羽目になってしまった。これが、後々起こる戦いの予兆だとは誰も知らない。
 その近くには、串団子を食べている永倉と、煙草を吸っている山崎がいた。
「新はどう思う?」
「何が?」
「坂本龍馬を見た、っちゅう話」
 ふう、と、山崎は煙を吐く。ん〜、と、永倉は串を咥えたまま、考え込んだ。
「あの当時、死体を見たっていう人がいるから、本人じゃないと思う」
「…頭良くなりはったなあ」
「なんじゃそりゃ。…いや、あたいもそれ以上の事は分かんねえさ」
 串を口から取ると、永倉は呆けたような顔をする。
「ま、あれだ、京を乱す奴はあたいが倒す!…っていう感じでいいんだろ?」
「うん、そうそう、それでええよ」
 永倉のガッツポーズに、山崎は笑顔で答えた。

「な、なにい!?」
 大警視、川路利良は、東京警視庁の大きな椅子に座っていたが、部下からの報告を聞いて椅子から落ちんばかりに驚いた。
「密偵は、京都に忍び込んだのは山崎だけ…あとは全員殺されたというのか!?」

「はっ、先ほど報告がありまして…」
「なんという事だ…」
 川路の目から涙があふれている。この男は感情の起伏が激しい。
「いや、彼らの死は無駄ではありません。代わりに、とんでもない情報が」
「それを早く言えっ!」
 部下が持っていた紙を奪い取るように手にすると、川路はそれを読み始めた。
「…どういうことだこれは!」
「いや、ですから、そう報告があったのです」
「こんな物、信じられるか…」
 口からエクトプラズムが抜け出してきたような、大きなため息を川路はする。
「坂本、仏生寺、土方、山南…彼らが、山奥の古寺におり…だと?」
「しかしながら…京で確実に何か起きているのは、事実であります」
「言われなくても分かっておるわっ!」
 ばさっ、という音を立てて、紙を放り投げる。しばらく、気まずい沈黙が続いた。

 その沈黙を唐突にドアのノックが破った。
「誰だ!」 川路が不機嫌に怒鳴る。
「…前もって面会の約束は取り付けていたはずだが?」
 そう言いながらドアを開けたのは、海江田信義だった。
(海江田信義…だと?奴は確か、奈良にいるものだと思っていたが…)
 海江田信義。旧名、有村俊斎。川路と同じ薩摩の人で、示現流の達人である。戊辰戦争では、東海道先鋒総督府参謀(長い名前だ)に任ぜられ、各地を転戦。上野に籠る彰義隊の討伐にあたっては、大村益次郎と意見が合わず激しく論争した。ついで軍務官判事・刑法官判事・刑部大丞・弾正大忠等を歴任して、明治三年八月奈良県令となっている。
 西郷・大久保に隠れている地味な人物の一人だが、大村が暗殺されたとき、黒幕は彼であると言われたほど、影の多い人物でもあった。川路は海江田と親しくしているが、川路は彼の事があまり好きではなかった。二歳違うだけなのに、酷く偉そうだからだ。
「…邪魔する」
 そう、無愛想な言葉と共に入ってきた海江田を、川路はとりあえず笑顔で出迎えた。

「どうした?」
「どうしても聞きたい事があってな」
 来客を無視するわけにはいかない。川路は部下に大声で茶を出すように命じた。
「例の、京都の事件。進んでいるのか」
「さっき、部下の報告があって…」
「…坂本龍馬が生き返った、とかいう奴か」
 川路は目を見開く。
「いや、君は声がでかいだろ?外まで聞こえる。その続きを教えたまえ」
 川路の顔が真っ赤になったところで、お茶と饅頭が出てきた。川路はそれをまたしても強引に取って、さっさと帰れ!と部下に命じると、しょうがないので、海江田に事の全てを教え、くれぐれも内密に、と最後に呟いた。
「内密ならあまり大声で言わない方がいい」
 こういう言い方が嫌いなんだよ、と川路は腹の底で叫んだ。
「…どうするつもりだ?」
「藤田と如月、そして山崎の探索で、ある程度の人数が分かれば、攻撃する」
「しかし、彼らが何をするかは分かっておらん」
「いや、死んだ剣豪を復活させて、ただ人を殺すなら復活させる意味があるまい」
「…政府を転覆させるという事か。まあ、確かにあり得ん話ではないが…」
「もう少ししたら、不平士族の反乱として、陸軍の山県有朋に伝えるつもりだ」
「いや、それはまずい。君の立場はますます悪くなる」
 海江田は、乱れぬ口調で話を続ける。
「陸軍が介入すれば、指揮権はそちらに移される…それに、例の事はまだ上層部に知らせてないんだろう?」
 川路は何も言わず頷いた。
「やっぱりな。ばれたらだんまりを決め込むか?君の性格じゃあ無理だな。…それに、陸軍は今のところ長州の奴らが多いから、奴らにはしばらく動かないでほしい。長州は手柄を取りたがっているからな…」
 それはそうだ、と川路は思った。新政府は「藩閥」とも言われるように、薩長土肥、特に薩摩と長州の出身者の力が強い。常に勢力争いを繰り返している。今回の場合、陸軍(長州閥)に手柄を立てさせるのはまずい、と海江田は主張しているのだ。
「しかし…」
「もう少し、部下を信用してやれよ」
 その言葉は、川路にとっては意外であった。
「藤田ごろー、如月勘十郎…カモミール・芹沢もいる。なら、問題はない。君がするべきことは、事実を彼らに伝える事だ」
 そう呟くと、これの方が早い、と言って、海江田は懐から携帯電話を取り出した。相変わらず変な男だ…だがそれはマズいだろう、と川路は思った。

 京の夜。
 すっかり静まり返り、いい月が出ていた。みんなが思い思い、何かを話している。斎藤は如月と。永倉は山崎と。島田は芹沢と。
 島田は、この日の芹沢に妙な違和感があった。明らかに「変」だ、と感じていた。なぜなら、彼女が夕飯の時から今まで一滴の酒も飲んでいなかったからだ。
「あの、カモちゃんさん」
 意を決し、島田は聞いてみることにした。
「な〜に?」
「さっきからお酒、飲んでないみたいなんですけど…」
「え?」
 芹沢は、おかしいな、という顔を一瞬したが、まるで照れ隠しのように笑い出した。

「あ、あれ、そうだねー。なんでだろ、あはははは」
 その時。何かが、芹沢の脳にきらめいた。
 フラッシュバックとでも言おうか…何かのイメージが、芹沢の頭に入り込んできたのである。
(…なに?)
 建物だった。お寺のようである。桜が生い茂っている。いや、どこかで見た事がある…と、芹沢は思った。そして、なぜか、この場から出て、そこに行きたい…と、思った。
 なぜだろう?
 しかし、考えてもしょうがないな、と思った。これは「本能」だ。そこへ行きたいという本能だ。行かなければ何も起こらないが、行けば何かが解決するのだろう。敵の罠かもしれないが、しかし、だからといって怖気づく芹沢ではない。
「島田く〜ん、あたしちょっと外に出てくるね〜」
「え?」
 その場にいた全員が、芹沢を見た。
「やだ、どうしたのよ。ただ、夜の街を見に行くだけだってば。もし何かあっても、自分の身は自分で守るって〜」
 あはは、と笑いながら、芹沢は歩いていった。
「芹沢さんには、危機感てぇもんがないのか?」
 永倉が、目を点にして島田を見ている。島田は首を傾げた。
「あの、如月様、いらっしゃいますか」
 その少し後に、仲居が部屋にやってきて、そう告げた。
「僕ですが」
「あの、川路様という方がお電話に…」

「そんな馬鹿な!」
 如月のその大声は、その宿全体に響くほどであった。
「わしも信じられん。しかし、…お前たちの仲間が目撃した情報だ。…坂本龍馬ほか、死んだはずの剣豪が蘇生し、京にいるというのだ」
 突然、如月は目を大きく見開いた。動悸が激しい。体が震えている。普段、あまり汗をかかないほうだが、この時ばかりは汗腺からひや汗が噴出した。
「…またかけ直します」
 川路が何か言うのも構わず、如月は赤い受話器を置くと、皆の部屋へと向かった。

 三十三間堂。
 京都市東山区にある寺院で、正式名称は蓮華王院本堂。
 この地には、もともと後白河上皇の離宮・法住寺殿があった。広大な法住寺殿の一画に建てられたのが三十三間堂である。上皇が平清盛に命じて造らせ、長寛二年に完成したという。正面から見ると、横にかなり長い。その内部には、1001体の千手観音が並んでいる。初めて訪れた人は、それに圧倒されるだろう。
 一説によると、後白河上皇は頭痛に悩まされ、それを平癒するためにこれを建てたそうである。滅茶苦茶痛い頭痛だったんだろうな、と芹沢は単純に思った。
 その三十三間堂の前に、芹沢は立っていた。周囲には桜がひしめくように並び、幻想的な雰囲気をかもし出している。この下にはどれだけの死体が埋まっているのだろうと数えたくなるぐらい、綺麗な桜だった。
「…久しぶりだな」
 ぼそ、と声が聞こえる。誰だろうか。聞き覚えのない声が「久しぶり」と言うとは、どういうことだろう。狐狸妖怪の類だろうか。
 本堂の扉が、がらがら、と開いて、一人の女が現れた。背丈は芹沢と同じぐらい、目は炯々としている。長く、光が反射するかのような銀色の髪を後ろで結び、どす黒い服を着ていた。少し長めの刀を差している。
「…芹沢。カモミール・芹沢。ずっと、待ってたわ。お前と真剣で対決できる日を…」

 ゆっくりと、まるで楽しむかのように、その女は刀を抜いた。
 芹沢は黙っている。
「まさか、忘れてはいないでしょうね!?」
 抜いた刀を芹沢に向け、女は叫んだ。芹沢は目を大きく見開き、体を振るわせる。寒いからではない。歯を食いしばったが、その感情は、そう抑えられるものではなかった。
「思い出した…。弥生ちゃん。あなた、練兵館の秘蔵っ子、仏生寺弥生子ちゃんよね!?」
「その通り」
「生きてたなんて…」
「違うわ」
 その鋭い目が、いっそう鋭くなり、芹沢を睨みつける。
「私はあなたを殺すために、地獄から戻ってきたのよ。あなたは、あなただけは!絶対に許せないから!」
 その言葉を合図として、どっ、と、周囲の桜から、花びらが落ちた。桜の花吹雪だ。しかし、これほどまでに壮絶な花吹雪は芹沢も見た事がない。「桜は散り際が潔い」と言われ、江戸時代にも愛されていた花だ。しかし、芹沢の見る桜の花びらは、はらはらと流れるように落ちていく(もっとも、彼女は桜より梅が何倍も好きだが)。このような量は一度も見た事がない。これも、仏生寺の言う「舞台」なのだろうか。
 芹沢は、差していた刀を抜いた。
 あの、船の櫂で出来ているという木刀だった。
「どうして…」
 そう言いながらも芹沢は、ぐっと歯を食いしばり、戦闘態勢に入った。


(おまけのSS by 若竹)
【仏生寺】 私はあなたを殺すために、地獄から戻ってきたのよ!
【芹沢】 別府温泉の?
【仏生寺】 そう、だからお肌もスベスベに・・・・って違うわ!
【芹沢】 そういえば、弥生ちゃん、若くない?
【仏生寺】 この姿は京で死んだ10年前のままよ。
【芹沢】 いいなあ。若くて。
【仏生寺】 そ、そうかな?
【芹沢】 アタシなんて若さを保つために涙ぐましい努力をしてるんだから。
      弥生ちゃんもせっかく若いんだから、今のうちからお肌のケアしなくちゃダメだよ。
【仏生寺】 え? で、でも?
【芹沢】 コエンザイムQ10配合のこの乳液がいいんだよ。
【仏生寺】 あ、でもうちのおばあちゃんがヘチマ水がいいって・・・・。

【島田】 ・・・・戦うんじゃなかったんですか?


近衛様まで感想をどうぞー。

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