まかいてんしょー

第二章 外法頭の流れ歌


「御坊。まかいてんしょーとは、どのような秘術なのじゃ」
 その場に座った久美の声に、御伽は首をゆっくりと縦に動かした。
「…徳川家光様の死去の折、徳川家転覆を図ろうとした一団が、これをやったという話です。蘇生したのは…天草四郎、荒木又右衛門、田宮坊太郎、宝蔵院胤舜、柳生宗矩、柳生如雲斎、宮本武蔵」
「…天草を除けば、いずれも大剣豪じゃな」
「は。一団はそれらの転生衆を操り、徳川家を転覆しようとしたのですが、柳生十兵衛に倒されたと…」
「ならば、駄目ではないか」
 久美は頬杖をついた。
「先例があって、成功したというのならこの島津久美、話にも乗ろう。しかし、先例があり、失敗しているというではないか」
「それは、当たり前でございますよ」
 少しも悪びれない御伽の表情に、久美はますます「?」の字が頭に浮かんだ。先例では失敗している。なのに、この御伽の自信たっぷりの表情はどうだ。まるで、「必ず勝つ」とでも言いそうな顔だ。その、怪僧の皺だらけの顔が歪み、御伽は笑った。
「確かに、荒木又右衛門、田宮坊太郎…彼らは最強の剣豪だった。しかし、十兵衛に容易く倒されたのは、十兵衛の心理を揺さぶる相手が、二人しか居なかったという事です」
「…十兵衛の父、但馬守宗矩と、親戚に当たる兵庫助如雲斎か」
「各地で、“坂本龍馬が生きている”という噂を流しております。坂本を暗殺した薩長にとっては、あの坂本が現れ、我々の事を喋ったら…と、気が気ではいられないでしょう。だから、おそらく、元新選組や、元見廻組。彼らに探索させるはずだ、と考えたのです」
 なるほど。元仲間だった者たちが相食む、という事か。…邪道だな、と久美は思った。だが、悪貨は良貨を駆逐するのである。あれだけ嫌っていた西郷や大久保が、今は天下を取っているではないか。いつの世も、悪い奴が勝つのだ、と久美は直感した。
 しかし、そんなに上手く行くだろうか。しかし、上手く行けば…なかなか面白いものが見れるかもしれないと久美は感じた。思えば、久美の出身地である薩摩藩の剣術は示現流。久美は生まれてこのかた、示現流か、示現流が変形した薬丸自顕流しか知らない。別々の流派が戦う姿を、久美は知らないのである。良い余興だ、と久美は思った。
「次に」
 まだ、御伽兵部は話したい事があるようである。
「なぜ、死んだ者が蘇生したか…それを、知りたいと思いませぬか」
「無論知りたい」
「…藤波」
 そう御伽が呟くと、御伽の奥にあった襖が開き、流れるような目つきをし、緑色の髪をした少年が姿を現した。
「私の助手である藤波秀一郎。彼に、その説明は任せましょう」
 藤波は何も言わずその場に座ると、合図のように、「では」と言って御伽は立ち上がり、その場を退出した。何か用事があったのだろうか。
 藤波は、久美に平伏してから喋り始めた。
「まずは、これをご覧下さい」
 藤波の懐から現れたそれに、久美は驚いてのけぞった。驚くのも無理はない。それは紛れもなく、人間の頭蓋骨だったからである。
「まさか、“これこそ亡き父上のしゃれこうべ”などと言うつもりではあるまいな」
「いいえ」
 冗談を言ったつもりなのだが、藤波は冗談がお気に召さないらしく、普通の受け答えだったので(そもそもネタが古すぎるので、藤波は知らなかったのかもしれない)久美は少し腹が立ちながらも、話を聞くことにした。
「転生させたい相手の頭蓋骨を掘り起こし、秘術をもって、それを女体に埋め込めば、数刻ののち、その女体から転生して現れます。頭蓋骨を使うのは、外法頭げほうがしらと呼ばれ、古くから使われている呪術ですが、御伽兵部様はそれに新たな技を加え、このように、“まかいてんしょー”の術となったのです」
 という事は、ここに八人いるわけだから、少なくとも、八人の女性が犠牲になっているわけである。ごくり、と、久美の喉が音を立てた。どうやって彼らの頭蓋骨を運んだのか疑問は残るが、おそらく、新政府にも何人か仲間がいるのだろう、と勝手に想像した。
 しかし…
 頭蓋骨を使う、というのは、どこかで聞いたことがあるような…?

 数日経って、夜の大阪に到着した島田たちを出迎えたのは、これまた、見覚えのある人物だった。小柄で、髪の毛を短く切り揃えた、可愛い女の子が手を振ると、それを見つけた島田が声をあげる。
「や、や、山崎さん!?」
 その声とともに、如月以外の四人は全員、その女の子に駆け寄った。感動的な再会には違いない。
 山崎雀。新選組の監察という立場にいた女性である。針医の家系で、隊士の健康をいつも気遣い、多少の怪我や病気ならば、彼女と土方の石田散薬が役に立っていた。
 彼女には、もういくつか隠された面があるが、それを知っているのは隊内でも少ない。いずれ明らかにされるので、あまりここでは書かないでおこう。
「雀ちゃん!生きてたんだー」
 そう言うと、芹沢は山崎に抱きついた。山崎は鳥羽伏見の戦いで行方不明となり、結果として江戸には行けなかったのだが、こんな形で再会できるなんて…と、みんな、まるで子供のように喜んだ。
「如月から聞いてたんや。ま、うちも政府に密偵として雇われててな。ま、宿取っといたから、案内してあげるわ」
「うわー、さすが山崎さんですね、気が利いてる」
「ま、お世辞はええから、早う休みやー」
 微笑みながら、しかし面倒そうに頭を掻くと、もう彼らは宿へ向かっている。やれやれ、と呟いてため息をつくと、既に真横に如月がいた。
「例の件だが…始末屋も何人か殺されたんだな?」
「ああ。…土蜘蛛やないがな、うちらと同じ、京に縄張りを持っていた連中やな」
 “始末屋”とは、依頼を受けて殺しを請け負う人々の事だ。関西には、京都を中心として数十の始末屋グループがおり、如月と山崎は「土蜘蛛」に所属していた。幕府の崩壊とともにほとんどの始末屋は廃業したと言われ、当然「土蜘蛛」も崩壊したのである。
「道理で…彼らに依頼が来るわけだ。警察は相手にならない、元始末屋の密偵でさえこの有様。結局、腕のいい士族に頼るしかない」
「しかしなあ」
 山崎は首を傾げる。
「いったいどんな奴らなんやろ?太刀筋で剣術も分からん。どういうこっちゃねん…」

「例の、坂本龍馬を見た、という噂については?」
「それも分からんわ。ほんま、堪忍してほしいわぁ…ま、でも、銭貰ってるからなぁ、やらないとあかん」
 山崎が首を左右に動かすと、べきべき、という音がした。

 その後、しばらく藤波の話を聞いた後、大田黒と藤波が退室したため、部屋には例の転生衆八人と、久美だけという異様な状態だった。何を話せばいいのか…と思案したあげく、久美はこう切り出した。
「そなたら、本当に私の意のままに動くのか?私に恨みを持っていた者もあろうに…」

 そう呟くと、土方がこちらを見、まるで切れるような鋭い目つきを投げかける。
「確かに、生きていたままであれば、島津様を殺そうという欲望に駆られるほど、恨んでいたでありましょう。しかし、転生した身とあっては…そのような恨みはもう消え果てております。島津様が命令されれば、百人を殺せといえば百人を殺し、女を犯せと言えば犯し…島津様の、ご命令通りに」
「…」
「ただ、一つ。条件があります」
「条件とは…何じゃ」
「この後、京へ向かう一団。仲間の報告によると、元新選組、元見廻組の一団であるとか。御伽様もおっしゃっていましたが、どうしても彼らと一戦交えたい。東京へ向かう前の、盛大な余興でございます…」
 確かに、相手の反応を見たい、という思いがある。それは、先ほど述べたとおり、久美はそれにわくわくしていた。自分の仲間だった者が自分に牙を向ける、その恐ろしさ、心が歪む様を、自分は見てみたい。
「当然、許可しよう。私も、戦いを見たいのでな」
「ありがたき、幸せにございます」
 にや、という久美の嫌な笑みに、全員が笑みで応えた。しかし、長旅で久美も疲れている。もう寝る事にしよう、と思い、それでは、と呟いて退出すると、本堂は転生衆八人だけとなった。
「ねえ、トシさん」
 その沈黙の後で、そう言ったのは沙乃である。
「戦う順番は決まってないんでしょ? 沙乃、一番がいいなあ〜。早く人を殺したいの。なんか、うずうずしちゃって」
「では、力試しで決めるか」
「土方はん、力試しといっても、どうやって決めるんや?」
 伊東の問いに、土方は腕を組んでしばらく考えていたが、
「地下に我々の食料となる、捕らえた人間がいる。そいつらを殺し、どこまで血が飛んだかで、決めるというのはどうだ?」

 布団に入った久美は、なかなか眠れなかった。というのも、どこか遠くで叫び声が聞こえるのだ。生易しいものではない。そう、断末魔の声のような…。そして、それが終わった後は、びちゃ、びちゃ、という、何かを食べる音と、何かを砕くような音がした。
「転生衆は人肉を食べ、血を飲み、残虐を好みますから、お気を悪くされないように」

 藤波のあの言葉が思い出される。そうか、あれは…と気づいた瞬間、何かが胃の奥底から逆流してきた。
 久美は、外で吐き戻した。
「化け物めが…」
 久美は苦い顔をして、空を見つめていた。


(おまけのSS by 若竹)
《地下:食事中》
【原田】 きゃあああ!
【土方】 と、思わず叫び声が出るほどうまいな。さすが洋食。

SE:びちゃ、びちゃ、という何かを食べる音
【土方】 スープを啜る時に音を立てるのは良くないぞ。
【原田】 だって、このすぷーんって使いづらい・・・。
【土方】 伊東を見ろ、あれだけ西洋嫌いなのに、上手に使ってるぞ。
【伊東】 要は、西洋おたまや。
【原田】 西洋おたま・・・。
【土方】 その呼び方が後の世に伝わらなくて良かったな。

SE:鋸(のこ)で肉を切り裂く音。
【土方】 ビフテキだぞ。
【伊東】 土方はん、ビフテキは死語や。
【原田】 ステーキよね。
【土方】 うーむ、この小刀は切れ味が悪い。やはり刃物は和物に限る。
【伊東】 土方はんの肉はズタズタやないか。
【原田】 トシさんって、案外不器用よね。
【土方】 しかし、こうして普通に西洋料理が食べられるとは良い時代になったものだ。
【原田】 文明開化ね。

《地上の寺の中》
【島津】 ううっ、地下に化け物がいるよお。人を食べてるよお。


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