まかいてんしょー

おことわり:
 不条理度120%で突っ走ります。
 元ネタは山田風太郎です。元ネタを知っているとなお面白いです。


序章 魔星蠢動

 歴史には記録されるべき年がある。
 明治七年二月、江藤新平による反乱が起き、明治政府は鎮圧に当たった。これ以降、明治十年の西南戦争まで、あちこちで反乱が起こった。教科書では「不平士族の反乱」と教えられるアレである。
 その年、島津久美は鹿児島へと帰っていた。島津久美といえば、西郷、大久保らを使い、幕府を倒した立役者…そう思っている人も多い。実際、東京に居たころも会いたいという人は何度もいたし、そういう人々は毎回、西郷隆盛の話をするのだった。西郷は前年に下野し鹿児島に帰っていたから、西郷を悲しみ、西郷を辞めさせる原因を作ったと、政府の悪口を言うのである。彼は人気者だった。
 そういう人物と会う時、彼女は毎回露骨に嫌な顔をした。そのピンク色の長い髪が、まるで怒りで浮き立って見えるほどに。
「討幕?」
 彼女は怪訝な顔でそう言うと、眼をらんらんと光らせて、相手をにらみつけ、
「あれは西郷が勝手にやった。私の知っているところではない」
 そう不快げに呟くのだった。
 久美は元々、討幕の考えはなかった。むしろ幕府を何が何でも存続させようとする、公武合体派であった。しかし、(彼女の話によれば)大久保と西郷に「将軍にする」と騙され、ならば、と重い腰を上げたのである。それが、幕府を倒してみれば、まったく自分には何も言ってこず、都を東京へ移し、大久保や西郷は政府の役人となった。しかも彼らのやる事と言えば、散々言っていた攘夷を覆し、国土を西洋化しようとしている。久美は新政府の樹立以来、何もかもが不快であった。
 その後、版籍奉還、廃藩置県の強制的実施により、島津久美は一国の主から、ただの人となったのである。一応、華族制度によりある程度の金は得ていたが、これすらも久美には不快であった。自分が持っていた権力が、ある日突然その手から滑り落ちてしまったのだ。
 もはや、彼らの住処となった東京には住みたくない。と、久美はこの年、急遽「隠居する」とし、島津忠義を東京に置いて自分は鹿児島に戻ってしまったのである。
 それからというもの、久美はイライラとしながら、周囲の者と囲碁(彼女の唯一の趣味であった)をする日々であった。当然、常に冷静ではないから囲碁の手も精彩を欠き、悪手ばかりで久美が負けるのがほとんどで、それが彼女のストレスを更に増やすのだった。

 ある日の夜、また、自分と会いたいという人物が現れた。久美は辟易した。二言目には西郷や大久保の話をするに違いない。その言葉を聞いたら追い出してやろう、と思いながら、下男に応対させると、現れたのは背の低い女性だった。白い服、赤い袴、姿はどう見ても巫女である。帯刀しているが。久美は女を一室に通し、人払いをして、襖を閉じた。
「大田黒朋子と申します。巫女をしております」
「…何用じゃ」
「ぜひ、島津様にお引き合わせしたい人物が京にいるのです。会っていただくわけにはいきますまいか」
 久美は苦笑した。だが、大田黒朋子の顔は真剣そのものだ。
「恐れながら、島津様は明治新政府には、心から賛同出来ぬご様子」
「当たり前じゃ!」
 久美はすぐに叫んだ。
「攘夷をせず、むしろ交わりを密にしておるではないか」
「私もそう思うのです。今年の二月、江藤新平が佐賀で反乱を引き起こされたのをご存知ですか」
「知っておる。しかし、失敗したのであろう」
「は。…あんなところでは、反乱を起こしてもすぐに鎮圧されてしまうでしょう」
 何か含みを持たせるその言葉に、久美は少し女が気になった。
「…何が言いたい」
「近年、廃刀令というものが政府から出される由。これは、武士の魂を奪う法令にて、私は到底従う事が出来ません」
 なに、と久美は呟いた。
 廃刀令。後に明治九年に出されるこの法律は、武士と呼ばれていた人々を仰天させただろう。幕府の崩壊、そして秩禄処分によって武士としての誇りを失った彼らによって、刀は唯一の拠り所であった。それを奪われてしまうのは、最後通告にも等しかった。
「島津様。…天下をお取りなされ」
 天下を。つまり、クーデターを引き起こせ、と大田黒は言うのである。
「て、天下を…この私が、取れるというのか。馬鹿を言うな!」
 この言葉を大久保と西郷に言われて、失敗した久美である。もうあの時の二の舞にはならぬ、と、すぐさま手をわなわなと震わせて叫んだ。
「貴様と私で何が天下だ。もう、私兵は一人もいないのだぞ」
「いや」
 大田黒は首を振った。
「少数の精鋭で帝都を襲い、政府の役人を一人残らず殺す。その後、各地で反乱が起これば…あり得るかと」
「少数の精鋭、というのはどこにおるのだ」
 その言葉を待っていた、と言わんばかりの妖艶な笑みを、大田黒は見せた。
「入ってください」
 そう、大田黒が呟くと、一人の頭巾を被った人物が、ゆっくりと入ってきた。ずいぶんと背が高い。頭巾の奥にうっすら肌と目が見える。肌は青白く、薄気味悪かった。
「…ご挨拶を」
 そう言われると、その人物は顔の頭巾を取った。あっ、と久美は目を見開き、声を上げた。
「土佐の住人、坂本龍馬でござる」
 青白い顔をした男がそう呟いた。正に、坂本龍馬だった。
「ば、ば、馬鹿な…!坂本龍馬は慶応三年、京で暗殺されたはず。幽霊とでも申すか!」

「幽霊でない事は…」
 龍馬は挑戦的な目つきで、久美を凝視した。
「この俺を使っていただければ、よくよく分かる事ぜよ」
「後の者は京におります。久美様に信じていただくため、龍馬のみお連れしました。…何分、目立ちますのでな」
 そう大田黒が自信ありげに呟く。呆けたようになっていた久美は、頭の中で必死に計算に計算を重ねていた。
 翌日、久美は「部下と京へ向かう」と言い残し、鹿児島を去った。この妖しい陰謀を知るものは、まだ誰もいなかった。


(おまけのSS by 若竹)
【坂本】 俺が土佐の坂本龍馬ぜよ!
【島津】 幽霊とでも申すか!
【坂本】 幽霊でない事は、この俺を使っていただければ、よくよく分かる事ぜよ。
【島津】 ふ〜む、そっくりさんか。面白い余興であった。下がってよいぞ。
【大田黒】 いや、そうではなくてですね。
【島津】 幽霊でないのならば、そっくりさんに決まっておるではないか。
【大田黒】 幽霊ではないのですが、そっくりさんでもないのです!
【島津】 するとクローンか! ハイテクじゃのう。
【坂本】 それだとSFになってしまうぜよ・・・・。
【島津】 ふむ、今回はSFなのか、面白き趣向じゃ。
【大田黒】 違うのに・・・。


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