「ラヴラヴ愛モードでCHU 8(完)」


「へー、起きてるか?」
 あの後、島田はまっすぐに藤堂の部屋に向か…わず、そろそろ皆寝静まっただろう頃に、こっそり訪れた。
『…ん〜? ………誠!?』
 初め寝ぼけた、続いて泡食ったような声が聞こえてくる。藤堂にしては珍しい反応に、思わず笑みがこぼれる。
『あ、入っていいよ』
 程なくして、中に招き入れてもらえる。
「寝てたか?」
 藤堂は寝巻きの上に羽織を羽織った恰好をしていた。蒲団はしっかりと整えられているが、既に寝ていたのは明らかだった。
「悪いな、こんな時間に」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと変な夢見てたけど」
 狭い空間に二人きり、しかも藤堂は寝巻き姿というシチュエーションに、島田は緊張してしまっていた。考えてみれば十分ありえた状況なのだが、他の者と顔を遭わせたくない一心だったので、そこまで考えが及ばなかったのだ。
 だので、なかなか本題に入れず、つい関係のない話題を振ってしまう。
「変な? どんな夢だ?」
「誠が山南さんに告白する夢」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
 少し前の性質の悪い冗談を思い出し、悶絶してしまう。
「違うんだ、俺が好きなのは山南さんでも井上さんでもないんだ…」
 ここのところの心理攻撃で神経が磨り減っていた島田は、少しのショックで錯乱するようになっているみたいだった。
「で、どうしたの? 夜這い?」
「こんな堂々とした夜這いがあるか!」
 さらに悶絶する島田。
 しばらく断末魔の痙攣を繰り返したかと思うと、ようやく自分を取り戻して立ち上がる。
「少し、話があるんだ。外に出ないか?」
「うん」
 いきなり疲れてしまったが、二人は連れ立って庭へ出た。

「身体は大丈夫?」
 何を言うでもなく夜風に当たっていると、今度は藤堂から話を切り出してきた。
「ああ」
「わたしが見に行った時は、かなり悪そうだったみたいだけどね」
 むしろ楽しげにそんなことを言ってくる。
「来てくれたのか?」
「うん」
 再び無言。
「あー」
 どうにも間が取れず、会話も途切れ途切れになってしまう。特に島田は、落ち着き無くウロウロしながらも、どうにか自分を落ち着かせようと必死になっていた。
「話ってのは…うおっ!?」
 それでもどうにか話そうと意を決した所で、突然藤堂が背後から抱きついてきた。
「いいよ、このまま聞かせて。…こうしてれば、怖くないから。どんな、話でも」
 温もりと、微かな震えが伝わる。藤堂は、覚悟を決めていた。それが分かると、島田も自然と覚悟が決まる。それどころか、今まで放置していたことを悔いる思いすら湧いてくる。
 だから、話すのだ。自分の中にある思いを、誤魔化さずに。
「俺、へーのことが好きだった」
「…だった?」
 抱きしめる腕に、グッと力がこもる。
 それでも、取り乱したりはしない。いや、必死なのだ。自分を投げ出さないように、崩れ落ちないように。
「あの日、ああいう風に言われて、驚いた。場が場だけに、うやむやになって、その後のへーはいつもどおりだったから、尚更分からなくなって」
「だって、わたしの気持ちはあの時伝えたから。今も、それは変わらない…」
 ややくぐもった声で言う。それは、背中に顔を押し付けたからか。それとも。
「今も変わらない?」
 と、問うと、背中にうずめられた藤堂の首が、微かに上下する感触が伝わる。
「俺も変わらない」
「?」
「あの日より、ずっと前から、へー…平のことが好きだった」
 前に回された藤堂の手にそっと触れる。と、腕の力が緩み、振り返る余裕が出来た。
「…今も、変わらない?」
「変わらない。…俺は、平のことが、好きだ」
 そう言うと、胸の中にグッと抱きしめる。


 そんな二人を、こっそり物陰から眺める者達がいた。そもそも、藤堂の部屋であれだけ大騒ぎをして、誰も気づかない筈が無いのだ。
「………」
 原田と永倉が、揃って成り行きを窺っていた。原田は怒った、永倉は笑った顔をしているが、共通した感情が浮かんでいた。諦めと納得。
「あーあ、結局へーとか。アタイも本気だったんだけどなぁ」
「…!? あんた…」
 思わぬ言葉に驚いて振り返る。永倉まで島田のことが好きだったと気付いていなかったのだ。
「ん? ああ、この間の巡回の時に告った」
「あんたねー…」
 思わぬ事実と、それを気にしてないような永倉の態度に、原田の纏っていたピリピリした雰囲気が和らぐ。
「本当は腕の十本ぐらいへし折ってやりたいところだけど、忙しいから見逃してあげるわ。…アラタ、飲むわよ!」
「おう! アタイもなんか飲みたい気分だぜ!」
 そうして、二人連れ立っていく。今は、そうせずにいられない気分なのだ。

 一方、原田と永倉がいた逆サイドの物陰では、沖田と芹沢が二人を覗いていた。
「………」
「そーじちゃん…」
「…負けちゃいましたね、あたし」
 心配げな目で沖田を見る芹沢だが、当の本人は、意外とさばさばしていた。
「勝てない気はしてたんです。けど、戦わないで負けたくなかった…」
 そんな沖田を、そっと抱き締める。
「あたし、生きたいです」
 しばらく芹沢に身体を預けていた沖田が、そう言った。泣いたりせず、いつもより力強い声で。
「生きて、素敵な人と結婚して、二人よりもっと幸せになる。そうすれば、この負け、取り返せますよね」
「そうね」
 ギュッと、力強く抱き締めながら、芹沢は頷く。
「それじゃあ、まず島田君よりいい男を見つけなきゃね!」
「そんな人、なかなかいないと思いますけど…」
「それでもよ」
 にっこり笑うと、ようやく沖田を開放する。
「それじゃあ、これから飲もうか! そーじちゃんも、今は飲みたい気分でしょ? 大丈夫よ、歳江ちゃんなら起きてこないから」
「…あの………はい」
 台詞の最後に不穏な物を感じたものの、沖田は頷く。
 そして庭には、恋人達が残されて…いなかった。

     *   *   *

『………』
 朝を告げる鳥の声を、島田は自分の部屋で一人で聞いていた。
『あの後、いきなり『まだ体調悪いんだから、休んだ方がいいよ』だもんなぁ。普通、もう少し、こう…』
 モヤモヤした物を抱えながらも、いつまでもそうしていられないので、ノロノロと身体を起こす。
 第一、そんなことを考えている場合ではない。
 色々抱え込んだ物を吐き出し、すっかり体調を取り戻したが、まだ問題があるのだ。
『皆にどう切り出すかだよなぁ』
 何よりそれが問題だった。命は惜しいが、こう言ったものは後回しにすればするほど問題が大きくなると相場が決まっている。
『或いは…』
 一つ考えると、いよいよ皆がいる場所へと向かった。

『うわ…』
 思わず硬直してしまう自分を感じていた。
 島田の考えたのは、藤堂の真似をすることだった。どうにも考えがまとまらず、自棄になったとも言える。
 だが、こうしてみると、到底できる行為ではなかった。
『まったく。これだけでも平が冗談なんて言ってなかったことが分かりそうなもんじゃないか』
 今更ながらそう思ったが、今は回想の時ではない。何しろ、これから自分も同じ事をするのだから。
「あー」
「アラタ、今日は巡回に行くわよ」
「おう!」
 ようやく口を開いた島田を無視するように、原田と永倉が大声で会話をする。
「…え〜と」
「そーじちゃん、今日はアタシと巡回行こうか?」
「…はい」
 どうにか気を取り直した島田だったが、今度は芹沢と沖田の会話に遮られる形になった。
『…?』
 そこでようやく、島田は彼女らの様子がおかしいことに気付いた。いつもなら我先に自分に声をかけてきたのだが…。
「…おい島田。何をボーッとしている。朝礼を始めるぞ」
 結局、何も言えないまま朝礼が始まってしまった。


「………」
 そして朝礼が終わると、皆我先にといわんばかりに、あっという間にいなくなってしまった。
「誠」
 或いは、全て知られているのではと言う可能性に思い当たる。
「誠?」
 そうすると、ホッとしたような、恥ずかしいような感情が湧いてくる。
 しかし、誰も何も言わないということは、認められたということか。
「誠!」
「!?」
「巡回行こ」
「…ああ」
 やはり、いつもと変わらない藤堂。そんな姿を見ていると、もうどうとでもなれと思えてくる。
「行こうか、平」
 手を伸ばす。触れ合う。繋がる。
 それだけで、恐怖が小さくなっていく。動乱の世も、周りの視線も。仲間のリンチはちょっと怖いけど。

 勿論、何も終わってなどいない。
 始まりはずっと以前からだったが、終わりはきっと、もっとずっと先に―――。


<あとがき>
 


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