「ラヴラヴ愛モードでCHU 7」


『朝が濁っている』
 爽やかとは対極に位置する顔で、島田はそんなことをボンヤリと思っていた。
 キンノーの異常増殖と仲間達の精神攻撃(としか本人には思えない)により、心身ともにボロボロになっているのだ。
 朝礼で話す土方の声も、まともに入ってこない。今、島田の頭にあることは、早く夜になって休めないかということだけだった。
「…のキンノーの増加だが」
 と、不意に耳を惹き付ける言葉が飛び込んできた。職務超過の原因の一つが、まさにそれだからだ。
「監察の報告によると、若狭を中心に活動していた海賊が、こちらに入って来ていたそうだ」
「…それって、こっちの状況を知らない海賊が、何も知らずにキンノーを名乗ってたってこと?」
「そうだ。奴らもここで盗賊行為を続ける危険性を充分に思い知っただろう。大半が京から出たそうだ」
 なんともいえない溜息と共に、場の空気が少し緩む。だがこれで、新選組の名と威光を多少は天下に知らしめることになっただろう。
「じゃあ、これでこの件はほぼ解決ってこと?」
「完全にではないが、そういうことだ」
「バカバカしい!」
 憤然とする原田。槍を持っていたら確実に振り回していただろう。
「後は………おい、島田」
「…はい?」
 と、唐突に呼ばれ間抜けな返事を返してしまう。あまりのバカバカしさに、畳の目を数え、ついそれに熱中してしまっていたのだ。
 怒られる。いや、切腹を言い渡されかな。などと思ったが、出てきたのは思いもよらない言葉だった。
「おまえ、ずいぶんと顔色が悪いな」
「…そうですか?」
 実際、死人のような顔色をしているのだ。朝、顔を会わせた時、誰もが引きつった顔をしたのは、それが原因だったのだし。
「おまえは今日は休め。そんな死人のような顔をした奴にうろつかれては、我らの沽券にかかわる」
 土方にしては珍しいことを、というよりは、そう言わせるほど酷い顔をしているのだろう。
 とにかく、一刻も早く休みたいと思っていた島田にとって、まさに渡りに船な御言葉だった。許しを得て朝礼を中座すると、とっとと布団の中に潜り込んでしまう。


「…お兄ちゃん、起きてますか?」
 あれから数刻、たっぷり寝ることである程度の元気を取り戻した島田の下を、沖田が訪ねてきた。
「ああ、起きてるよ」
 部屋に入ってきた沖田は、水の入った桶と手拭を持っていた。
「お兄ちゃん、あたしが看病…けほけほ」
「だ、大丈夫か、そーじ!」
 明らかに看病に来た様子だったが、いきなり咳き込んでうずくまってしまう。
「大丈夫。けど、誰かを看病するのって初めてだから。いつもは看病される方…げほげほ!」
「ワーーーーッ! 大丈夫か、そーじ!」
 初めての看病に緊張したのか、いつもより調子の悪い咳を繰り返す。
「大丈夫。お兄ちゃんこそ…げほげほげほげほ!!」
「そーじ! そーじ!! しっかりしろ!!」
 そして、とうとうばったり倒れて動かなくなってしまった。この後、島田が沖田の看病に終始することになったのは言うまでも無い。


「島田、生きてる?」
「他に言い方は無いのか…」
 その数刻後、今度は原田が訪ねてきた。ちなみに、島田の顔色は、原田と同じ事を聞きたくなるくらい悪化していた。
「何で休んでさらに体調が悪くなるのよ!」
「色々あるんだよ」
 そう答える声にも、まるで生気が感じられない。
「とにかく、少し寝なさいよ。沙乃が特別に見ててあげるから」
「そさせてもらうよ。…悪いな、沙乃」
 言うが早いか、すぐに眠りに落ちてしまう。
 その傍で、しばらく寝顔を観察していた原田だが、起きる様子が無いことを確認すると、そっと部屋を出て行こうとする。
 と、
「…沙乃」
 島田が原田の事を呼び止める。思わず振り返ったが、どうやらただの寝言だったようだ。
 が、
「…相変わらず、お子様だな」

 ゴキッ。

 つい、いつもの癖で思いっきり殴っていた。
 当の島田は、何が起こったか分からず目を白黒させていたが、すぐにまた寝入ってしまう。
 が、
「…全然成長しないな、そのツルペタ胸」

 ドゴスッ!

 全体重を乗せた毒針殺法に、激しく悶絶する。
「うう…何が…?」
「なんでもないわよ。いい、おとなしく寝なさい。お・と・な・し・く・よ!」
 訳の分からないまま、原田の迫力に押され、三度目を閉じる。
 が、
「…お子ちゃま沙乃は、中身もお子ちゃまかな〜」

 ヒュンッ!!

 殺気を感じて飛び退いた島田の身体を、槍の穂先がかすめる。
「!?!?!?」
「あんた、沙乃のことワザとからかってるでしょ!」
「何の事…やめろ! 本当に死ぬ!」


 さらに数刻後。
「よう、元気か、島田!」
 遠慮呵責も無く、ドカドカと永倉が入ってきた。
「…元気じゃない」
 一方の島田は、顔色が悪いだけでなく、全身に生傷まで作っていた。
「なんだなんだ。根性が無いな。ま、これでも食って元気出せ」
 そういうと、いい匂いのする汁の入った碗を差し出す。
「ああ、ありがとう。これなんだ?」
「食い物だ!」
 何気ない言葉。しかし、盛大に嫌な予感がした島田は口をつける寸前で手を止める。
「…いや、材料は?」
「さあ? 厨房にあったから、食い物だろ」
 碗に目をやる。見た感じ、何の変哲も無い汁。いい匂いが漂っている。だが、島田の第六感が、最大の警鐘を鳴らしていた。
「いや、ちょっと食欲が…」
「何言ってんだよ。そんなんじゃ、いつまで経っても風邪は治らんぞ」
「風邪じゃあないんだけど…」
「アタイの出したモンが食えねえってのか?」
 島田、進退窮まる。
 そして島田は、さらにぐっすりと眠れるようになった。


「誠、大丈夫…じゃ無さそうだね」
 またまた数刻後、そっと部屋に入ってきた藤堂は、島田の様子を一瞥するとそう呟く。
「…そうだね、少し眠った方がいいね。じゃあ、お休み、誠。御大事にね」
 走馬灯を楽しんでる島田の耳に、その声は届きそうに無かった。


  (みんな? みんなじゃないか!?)
  (俺、何だか知らないけど、モテモテだよ。)
  (けど、不思議と、あまり嬉しくないんだ。何だか涙出てくるし。)
  (こんなことなら、皆と幼馴染のミヨちゃん(ナイスバディ)を取り合ってりゃよかったよ。)

「…ミヨちゃん!」
 自分の声で目を覚ます。気配は、今が夜であることを告げていた。
 そして、この部屋にもう一人、人間がいることも。
「………………」
「やあ、御目覚めかい?」
 山南だった。
 取り敢えず、一番安全な人物だったことにホッと胸を撫で下ろす。
 もし、沖田や原田や永倉だったら…!
「ところで、僕は鰻が好きでね」
「?」
「いやあ、聞いたのが僕でよかったよ」
「…分かりました」
 どうやら、一番ではなかったようだ。
「身体の方は、大丈夫かい?」
「ええ、まあ」
 自分の回復力に苦笑しながら答える。良くも悪くも鍛えられてると言うことだろう。
「それはよかった。君に話があって来たんだ」
 不意に顔を引き締めた山南の様子に、島田も自然と緊張する。もっとも、内容は大体分かっている。
「こういう言い方はどうかと思うけど、そろそろ答えを出した方がいいと思う」
 黙って頷く。
「さあ、選びたまえ」

   『@俺は斎藤のことが…
    A山南さん! 俺には山南さんしか見えない!
    Bオヤッサン、Loveじゃ〜〜〜っ!!』

「…って、なんですか、この暗黒選択肢は!」
「悪いけど、AはNGだ。僕は君の気持ちに応えることは出来ない」
「そうじゃなくて!!」
「冗談だよ」
 シレっとした顔で言ってのける。
「まあ、真面目な話、僕らは明日をも知れない身だ」
「今、死にかけてますし」
「真面目な話だよ」
 最初にボケたのは山南の方だが、まぜっかえすのをグッとこらえ、視線で続きを求める。
「そんな中で、彼女らは自分の思いの丈をぶつけてきたんだ。方法はどうあれね。だから、君も答えを返すべきだろう。本音でね。ただし―――」
 そこで一旦切ると、さらに眼光を強め、じっと島田を見つめる。
「これは誰か一人を選ぶと言うものじゃない。誰も選ばないと言うのもありだし、考え無ければ答えが出ないというなら、そうするべきだ。明日をも知れないから、誰かと。なんて答えは皆を不幸にするだけだし、何より僕が許さない」
 そこまで言うと、一転して優しい顔になる。
「なあ、島田君。本当は、とっくに答えは出てるんじゃないか? それを口に出来ないのは、男として分からない訳じゃないけど、あまり女の子を待たせるもんじゃないよ」
「………はい」
「うん。いい顔だ」
 島田の顔を見て満足したのだろう、山南は部屋を辞そうとする。その前に、最後にポンッと肩に手を置くと、耳元で囁く。
「まあ、どうするにせよ、腕の七、八本は覚悟しておいた方がいいかもね」
「怖いこと言わないでくださいよ! 大体、腕は七本も八本も無い…って、山南さん、無責任に笑って去らないでください!」
「その元気なら大丈夫だろう。さ、行ってあげたまえ」
 そう言うと、呆れるほどの早さで視界から消えてしまう。
「女の子は、あまり待たせるものじゃない、か」
 しばらく呆然と立ち尽くしていたが、山南に言われたことを思い返す。
「…そう、だよな」
 一つ頷くと、意を決して歩き出す。
 その向かう先は―――。


<あとがき>
 


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