「ラヴラヴ愛モードでCHU 4」


「え〜と…」
 迸る熱気、飛び交う杯。屯所の中は宴会場と化していた。
「一体、何が…?」
 巡回から帰り、訳もわからないまま既に始まっていた宴会に巻き込まれた島田は、杯片手に茫然と突っ立っていた。
「あははは、このお酒、美味しいね〜」
「おぉう、飲むぞ〜」
「何かあっさり順応してるし!」
 同じく巻き込まれた藤堂と永倉は、何の疑問もなく宴会モードに移っている。
 だが、島田は彼女らの様にはなれなかった。その最大の理由は…。
「どうした、島田。さ、飲め」
 と、何か執拗に自分に酒を勧めてくる土方の存在があったからだった。
『何故土方さんが…? これはまさか罠? 明日は切腹が待っているとか?』
 普段から怒られてばかりの島田は、どうしても裏を、それも最悪の事態を考えてしまっているのだ。
 もっとも、裏は確かにあった。ただ、それは島田が考えているのとは全く違う物だ。
 そもそもの事の起こりは、島田らが巡回をしている最中のことだった―――。

     *   *   *

「どうした近藤、浮かない顔して」
「あ、トシちゃん」
 沖田と別れた近藤は、たまたま反対方向から歩いてきた土方とばったり出くわした。
「うん、ちょっとね。そーじの様子がおかしいから」
「そーじが? 一言でおかしいと言われてもどうおかしいのだ? 最近キンノーに大きな動きが無いとはいえ、そーじの戦力を失う訳には行かない。何がどうおかしいかははっきりさせておく必要があるぞ」
 そう言うと、そーじに会いに行こうとする。
「待って、トシちゃん!」
 それを慌てて止める近藤。沖田がどうおかしいか、近藤の想像通りだとしたら、正直、土方はこういうことでは役立つ気がしなかった。だが、止めてしまったからには話さない訳には行かないだろう。
「あのね…そーじ、多分島田君のことが好きなんだと思うの。それで、へーちゃんがあんなことしたから、それで…」
「でかしたぞ、島田!」
 近藤の話を皆まで聞かず、突然土方が雄叫びを上げた。
「これで天然理心流の未来は安泰だ! 早速、二人の結納を…」
「ま、待って、待ってよ、トシちゃん!」
 やはりとんでもないことになった。
「何を待つ必要があろうか。次に流派を継ぐのはそーじ、そしてそーじの子であることは近藤も納得していた事だろう」
「そうだけど…駄目だよ、二人の意思を尊重しないと」
「そーじの気持ちははっきりしているのだろう。島田の意思はこの際関係ない。さあ、早速結納の準備を…」
「駄目! そんなことしたら、きっとそーじ怒るよ! トシちゃんのこと恨むよ!」
 そこまで言われてようやく土方の暴走が止まる。もちろん、島田×沖田実行計画までは捨てていないが。
 と、そこへ、間が悪いというか、都合よくというか、思わぬ知らせが入ってきた。
「ゆーこちゃん。あ、歳江ちゃんも。ねえねえ、お酒貰っちゃった!」
 芹沢だ。大量の徳利をぶら下げ、上機嫌で歩いてくる。
「え?」
「何の話だ?」
 訝しげな顔をする二人。それとは反対に、満面の笑みを浮かべながら芹沢が答える。
「あのね、沙乃ちゃんの残虐行為手当てが入ったの!」
「さっぱり分からん! 分かるように説明しろ!」
 大声で叱責する土方。普段ならここで芹沢がやり返すことで一悶着起こるのだが、今回はそんなことが気にならないくらい、芹沢が上機嫌のようだった。
「今日の巡回で沙乃ちゃんが手配中のキンノーを仕留めたらしいんだけど、そいつが商家の後取り殺してたらしいのよ。それで、その家の人たちが、仇をとってくれたお礼ってことで、たくさんお酒とか食べ物とかを持って来てくれたの」
「ほう」
「だからさあ、宴会しよ! すぐ食べなきゃ駄目って訳でもないけどさあ、せっかくの事だし」
 これも普通なら土方が怒鳴って…というパターンになるのだが。
「宴会…フム、そうだな…その手なら…!」
「…どうしたの、歳江ちゃん?」
 顎に手をやってブツブツ呟く土方に、ようやくいつもと違うことが進行していることを気付く。
「あ、あのね、カーモさん…」
 本来なら芹沢に話す必要は無かったのだが、これはまあ、その場の勢いというものだ。
「ふ〜ん…。まあ、相手を酔わせて事を有利に運ぶってのは、歳江ちゃんの得意技だもんね」
「何か言ったか?」
「な〜んにも。とにかく、宴会はするって事だよね。オジサマ〜、宴会だよ〜、準備手伝って〜」
 こうして、芹沢の協力、もとい主導によって、あっという間に宴会の準備が整えられたのだった。

     *   *   *

「うう、結構飲まされたな…」
 なんだかんだと、土方の巧みな手腕によって島田は結構な量の酒を飲まされていた。
 もっとも、気分が気分だけに、気持ちよくどころか酷く悪酔いしそうになったので、どうにか外に抜け出したのだが。
「…ん?」
 と、外には先客がいたようだった。
「…沙乃?」
 どうにも一人分静かな様な気がしてたのは、原田がいなかったからなのだろう。それはつまり、ずっと一人でこうしていたということだが。
「…フン」
 島田の呟きが聞こえたのだろう、チラッと視線を向けたが、それが誰だかわかった時点でこれ見よがしに鼻を鳴らしてそっぽを向く。
 今までならこれで終わったのだが、島田も酔っていたのだろう、むしろ堂々と原田の方へ近寄る。
「沙乃、おまえお子様なんだからそんなに酒を飲んだら駄目だろ」
「誰がお子様よ! 沙乃は大人なんだから、これくらいじゃ酔ったりしないの!」
「そんなこと言って、ヒイ、フウ、ミイ………おまえほんとにどれだけ飲んだんだよ」
 足元に転がる、両の手の指でも足りない数の空徳利を見て、呆れた溜息をつく。
「酔ってないって言ってるでしょ! 沙乃は島田と違って、こんくらいで酔ったりしないんだから!」
「おいおい、俺と違ってってのはどういう意味だよ。俺だってこんなもんじゃどうってこと無いぞ」
「嘘ばっかり!」
 思わず口角泡を飛ばしてやりあう二人。馬鹿馬鹿しい内容の言い合いだが、あの日までは、当たり前のようにやっていたことだった。
「………沙乃、やっぱり酔ってるのかも」
 と、不意に、小さくなって沙乃が呟く。
「沙乃?」
「こんなのが、楽しいって思ったりして…。ううん、絶対酔ってる。だからこんな事だってするんだもん」
 そう言うと、突然の変化に戸惑って動けなくなっている島田の首根っこを掴み、無理矢理顔を下ろさせ、
「島田…島田の…」
 何かを言いかけ、その声を掻き消す様に快音が響いた。
「こ〜ら〜、島田〜、どこに行ったぁ! アタイの酒が飲めないってぇのかぁ!」
 ぶっ倒れている島田と、横に転がる徳利、叫ぶ永倉。それだけで状況把握には充分だった。
「イテテ…ん?」
「…の…島田の馬鹿!!」
 頭を振りながら起き上がった島田に徳利以上に殺人的なアッパーを見舞うと、ズンズンと音を立てて原田は宴会場へと歩を進める。
「さあ、飲むわよ! じゃんじゃん持ってきなさい!」
 何かを吹っ切ったような声音で原田が吠える。
 一方、外に取り残された島田は、音に紛れて微かに聞こえたような声と、吹き飛ぶ寸前に一瞬触れたような感触に、未だ戸惑って動けずにいた。

 ゆっくりとしか動かない時間。その中で、宴はまだまだ終わりを見せていない。


<あとがき>
 


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