「ラヴラヴ愛モードでCHU1 」


 それは何気ない日の何気ない朝。窓からは清涼な風と小鳥の囀り。世の動乱など忘れてしまいそうな時間。
 そんな平和な新撰組の朝餉の時間に、唐突にそれは始まった。
「ねえねえ、みんな。聞いて欲しいな」
 いつもはいるかいないか分からないような藤堂が、珍しく自分から『話を聞いて欲しい』と言い出した。これだけでもある意味一つの事件だ。それだけに、みな藤堂に注目する。
「わたし、誠にラヴラヴ宣言するね!」
 ブッと何かを噴出す音一つ。しかし、反応はそれだけだった。一人を除いて、何事も無かったかのように食事を再開する。しばらく、何の会話も無いまま、黙々と食事をする音だけが響き、揃ってお茶をすすると異口同音にこう言った。
『誠って誰?』

 『ラヴラヴ愛モードでCHU』完





「って、ちょっと待てぇぇぇぇぇっ!」
 思わず大声で叫ぶ島田。しかし、それに対して向けられた目は冷ややかな物だった。
「島田、うるさい」
「そうだぞ、今アタイ達は、誠が誰かという話をしてるんだ!」
 嫌味かマジかは分からないが、少なくとも永倉は本気だった。
「あははは、まあ、仕方ないか」
「仕方なくない!」
 エキサイトする島田と、少し引きつった笑顔をする藤堂。そんな二人を尻目に、一同はいまだ『誠とは何者』という議論を続けている。
「え〜と。…じゃあ、言い直すね。わたし、島田君にラヴラヴ宣言するよ」
 沈黙。おもに痛いほどのとか、凍りつくようなとか、そんな風に表現される重い沈黙だった。
 そして―――。
『ええええええええええっ!?』
 予想通りの大騒ぎ。目を白黒させる者。爆笑する者。錯乱して走り回る者。老け込んでお茶をすする者。怒り出す者。血を吐いて倒れる者。それを看病する者。とにかくはちゃめちゃな状況になる。
 ただ一つはっきりしたのは、みな本気で『誠=島田』ということを理解してなかったことだった。
「うう。ぐれてやる…」
 一人隅っこでいじける島田。そんな彼を無視して永倉が藤堂に詰め寄る。
「見損なったぞ、へー!」
 島田がいじけてなかったら『どういう意味だ』と突っ込みが入るようなことを言う。しかし、
「おまえ、いきなり誠とか言う奴を捨てて島田に走るってのか!」
 それ以前の問題のようだった。
「まだ分かってなかったのかっ!」
 島田も思わずいじけてたことを忘れて突っ込む。
 そして、その声で思い思いに錯乱してた面々が二人に詰め寄ってくる。
「ちょっと、島田! あんた、へーに何したのよ!」
 真っ先に詰め寄ってきたのは原田だった。
「きのこ? 催眠術? それとも怪しい薬? 或いはまさか、弱みを握って…」
「誰がだ!」
「あの、えっとね、なんて言えばいいかな、その…」
 続いて近藤が控えめに口を挟んで来る。
「初めはそんな激しいのはどうかと思うよ。その、人それぞれだとは思うけど…」
「誰がって、どこまでいちゃってんですか、近藤さん。帰ってきてくださいよ」
 島田の声が聞こえていないのか、なにやらもごもごと呟いている。これはもう無理だと判断して他の方に目をやると…。
「…けほけほっ…(チラ)…ごほごほっ…」
 こちらをチラリと見ては激しい咳を繰り返す沖田の姿があった。あからさまだが、かなり怖い。
「あらあら、新たなライバル出現って所ね」
 そして、芹沢の台詞を最後に、再び場が凍りつく。しかも今度は、互いに牽制しあっているような、微妙な緊張感が含まれている。
 ある意味、藤堂の宣言以上に波紋を投げかけた芹沢の一言。そのまま、息苦しい時間が過ぎる。
 と、そこへ、
「何の騒ぎだ。叫んだり、急に静かになったりと」
 一人この場にいなかった土方が入ってくる。
 いいタイミングでの闖入者の出現に、何かの爆発は当面避けられた。あくまで当面であり、火種は燻ったままではあるが。
「…というわけです」
 取り敢えず、島田が大まかな事情を説明した。土方が島田を指名したこともあるが、それ以上に他の誰かに説明させると、また火がつく恐れがあったからだ。
「なるほど、話は分かった。…それにしてもおまえら、失礼だとは思わないのか」
「分かってくれますか、土方さん!」
 思わず感涙に咽ぶ島田。それに鷹揚に頷くと、藤堂の方に手を置いて優しく告げる。
「藤堂は疲れてるんだ。しばらく激務が続いたからな。どうだ、少し長めの休暇をやるから、モルジブにでも行って心身のリフレッシュを…」
「あんたが一番失礼だぞぉぉぉっ!」
 逆上する島田を軽くいなすと、手を叩いて解散を促す。
「ほら、さっさと仕事につけ。もう朝餉の時間ではないぞ」
 土方にそういわれては、逆らう物はいなかった。各々の仕事にかかるべく、いそいそと動き出す。
「じゃ、巡回いこ、誠」
「あ、ああ」
「………」
「………」
 しかし、勿論何も解決などしていないのだ。


<あとがき>
 


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