「剣魂逸敵! 5」


 何が出来るか? などと自問してみたところで、出来ることなどたかがしれてるわけで。結局普段通りに巡回なんかしちゃってる島田だったが、偶然というべきか、また小白とばったり出くわしてしまった。
「こんにちは、島田さん」
「あ、ああ。こんにちは」
 一応警戒はしているのだが、小白が相手ではどうしてもペースを乱されてしまう。今回も、いつの間にか茶屋でくつろいでしまっていた。
「そうだったんですか。御忙しいところ御引止めしてしまったみたいですね」
 とりあえず、重要な犯罪者の捜索という嘘で乗り切ろうとしたが、既に一時間経っていた。
「いや、これも仕事のうちさ。まあ、小白みたいに気侭な旅の生活も面白そうだけどね」
「本当に、そう思います?」
 島田にしてみれば何気ない一言だったが、小白は何かを期待するようにじっと見つめながら聞き返してくる。
「本当に、そう思っているなら………いえ、御仕事頑張ってください。失礼いたします」
 そして、結局中途半端に口篭ったまま、そそくさと立ち去ってしまった。島田も御茶を飲み干すと、気合を入れなおして立ち上がる。小白の言うとおり、これからが頑張りどころだった。

 そして、何の成果も得られないまま数日経ったある日、島田は独り土方に呼び出された。しかも、場所は道場。用件の見当もつかないままの島田を待っていたのは、土方と山南という珍しい組み合わせだった。
「それを持ってみろ」
 入り口の脇においてある箱を指し示すと、出し抜けに言う。その中には、脇差より短い小振りな短刀が入っている。
「なんですか、これ?」
 ズシッとした重みに驚きながら尋ねる。見かけこそ小振りだが、それは太刀数本分の重みがあるようだった。
「佐々木小白なる者が、近藤を襲った一派である疑いがある」
 土方はそれに答えない。そしてそれよりも遥かに驚くべきことを言ってのけた。
「先日かの者を呼び止めたところ、我らが隊士二人を打ち倒して逃走した。ここにいる山南が証人だ」
 山南も、黙って頷くことで同意を示す。
「それは、奴に対するために特別に用意したもので、太刀数本分の重みがある短刀だ。本来なら永倉にやらせるところだが、聞けばおまえは、永倉のハンマーを後ろから掴んで止めたそうだな」
 確かにそんな記憶があった。考えてみれば、アレも小白絡みの騒動だった。
「自覚していないようだが、そんなマネはおそらく永倉自身にも出来ん。よって、貴様が一番力があると判断して、奴の処分を任せることにする。以上だ」
 それだけ言うと、土方はとっとと去って行く。後に残された島田は、茫然と立ちすくんでいた。
「僕は最初から見たわけじゃないけど、彼らはずいぶん乱暴な訊ね方をしたようだね。しかも、斬ろうと思えば切れた呼吸で、彼女は斬らなかった。彼女は犯人では無い。僕はそう思うよ」
 そんな島田に、それまで黙って事態を眺めていた山南が声をかける。
「僕は彼女の戦いを見た。確かに倒した強さだけど、助勤以上の者なら、決して勝てなくは無いだろうね。それでも、処分を任された意味を考えて欲しいな」
 その言葉に、島田は彼が土方を説得してくれたことを悟った。そして、小白を殺したくなければ、自分がどうにかするしかないことも。
「ことは、急いだ方がいいと思うよ」
「はい!」
 力強く頷くと、後も見ずに駆け出す。その姿を苦笑しながら見送る山南の前に、再び土方が現れた。
「行ったか?」
「うん。いいねえ、若い子は」
 言うことが妙に年寄りくさいが、彼が島田のことを好ましく思っていることは事実のようだ。
「奴が真剣にやってくれねば、こちらの策が見破られるからな」
「彼らには悪いとは思うけどね」
 要するに、彼らは犯人らをおびき出すつもりなのだ。
 まず、近藤が死んだという情報を意図的に洩らし、敵の出方を窺う。その上で、間違った犯人を追わせることで、敵に間違った認識を与えようというのだ。
 近藤が生きたまま放置された状況から見て、犯人達は近藤が生きているのか死んでいるのかを知らないと判断した上での、大胆な策だった。
 なんにせよ、これでけりをつけるつもりでいた。そのためには、利用できるものはすべて利用するつもりで。
「私らも動く。ここは任せた、山南」

 走り出してから、小白が何処にいるか分からないことに気付いた。隊士とやり合って逃走したと聞いているからに、いつものようにばったり出会う可能性は限りなく低そうである。
「よ、兄さん。誰かお探しかい?」
 そんな島田に、以前聞いた声がかけられる。
「八葉さん…?」
 とりあえず小白のことを訊ねると、八葉は厳しい顔を見せ、聞き返してきた。
「何のため、その子に会いに行くんだい?」
「何のためって、だから…」
「あんたに聞いているんだよ」
 強い口調で遮られる。つまり彼女は、新選組の隊士に聞いているのではなく、島田に聞いているのだ。
「…決着をつけに」
 きっぱりと答えると、八葉はスッと先を示す。
「あっちの方で見たよ。行って、けりをつけてきな」
 しっかりと礼を返すと、また全力で駆けて行く。その後姿を見る八葉の口元には、淡く優しい微小が浮かぶ。

 今宵、決着をつけるべく、新選組が動き出したのだ。


<あとがき>
 


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