「剣魂逸敵! 4」


「…ッゥ!」
 衝撃が突き抜ける。突然の銃声、弾丸は近藤の刀に当たった。
 直撃でなかったのは幸いだが、事態はそう簡単ではない。偶然で無いなら、生死を確かめずに置くはず無いのだ。
『駄目…意識を失うわけには…いか…な…』
 次に目覚めるまでの、最後の思考がそれだった。それこそ、新選組局長としての、意地と責任だから。
「へへっ、やったか」
 近藤が動かなくなるのを確認していたのだろう、茂みの影から男達が現れたのは、その数分後だった。
「これで第一段階は成功ってわけか。…ん、待てよ?」
 倒れた近藤を囲んでニヤニヤ笑っていた男達の一人が、それに気付いた。
「血が流れてねぇ…って事は、衝撃で気を失っただけか」
「そうかい。それは何よりだ」
 思わぬ近くからした声に、とどめを忘れて全員が振り向く。驚いてはいるものの、取り乱した者はいない。さらに、振り向いた瞬間には既に抜刀している。素人ではない、どころかかなり訓練された者の動きだった。
「…何者だ」
 先程まで浮かべていたいやらしい笑いを引っ込め、殺戮者の顔になる。それでも、闖入者に動じた様子は無い。
「何者…ねぇ」
 大柄な女性。肩に担いだ抜き身の刀には、血がベットリと付いている。何を斬って来たか、間違える余地は無かった。
「銃を使った上に、相手が動かなくなってから姿をあらわすような奴らでも、立場が逆になるとそんな台詞を吐くのかい?」
 八葉だった。先日島田たちと顔を合わせたときのような雰囲気は微塵も無い。ある程度以上の腕の門なら、男達より八葉の方を怖いと思うだろう。
「あんたらは、誰に斬られるかも分からないまま、逝っちまいな」
 返事は無い。ただ、男らが二人、音も無く駆け出しただけだ。
 そして、何事も無くすれちがう。
「…?」
 何が起こったか理解できないうちに、三人目が倒れていた。そこで初めて、男は八葉との距離が思いのほか近付いていることに気付く。
「何!?」
 次の瞬間には、土の感触、そして激しい痛みが意識を侵す。斬られたこと以外は何一つ理解できないまま、男たちは死んでいった。
「…無拍子」
 小さく呟くと、刀を拭って鞘に収める。そして気を失ったままの近藤を担いで何処とも無く消えていく。
 近藤が目を覚ましたときには、黒谷本陣で独りでいて、八葉の姿はどこにも無かった。

 いつの間にこんな状況になったのだろう。和やかに茶を飲みながら、島田は笑顔の下でそんなことを考えていた。
 最初は状況を整理するための事務的な問答だった。しかし、気がつけば近くの茶屋に入り、いつの間にか事件と関係ないことで談笑している。何気ない調子ながらも強引な小白と、意識せずに流されまくる自分の性格に、いまさらながら驚かされる。
「それで新選組に入ったんでですか…」
 そう、新選組に入ったのだって、よくよく考えてみれば状況に流されまくった結果と言えなくないのだ。
「ちょっと、私に似てるなぁ」
 ふと、遠くを見つめるような呟きに、島田が我に帰る。
「私も、自分が唯一続けてきた剣術で身を立てられたらって。結局それで、武者修行の旅なんかしちゃってる訳ですけど」
 それに、憧れが無かったわけでもない。田舎町から出てきて、頼れるのは剣の腕のみ。自分が世の中にどこまで通じるかわからないままに、新選組に出会って今にいたる。
 自分が選んだ道。だが、本当にそうだったのだろうか。『自分に似ている』と言った小白の顔は、真っ直ぐ前を向いて、誇りすら感じられた。それが今の自分にあるのだろうか。
「あ、もうこんな時間ですね。ごめんなさい、長々と御引止めしてしまって」
 と、突然声を上げる。よくよく見てみると、既に太陽は沈みかけていた。
「本当に話したかったことは………いえ、失礼します!」
 何度もお辞儀をすると、雑踏の中に消えていく。それを見つめている島田は、内心帰ったらどんな目に合わされるかの不安でいっぱいだった。

 生きているって素晴らしい! 道場へ続く道の最中、島田は生存の喜びに身を震わせていた。
 屯所に帰った島田を襲ったのは、衝撃と恐怖の連続だった。まず、近藤が襲われ死にかけたと言う衝撃。そして、それゆえに錯乱した土方に、帰隊が遅れたと言う理由だけで惨殺されかけた恐怖。さらに、遅れた理由を芹沢に問い質され、答えたときに感じた何処からとも無く漂ってくる冷気。思い出すだけで震え来ることばかりだった。
「みんなが止めてくれなかったら、死んでたよなぁ…」
 特に恐ろしかったのが土方だった。今生きているのが不思議なのは、むしろ近藤より自分の方なのではなかろうか。そんなことまで思えてしまう。
 とにかく、どうにも止まらない冷たい汗を、普通の汗に変えるつもりで道場に向かっているのだ。
 しかし、明かりの灯ってない道場には先客がいた。武器を振るう風切音の響きから、相当に激しく身体を動かしてるようだ。
「沙乃」
「………。あら、緊急時にデートをしてた島田じゃないの」
 重く冷たい響き。しかし、島田はそれに苦笑を返す。沙乃がどれほど怒っているか、いや、今どんな気持ちで武器を振るっているのか、大体分かるからだ。
『それが分かるくらい、長くここにいるんだな』
 昼間小白と交わした会話の影響か、そんなことを思ってしまう。
「別にそんなことに口出しはしないけど、状況ってものを弁えるくらいはしたらどう?」
 そう言いながら、槍を島田に向けて振る。それを軽く受け止めると、その部分を握り締めて言う。
「近藤さんが襲われたのも、たまたま助かっただけで、助けることが出来なかったのも、沙乃のせいじゃないだろ」
「!?」
 槍を通して、動揺する気配が伝わる。いきなり核心をつかれ、驚いているのだ。
「沙乃はさ、何でも悪いことは背負い込んじゃうようなところがあるけど、それは変だ。あの時こうしていればとか、自分がいればこんなことにはとか、考えたってどうしようもないんだよ」
「何言って…」
「取り返しの効かない事ってあるけど、それは一人で背負い込むものじゃない。だから、新選組があって、仲間がいるんだろ」
「バカ…何くだらないこと言って…」
 槍を離すと、結局何もせずに道場を出る。沙乃が泣くのを見られるのが好きじゃないのを知っているから。
 それに、島田も一人で考えたいことがあった。
『何でここにいるかは、今はどうでもいい』
 夜空を見上げながら、考える。
『今やることは何か。考えるんだ、新選組の島田として』


<あとがき>
 


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