「剣魂逸敵! 3」


 幽霊退治から一夜、島田は布団から半身を起こして昨夜の出来事を反芻していた。
 剣豪佐々木巌流(推定)との死闘(実は大したことしてない)、そして謎の少女佐々木小白。小白に関しては、あの後沖田の容態が悪化したのでウヤムヤになってしまったが。
「どう報告したものかな…」
 それ以上に問題なのは、これを土方に報告せねばならないと言うことだった。『その佐々木小白というのは?』『よくわかりません』では切腹の機会すら与えてもらえないかもしれない。
「まあ、なるようにしかならないか…」
 悟った表情で開き直る。どうしようもない状況では、とことん図太い奴だった。

 そして、朝礼の後、島田は独り土方の下に呼び出されることになる。土方の部屋で二人きりと言うのは、恐ろしいプレッシャーだった。相槌をうたれただけで謝ってしまいそうになる。
「…以上です」
「ふむ」
 戦々恐々としていた島田だったが、土方の少ないリアクションに、普段の余計なことをする性格が表れる。
「何か問題とか?」
「いや」
 聞かずもがなのことを言っても、やはり反応が鈍い。普段なら説教がとんで来てもおかしくないのだが。
「…キンノーは、大まかに分けて三種類ある」
 不意にそんなことを言い出した。その表情は真剣で、重大な話であることが窺える。
「一つは攘夷の名を借りたただの強盗。普段我々が相手をしているのがこれだ。もう一つは、尊皇攘夷を掲げる思想家。一番厄介なのがこいつらだ」
 二つ目に上げたのが、真の意味での勤皇主義者達だ。その厄介さは島田も骨身にしみて理解している。彼らは大抵徒党を組む。組織だって対抗してくる。そして、ただ切り捨てただけでは解決しないのだ。思想を暴力で解決する根拠を示さないと、こちらの正義が成り立たないから。
「…三つ目は?」
 だが、今回の話は、彼らのことではないようだった。島田の問い掛けに、土方が言葉を続ける。
「最後の一つが、世間、とりわけ幕府に恨みを待つものたちだ。逆恨みかどうかなどは奴らには関係ない。こいつらが一番面倒だ」
「面倒?」
「そうだ。奴らの最初の標的になるのが我々だ。そして、そいつらの集団が京に入ってきたとの情報があった」
 事の重大さに、島田が震える。恐怖ではない。そんな重大なことを打ち明けられたことによる武者震いだ。
 そして、土方は想像以上の台詞を口にした。
「おまえには特に期待している。これからも良く巡回に励め」
「は、はい!」
 記憶を手繰っても『士道不覚悟!』とか『切腹を命ずる!』とかしか言われてないような気がする土方から『期待している』と言われ、思わず舞い上がった。そして意気揚揚と巡回に出る。
 だから、その後の呟きは耳に届かなかった。
「面倒に巻き込まれる悪運は、隊で一番だからな…」

 そして島田は、期待以上の確率でトラブルに出会っていた。
 屯所を出て数十分、『女の子とキンノーが喧嘩している』との情報が入ったのだ。使命感に燃えていた島田は、勇んで現場に急行する。多分これが『兄貴達が集団でラインダンスを踊ってる』と言う情報でも、彼は行っただろう。行ってどうするかも分からないまま。
 そこで島田は、運命の女神と出会う。こうもりの羽と尻尾の生えた、かなり悪魔的なデザインの奴だ。
「小白…?」
 考えてみれば、普通だったら『女の子がキンノーに襲われている』と聞こえてくるはずだ。だが今回は『喧嘩している』だった。と言うことは、とりもなおさず女の子がキンノーと喧嘩できるだけの力量を持っていると言うことになる。そんな人物は、新選組を除けば早々いるものではない。
 とにかく、急行した現場で見たものは、鞘に収まったままの刀を抱えた小白と、抜き身のキンノー二人、そして倒れている数人のキンノー達だった。
「…島田さん?」
 島田の呟きが聞こえたのか、小白の視線が揺れる。その隙に、二人が打ち込んできた。
 その後の光景は、見ていながらも目を疑うようなものだった。
 早い方の一撃を鞘で流しつつ、もう一人の身体を薙ぎ払う。流された者が態勢を立て直すころには、既に小白の一撃が打ち下ろされている。
 言葉にすると何気ないが、それを槍のような太刀でやってのけたのだ。そのスピード、そしてもっとも恐ろしいのは、動きはあくまで剣術のそれだということだろう。
「キンノーはどこだーっ!」
 と、そこに、聞きなれた声がなだれこんで来た。
「おまえか!」
 永倉と原田だ。例によって、ろくに状況確認をしないで突っ込む永倉を、原田が追いかけている。
「待ちなさいよ、アラタ! ちょっと様子が変よ!」
「問答無用! てやーっ!」
 次の瞬間、島田は考えるより先に動いていた。永倉のハンマーを後ろから掴んで止める。たたらを踏んだ永倉の前で、刀を抜きかけた体勢の小白も慌てて止まる。そして、遅れて殺気が吹き付けてきた。
 止まってはじめて、殺気に気付く。キンノーとはレベルの違いを感じての無意識のものだったのだろうが、それはただ事ではないものだ。
「島田、今の…」
「ああ」
 島田に感じられたものが、原田に感じられないはずはない。小白を見る目が、剣呑なものになる。
「彼女、キンノーじゃないの?」
「違う…と思う」
「まあ、状況を見てもね…。ところで、アンタの知り合いなの?」
 知り合いと言えるかどうかは微妙だったが、とりあえず頷く。このまま彼女をキンノーだということにしてはいけない、それは危険だと感じたのだ。
「そ…。じゃあ、あの子はあんたに任せるけど、後で詳しく話を聞かせてもらうわよ」
 そう言うと、倒れているキンノーを連れて、原田と永倉は去って行く。『後で詳しく』の部分に力がこもっていたので、それなりの覚悟は必要だろう。
「おひさしぶり…と言うのでしょうか?」
 そして、取り残されて手持ち無沙汰になってしまった島田に、小白がオズオズと話し掛けてくる。
「こんにちは、島田さん。少し、話をしませんか?」


 一方そのころ、近藤は独り、黒谷本陣の道を帰っていた。普通、近藤が単独で行動することはない、と言うか、土方がさせないのだが、この時はあまりの忙しさに土方の目がゆるんでいたのだ。
 今回の訪問では、色々重要な情報が入った。特に、今京に潜入しているキンノーについては大きかった。そのため、注意力が散漫になっていたのも事実だ。
 そして、人気のない山に、銃声が響き渡った。


<あとがき>
 


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