「剣魂逸敵! 2」
一夜明け、島田らは一縷の望みを託し、神社へと足を運ぶ。これと言う手が思いつかない以上、後は専門家の手を借りる他が無い。
「もっとも、神社に縋ろうって考えが、そもそも単なる思い付きだけどな」
自分で言い出した事ながら、この方法に一番気乗りしていないのが島田だった。
と、言うのは…。
「島田さん!」
矢鱈、無駄に、景気よく、とにかく社が見えるか見えないかの所で、そんな声が響く。
「島田さん、来てくれたんですね☆ お待ち、嬉しい☆ けど、今はまだ仕事中。勤勉なバイト少女としては、この千載一遇のチャンスを、ただ客と店員の関係で過ごさなくてはならないなんて、何と言う運命! けど、おまちは負けません! あの空に一際輝く星に誓って、いざと言うときは、神主様を殴ってバイト料奪ってから愛に生きます!」
茫然とする三人を尻目に、言いたいことを言い続けている少女を見て、ようやく島田の気乗りしなかった理由を解する。
「けど、だったらなんでここに来たの? 神社は他にいくらでもあるのに…」
「俺は京の神社は、まだどこに何があるかよく覚えてないんだよ」
だったら二人に聞けばよかったとは、今思いついたのだ。
「ところで島田さん、今日はどんな御用ですか? 恋愛成就? 夫婦円満? 子宝祈願? 何でも取り揃えてますよ!」
「うわ、狭っ!」
思わず突っ込む島田の後ろで、淡々と斎藤が言う。
「斬ってもいいかな?」
「とりあえず、やめとけ」
横で『とりあえずですか?』と聞いてくるおまちを無視し、こちらの事情を話す。
ところが、彼女にしては珍しく、まともに困った顔を見せる。
「う〜ん、実はうちの神主様、『除霊が俺を呼んでるぜ』って、蝦夷まで出かけちゃったんですよね。多分、一年以上、あるは二度と帰ってこないですよ」
思わず顔を見合わせる三人。
「どうしようか、島田。とりあえず彼女は斬っとく?」
「今はやめとけ」
『今はってなんですか!?』と言う彼女のことは黙殺。とにかくこちらの用事を早く済ますことだけを考えていた。
「おまちちゃん、何か無いかな? 幽霊退治の口伝とか、幻のアイテムとか?」
「う〜ん、家は丑の刻参りを初め、蠱毒、狗神、呪禁道からブードゥーの秘術、ネクロノミコンまで色々取り揃えてますけど…」
どこから突っ込んでいいのか分からない台詞を呟くおまち。ただ一人、斎藤だけは、
「斬るね」
と断言口調で言う。
「まあ…待て」
『まあって、今の間は何ですか!?』と、少しマヂで怯えの混じった声をあげるおまちを宥め、もう一度同じ事を訊ねる。
「え〜と…あたしと島田さんの『愛』って言うのはどうでしょう! 将来を誓い合った二人のパワーは、あっさりと悪意を消し去り、更なる絆を深め…」
最後まで言えず、凍りつく。今まで事態を静観していた沖田が、ゆっくりと鯉口を切ったのだ。それは、島田や斎藤までも動きを止めてしまうほどの迫力を秘めていた。
「あ、あ、あ…え〜と、神主さんが書いたこの札を柄に貼れば、幽霊だって斬れるはずです…」
「けほけほ。…ありがと」
完全に色を無くしたおまちから札を受け取ると、さっさときびすを返す。同じく呪縛されていた二人も、慌ててその後を追う。
残されたおまちは、声も出せず、その場にへたり込み動くことができなかった。
「おーい。待てよ、そーじ」
さほど距離は開いていないものの、振り返りもしない沖田を追う。が、やはり慌てていたのか、曲がり角人とぶつかりそうになってしまった。
「うわっ!」
「っとっと!」
幸い、お互いに優れた反射神経をもっていたのか、ぶつかりも転びもしなかった。
「悪いね、兄さん。怪我は無いかい?」
そう聞いてきた相手は、土方と並ぶくらいの長身の女性だった。
「いえ、お互いにぶつかってもいませんし」
「はは、そうだったね」
快活に笑い飛ばすと、改めて島田を眺める。
「ふ〜ん…新選組かい」
「ええ…」
そのころには、事態に気付いた沖田も戻って来ていた。
「あたしはこう見えても、少し剣術やってるからね。新選組の噂は聞いたことがあるよ」
そういう彼女は、帯刀どころか武器にできるものは何一つ持っていないように見えた。
「おっと、その新選組が走り回ってたんじゃ、何か事件だろ。邪魔して悪かったね」
「いえ…」
「あたしは、まあ、八葉姐さんとでも呼んどくれ。縁があったら、また会おう」
一方的告げると、軽快に走り去ってしまった。
「…なんだったんだ?」
取り残され、茫然とする島田。その脇に立ち、沖田がボソッと言う。
「あの人、江戸の人ですね。何と無く、そんな匂いがします」
「江戸? 剣術やってるって言ってたけど、三道場の人か?」
わざわざ沖田がそんなことを言ったのだから、並みの腕でないことは予想がついていた。が、島田にはイマイチそれが実感できずにいた。
「どこの道場かは分かりませんけど、強いです。かなり」
既に姿は見えない。が、思わず去ったその方向を見ずに入られなかった。
結局のところ、おまちが誓った星が稜線に沈むほど時間がかかってしまったため、三人はとりあえずこの札に賭けることにした。
「相手は刀を持った人間を無差別に襲ってると見て間違いないな。多分何人いるか、とかは関係ないんだと思う。だから今回は、人払いをしておいて、三人揃って回ろう」
「うん。まあ、これだけ被害が続いているんだから、よっぽど迂闊な人じゃない限り、出歩いたりしないと思うけどね」
元々が人と違う思考回路で動いている相手なのだから、まともな対策など立てようが無かった。これだって、対策と呼べるような代物ではない。
だが、案の定と言うか、待つほども無くその相手は現れた。
「ねえ、島田。昨夜から考えてたんだけど、あれってひょっとして、佐々木巌流じゃないのかな」
「…佐々木巌流? …って、あの書や講談によく名前が出てくるあいつか!?」
言われてみてみると、三尺余りの長い太刀は、それを思い起こさせる。顔までは知らないが、その推測は当たっているように思えた。
「とにかく、相手が誰でもやるしかない。行くぞ!」
そう言い切ると、真っ先に斬り込む。
ガキッ! ガッ!
鋼同士が打ち合わさる音が響き、島田と幽霊は互いに間合いを開ける。よく見れば、幽霊の袂が少し切れている。
「よし、受けられるし、斬ることも出来る!」
「で、これからどうしようか」
「これから?」
そういわれて、ふと考える。とりあえず、同じ土俵に立つことはできた。が、相手は剣豪佐々木巌流(推定)。しかも、どこまで斬ったら消えるのか不明。疲れたりするかも不明。
「…不利か?」
「うん、多分」
思わず顔を見合わせる二人。その間にも、相手はこちらに向かって来ている。
「刀、借ります」
イマイチ煮え切らない斎藤の刀を、沖田が強引に借り受ける。
「そーじ! 大丈夫なのか!?」
「…ええ。斬れるなら、平気です」
力強く請け負うと、相手めがけて走りこむ。そして、やや離れた間合いで、急に立ち止まる。
それに反応してしまい、相手の刀が上段から打ち下ろされた。無論それは、沖田に難なくかわされた。
「まずいよ!」
が、後ろで見ていた斎藤は、思わず叫びを上げた。燕返しの秘技。最初の打ち下ろしで幻惑し、続けて本命の切り上げが決まる。
「大丈夫だ」
一方島田は、拳は強く握り締めてはいるものの、沖田の無事と勝利を疑っていなかった。
打ち下ろしをかわした沖田は、上へと身を翻す。切り上げよりも、速く、高く。
そうして間合いを一気に詰めると、鞘に収めたままの刀に手をかける。
だが、敵もさる者。異様なスピードで、相手は刀を横に凪ぐ。そのままでは、相打ちになる形だ。
しかし、その一撃は、地面に刺した刀で体ごと受け止められる。そして、やや変則的な態勢から鞘走った一撃が、幽霊の身体を両断した。
「そーじ!」
その一撃で、幽霊は霧散したものの、沖田は咳き込んで倒れてしまう。
「よくやったな、そーじ」
抱きかかえて声をかけると、一瞬だけ微笑を返し、また咳き込む。
「島田。そーじは?」
『大丈夫だ』、そう答えるより早く、場違いな拍手が響く。
「凄いですねー。さすがは新選組、と言うところですか?」
そう言って現れたのは、二十歳前と思しき少女だった。それだけでも場違いなのだが、さらに、今しがた倒した幽霊のものよりも長い太刀を抱えている。
三者三様の警戒と疑惑の眼差しを受けながら、少女動じる風も無く、ニッコリ笑うとその名を告げる。
「はじめまして。私、佐々木小白と申します。御先祖様が御迷惑をおかけしました」
<あとがき>