「剣魂逸敵! 1」


 草木も眠る、京の夜。五月の風が薫るこの町は、今恐怖の只中にあった。
「グアッ!」
「ギャッ!」
 飛び散る鮮血、沸きあがる悲鳴。一刀の下に切り下げられたキンノーが、信じられないものを見た目のまま息絶える。
『おお…おおおおおっ…』
 一方、相手は己が殺した者に何の感慨も無いのか、闇に沈む町に、独り吼え続けていた。

「幽霊退治…ですか?」
「うむ」
 毎朝恒例の朝礼の中、あまりに唐突な議題に、島田は不審な声を洩らす。だが、土方は至極冷静に頷き返した。
「本気ですか?」
「正確には、幽霊騒ぎの原因の究明と、その排除だ。ここ数日、刀を持った人間が、何者かに襲われると言う事件が続いている。街では幽霊の仕業だと言う噂で持ちきりだ。これは治安維持の観点から見てもよくない傾向だ」
 どうやら頭が春のままではないかと言う危惧は杞憂に終わりそうだった。その代わり、見透かされているのではと言う思いと、果てしない嫌な予感が襲ってきた。
「そこで、島田。おまえにはこの騒ぎの原因の究明と排除の任を与える。解決するか、幽霊になるまで帰ってこなくていいぞ」
 大当たり。反駁する気も起きず、任を受ける。どの道、現実に被害者が出ている以上、新選組として解決に乗り出さねばならない事件ではあるのだ。
「斎藤をつけよう。他の者は通常通りの任につけ」
「あの…」
 ヤレヤレと肩を竦める島田と、仕方ないさと笑いかける斎藤。二人が出て行こうとする前に、声をかけてきた人物がいた。
「トシさん、あたしも幽霊退治の任につきます」
「…む」
 沖田だった。彼女が自発的にこういうこと言い出すのは珍しい。
 より正確な情報を得ている土方としては、多少の不安はあった。キンノーを正面から一撃で切り捨てるような相手では、二人では手にあまる可能性がある。が、新選組最強の沖田なら、その心配は少ないだろう。
「よかろう。島田、斎藤、沖田の三名には、幽霊騒ぎの原因の究明と排除を、改めて命ずる」
『はいっ』
 揃って返事をすると、外へ駆け出す。
「ちょっと、待ちなさいよ! だったら、沙乃も…」
 慌てて原田が言うが、その声は背中に届かなかった。
「四人も必要あるまい。おまえは通常の巡回だ」
 何か言われる前に、さっさと発言を封じ込める。
 怒りの矛先を失った原田は、イライラと床を踏み鳴らす。
「何やってんだよ、早く巡回行こうぜ」
 そう永倉が声をかけたが、原田はそこらじゅうに当り散らすばかりで話を聞いていない。
「何よ! 何の情報も聞かないで、どこに行くつもりよ! 大体、犯人は夜にしか現れないんだから、今行ったって警戒されるだけじゃないの!」
「まあまあ、落ち着けよ、沙乃。島田たちなら何とかするよ」
「…どうやって?」
「………さあ?」
 本気で分からないと言う表情で答える。
「何と無くだ!」
「何と無く、何とかするっての? 何よそれ、莫迦みたい」
 そう言って鼻を鳴らすと、槍を担ぎ直してとっとと出口へ向かう。
「アラタ! さっさと巡回行くわよ!」
「おう!」
 少し機嫌を直した様子で、二人は巡回へと出て行った。

 一方島田らは、いきなり行き詰まっていた。
 現場を回ることで、実際に事件があったことは分かった。が、それが幽霊の仕業なのか、生身の人間の仕業なのかは、何の区別もつかない。
「死体の状態から見て、不意をついて襲われた可能性は無いだろう。刀を抜いて、その上で、正面から何の工夫も無く切り下ろされてる」
 考えるだに、訳の分からない状況だった。
「何でも、どの死体も、一撃で切り殺されてたみたいだよ」
「…そーじ、こういうこと、できるか?」
「…相手にもよると思う。けど、できなくは無いです。できる人は、相当強いだろうけど」
 思わず、三人とも押し黙る。
「と、ともかく、今夜はこの辺りを張ってみようよ。犯人はこの通りでしか事件を起こしてないみたいだし」
「そうだな…。実際に見てみるのが一番か」
 そう結論付けると、そのまま夜を待つことになった。

 そして夜。
 沖田を囮にして、島田と斎藤が前後を隠れながら警戒するという方法で進めていた。
『そーじ、大丈夫かな』
 前方を警戒していた島田は、離れて後ろを歩いている沖田を思う。
『元々俺と斎藤が受けた任務だったわけだし、そーじに一番危ないことをやらせるのは…。それに、今日はおとなしかったけど、いつ血を吐いて倒れるか分からないんだ。囮捜査をしている以上、そうなっても助けに行くわけにはいかない。…やっぱり、この作戦は間違いだったんじゃ?』
 そんなこと考えていたら、周りの空気が変わったことに気付くのが遅れた。いつの間にか、異常な雰囲気の空気が、通り全体を包んでいたのだ。
「そーじ!」
 今までに無い嫌な予感がして、島田は我知らずと駆け出していた。
「そーじ!」
 眼前に見える沖田は、激しく咳き込んで、跪いていた。そして、その目の前には、規格外に長い太刀を構えた男がいる。
「危ない、そーじ!」
 島田の声に反応したのか、紙一重で振り下ろされる斬撃をかわし、合流を果たす。
「この!」
 相手の背後から駆けつけた斎藤が、容赦なく切りかかる。敵意のある相手に躊躇していては生き残れない。卑怯かどうかなどは、命のやりとりの前では些細な問題でしかないのだ。
 斎藤の一撃は、下手すれば体を上下真っ二つにしかねないほどの勢いがあった。が、それは何の抵抗も無く通り抜けてしまった。
「駄目です、けほけほ…切れませんし、受けられません。全部、すり抜けちゃいます」
「何だって!?」
 本能だけで相手の斬撃をかわすと、斎藤は二人の下へ走る。
「撤退だ。どうしようもない」
 島田の言葉に、二人とも異論をはさもうとしない。事実、対処しようが無いのだ。
「畜生! 本物の幽霊だなんて、聞いてないぞ!」
 捨て台詞を残すと、一目散に逃げる。幸い、相手は吼えるばかりで追ってこようとしない。
 怪しげな咆哮を後に、島田はリベンジを誓うのだった。


<あとがき>
 


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