その時カモちゃんが動いた

第六部 新たな世界

 新選組は江戸に向かった後に甲州勝沼まで兵を進めたが、そこで敗れほぼ全員がばらばらになった。斎藤と永倉は会津へ、沙乃は上野へと向かっていた。
(もうみんなをあんな目に合わせたくないの)
 芹沢は1人で歩きながら、近藤の言葉を反芻していた。あの子らしいな、と思う。片手に持っている徳利はもう空だった。
「カモちゃんさん!」
 ふと、懐かしい声が響いた。草むらをかきわけ、島田が芹沢の右側から現れる。芹沢は目を疑った。
「島田君!どうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょう。カモちゃんさんを1人で行かせませんよ」
 立ち止まっていた芹沢は目頭が熱くなった。
「ところで、どこに行くんです?」
「ん〜…足の向くまま、気の向くまま…一路、水戸へ…」
「水戸?」
「ちょっとね。用があってさ」

 官軍は江戸に向かい、勝海舟と西郷との会談により江戸城無血開城が決まった。これに反発した天野八郎ら彰義隊が上野山に篭城したが、1日で敗れた。原田沙乃も彰義隊に参加していたが、ここで死んだとも、後に中国にわたって馬賊になったとも言われている。
 沖田も江戸で病死、近藤は流山で1人捕まり処刑された。
 官軍の標的は会津と庄内であった。官軍はまず越後長岡藩に軍を進めたが、思わぬ抵抗にあい苦戦した。この時水戸藩の諸生党も参加していたらしい。しかし長岡城が落城すると、諸生党は水戸藩に移り、官軍に抵抗していた。

 二条党は水戸藩に向かっていた。官軍から補給だけ受け取った。官軍は水戸へ送れる余分な戦力はなく、兵を増員することは出来なかった。ほぼ、私闘という形である。
 芹沢と島田は何とかたどり着いた水戸の二条党本陣で、武田と出会っていた。
 武田は上機嫌だった。軍に加わってくれると思っているのだろう。
「…官軍が、本当に攘夷をすると思ってるわけ?」
 武田はちらりと芹沢を見た。お茶を出そうとしていた手が、ぴたりと止まった。
「装備が洋式なんだから、攘夷なんて無理よ、無理無理、絶対無理」
 説得しているようには見えない。むしろ挑発しているようである。
「水戸藩は変わらなくてはいけません。もう、尊皇敬幕では時代についていけません」
「そんなこと言ってるんじゃないよ。アタシは攘夷が無理だって言ってるの」
 島田が会話に入るスキもないまま、この話し合いは続いた。島田もしばらくはその話を聞いていたが、難しい上に専門用語が飛び交う。藤田東湖とか、徳川斉昭とか言われても島田にはピンとこないのである。
「島田君、帰るわよ」
 島田が気づいた頃には、もう芹沢は立ち上がっていた。

「どうして帰っちゃったんです」
 もう日も暮れた頃、水戸藩の外れの草むらで寝転んでいた芹沢に、島田が言った。
「…いいじゃん、別に」
 芹沢はこちらを向かないままだ。
「アタシは脱藩したんだから、水戸藩がどうなろうと知ったことじゃないわよ」
「そんな…そんな言い方ってないでしょう?」
 少しの沈黙があってから、芹沢は語り始めた。
「…水戸藩ってさあ、御三家の1つじゃない?」
「え…?」
「それでさ、長州が騒ぎ出す前から、ずっと、このままでは幕府は倒れるって思ってたのよね、たぶん…」
「…」
「でもさ、幕政改革を促すだけで、幕府という機構を変えよう、とは思わなかったのよ」
「…水戸藩が親藩だからですか」
「そう。…水戸藩が親藩じゃなかったら、こんなことは起きなかった」
 ようやく芹沢は島田の方を向いてくれた。
 島田は少し芹沢を見直した。初めはただ暴れて、迷惑だけど憎めない人だと思っていたのだが。彼女はそれに反して、今や聡明な部分を少し見せていた。
「じゃあ…カモちゃんさんは、どうして新選組に?」
「え?」
「そこまで解っていたのなら、どうして幕府を守る側に…?」
「アタシ…もう少し、幕府っていう夢を見ていたかったのよね。いや…」
 芹沢は徳利の栓を抜いて、口に含んだ。生きている、という実感が持てる。
「そう、夢を見続けていたの。…でもね、もう醒めちゃったんだ…。自分がどう進むべきか、ようやく解った気がする」
 芹沢の顔は、何か悟ったような感じだった。
「自分がどう進むべきか…」
 島田も、芹沢の言葉を反芻するように呟いた。
「島田君。もう少し、アタシについてきてくれないかな?」
「はい!お供します!」
「うん。さ、行くわよ!」

 それからの芹沢と島田は会津に入った。しかし、会津で見たものは、アームストロング砲で破壊された若松城と、傷ついた民衆の姿だった。
 会津の近くにある二本松藩の、12歳から18歳の少年からなる二本松少年隊はほぼ全員が死亡。会津の白虎隊は、城から立ち昇る煙を城が燃えていると勘違いし自刃。武士の女子供は足手まといになることを恐れ、集団自決するなど凄まじいものだった。
 2人はそのまま降伏した。すでに新選組はなくなったとはいえ芹沢は局長である。斬首になるだろうと芹沢も覚悟していたが、なぜか2人とも1年の入牢という酷く軽い罪にされ、東京に護送された。
 理由は不明だが、一説によると芹沢と山内豊美が友人だったかららしい。きっと、ゾク仲間だったのだろう…。
 幕府の夢を見続けていた土方は函館で戦死した。これで、戦争は終わったのである。

「カモちゃんさ〜ん、伊織が泣いちゃいましたよ」
 子供をあやしていた島田がそう呟くと、慌てて芹沢が駆けてくる。だが、彼女も背中に子供を抱えていた。
「あ〜もう…じゃあ、重助ちゃんがもう寝てるから、ここに寝かしておいて」
 芹沢は座って背中の子供を離すと、伊織と呼ばれていた子を背負った。
「あ〜、良し良し、泣くんじゃない、今カモちゃん砲撃ってあげるからね〜」
「カモちゃんさん、いくら泣き止むからってカモちゃん砲はやめてください!」
「だって、明治天皇もこれで泣き止んだのよ」
「それは失神したからでしょう」
「冗談よ、冗談」
 しばらくして、2人は笑い合った。
 ようやく、日本は平和な国になったようだ。
 芹沢は明治政府から仕官するように言われたが、これを断って島田と2人、会津で農業を始めている。ほそぼそとした暮らしだが、すでに愛の結晶があった。
 島田が縁側に座ると、芹沢が寄り添ってくる。
 …こういうものを自分は求めていたのかもしれないな。
 そう、芹沢は思った。
 もう、春がそこに来ている。
 


後書き

 あ、後書きですか、そうですか…。
 …前回の作品を真面目に書きすぎたので、今回は多少ガス抜きをしようと思ったにもかかわらず、また重いですね。すみません。
 芹沢さんらしさが一番出ているのが最終回かな、とふと思いました。
 …蛤御門の変の紹介で、鍋島直子を「佐賀藩主」と書きましたが、モデルである鍋島直正は文久元年に引退しております(笑)。
 後、芹沢さん以外でキャラが立っていたのは岩倉知美だと思います。悪。いい響きですね、悪役大好きでーす。では…。


(おまけのSS by若竹)
【岩倉】 あ、そうだ、今日は西郷はんからもらった魚の干物があったんや。ごちそうやなあ。ああ、幸せや。

【伊東】 うちら御陵衛士の食費は1日800文や。豪勢やで〜。
【近藤】 甲子ちゃん、ちょっと太ったんじゃない?
【伊東】 うっ! 近藤はん、言うてはならん事を・・・・。
【近藤】 だってほら、おなかのあたり、むにゅって・・・
【伊東】 うわああああっ! 聞きたない!
【土方】 ふっ、不様だな、伊東。
【伊東】 なんやて?
【土方】 そうだ、お前にこれをくれてやろう。南蛮渡来の体重計だ。体脂肪計付きの新型だぞ。
【伊東】 あうっ! そ、そないな洋夷な物・・・・。
【土方】 100g単位で計れる優れ物だぞ。さあ乗れ。いかにお前が太ったか数字で示してやる。
【伊東】 いや、うちは・・・・
【近藤】 あ〜、甲子ちゃん、体重計に乗るの怖いんだ。
【伊東】 あう、あう、あう・・・・うわーん。
【土方】 勝った。

【岩倉】 新しいお洋服が欲しいけど、年収が150石しかないし・・・・。 継ぎを当てて・・・
【けーこちゃん様】 なに、その流行遅れの服。それに、シースルー? 下着が透けてるわよ。
【岩倉】 えっ! うそっ!
【けーこちゃん様】 なーんだ生地が薄くなってるのか。あ〜あ、貧乏って嫌よねえ。
            我が会津藩は23万石! 服ぐらい買ってあげよっか?
【岩倉】 ううっ、おぼえてろ〜。

後に会津藩は官軍に徹底的に滅ぼされましたとさ。裏にはこんな事情が・・・・・(うそ)


近衛様まで感想をどうぞー。

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