その時カモちゃんが動いた

第五部 剣林弾雨の鳥羽伏見


 ここでちょっと、周りの状況を確認してみよう。

 大政奉還は成った。すでに、倒幕の密約を結んでいた薩摩、長州、安芸の3藩が続々と上京してくる。12月8日には公卿と京にいる有力大名との間で会議が開かれ、8月18日の政変以来京都を追放されていた、三条実美ら7卿が許されることが決まり、そして毛利家の朝敵扱いもなくなった。岩倉知美の宮中出入りも許された。
 岩倉は前々から懇意の公卿に根回しを行っていた。中御門経之や、天皇の外祖父である中山忠能などが従った。天皇と天皇の側近を仲間につけた時点で、ようやくクーデターの決行と相成ったのである。
 9日、薩摩、安芸、越前、尾張の藩兵が出動して、宮中の要所と門を固めた。それまで守っていたのは桑名藩であったが、薩摩藩兵の姿を見て早々に引き上げた。蛤御門にいた会津藩兵も去った。
 その日には天皇が、王政復古の大号令を下された。これによって新しい官職が決まった。
 総裁は有栖川宮、議定は小松宮、山階宮、中山忠能、正親町三条実愛、中御門経之、島津忠義(薩摩藩主)、徳川勝子(尾張藩主)、浅野茂勲(安芸藩主)、松平慶永(越前藩主)、山内豊美(土佐藩主)らが任命された。
 その後には、総裁、議定たちによる会議が開かれた。有名な「小御所会議」である。

 会議は難航した。
「徳川幕府はすでに末期状態や。知っておられると思うが、勅許を得ず開国を行い、安政の大獄で多くの志士を捕らえ、天狗党の乱じゃ酷いことをやったいう話やあらしゃいませんか。こんな幕府にこの日の本は任せられませんわなぁ…そうお思いにならしゃりませんか?麿はそう思うし、帝もそう思っていらっしゃる」
 岩倉はそう強気に出た。岩倉は、ここから一気に辞官納地(徳川慶子の一切の官職を辞めさせ、領地を朝廷に返す)まで持っていきたいのである。
 だが、それに噛みついたのが土佐藩主である山内豊美だった。
「なら、どうして将軍である徳川慶子公をここに呼ばないの!」
 扇子を畳に叩きつけながら山内は叫んだ。すでに顔が赤くなっている。彼女は「鯨海酔侯」と呼ばれたほどの酒豪であった。この日も酒を飲んでいるのだろう。
 彼女の論理は、「将軍のみが辞官納地」をするのはおかしい、というものだった。つまり、薩摩や長州の藩主も辞官納地をするべきだと言ったのである。岩倉には受け入れられない条件だった。薩長の軍事力無しに、幕府を倒すことは不可能だからだ。
 この2人の睨み合いで会議は難航したが、午前2時に決着はついた。
「岩倉知美!あんたはねぇ、幼い帝の後ろにいて、政権をほしいままに−」
「山内殿。大不敬やぞ」
 山内ははっとした。岩倉は、山内がいずれとんでもないことを言うだろうと予測していたのである。
「幼い帝とは何事や。これまでの事は全て帝の口から出たものや!今の言葉は何事ぞ!」
 岩倉は勝ったとばかりに、怒ったように見せて喋った。
(負けた…)
 立ち上がっていた山内はがっくりと腰をおろし、そのまま何も言えなかった。この出来事で、会議はあっという間に岩倉有利の方向に向かったのである。

 血気盛んな桑名・会津は、薩摩・長州を叩くべし、と戦争の準備を進めていた。
 それは新選組も同じであった。近藤が狙撃されたこともあり、新選組の士気は誰かが叱咤しなくとも高まっていたのである。
 近藤が戦線を離れた今、誰かが新選組の指揮を取らねばならない。
「歳江ちゃんに任せるよ」
 芹沢は戦支度をしながら小さく呟いた。
「解りました」
「あ、言わなくても解ってるって感じ?」
「いえ、そんなことは…」
 土方が少し顔を赤らめる。可愛いな、と芹沢は思った。
「あっちは薩長と安芸だっけ?こっちはそれ以外の藩だもん。負けるわけがないでしょ」
「…そうだといいのですが…」
「大丈夫だって。自信持ちなよ」
 そう言う芹沢だが、それは土方だけでなく自分自身に言い聞かせた言葉でもあった。

 岩倉は京都にある薩摩藩邸で、大久保や西郷と酒を楽しんでいた。
「…奴らは攻撃してきませんね」
 大久保が岩倉に愚痴をこぼす。徳川慶子が大政奉還をしたことで、このまま新しい政府が出来るかと思われていた。だが、薩長はあくまでも「武力討伐」にこだわった。しかし相手が仕掛けてこないのでは大義名分が成り立たない。幕府軍が攻撃してきて、帝がこちら側にあれば、幕府軍は帝を攻撃する「賊軍」となるのだ。岩倉の狙いはそれだった。
「確かに。だが、攻撃するとしても、1つ問題があるわな。日和見な奴らや。どっちが有利になるかで、加勢してくるあいつらをどうするかが問題や」
「帝から錦の御旗をいただくというのはどうでしょうか?戦力なら近代的な我々がはるかに勝っているのですから」
「精神的にも参らすいうわけやな」
「あとは、相手をどうやって誘うか、なのですが…」
「江戸の庄内藩邸へ鉄砲を撃ちかけてもらいましょか」
「えっ?」
「庄内は譜代やったはずやし、うちらが10月からやってる略奪や放火のお陰で、江戸は大混乱やからな。かなりピリピリしてるはずや。そこで、発砲事件が起こる。…東夷は短気やからなあ。どうなるか解ってますやろ?あはははははははっ」
 子供のようにけらけら笑う岩倉を見て、嫌な奴だ、と西郷は感じた。
 人を駒のように動かして、どこが楽しいのだろうか、と。

 だが、本当にそれは起きた。その事件で幕府はついに堪忍袋の尾が切れてしまい、庄内藩に命じて薩摩藩邸に大砲を撃ち込んだのである。
 それを聞いた大坂の幕府軍は、慶子を大坂に残したまま行動を開始した。会津藩、桑名藩、高松藩、松山藩、そして新選組などを加えて1万余。大坂を守る部隊を合わせると2万ほどであり、数では相手を圧倒していた。
 一方、薩長側は薩摩、長州、安芸、そして土佐。土佐は藩主が「薩長の私闘であるゆえ、我が藩士は動くな」と言っているにも関わらず、乾退助らは勝手に薩長方についている。

 そして、ついに両軍は鳥羽伏見で激突した。
「どんどん撃っちゃえ〜!」
 フルオートのカモちゃん砲は、面白いようにどんどん飛んでいく。しかし飛距離では相手の放つ大砲に勝てなかった。
 幕軍は重苦しい鎧兜を着込み、敵を倒すとわざわざ首を斬り、腰にぶら下げる。その間に敵に銃撃されるといった有様だった。幕軍にも一応、洋式の戦闘部隊はある。だが、攻撃のやり方が古来のままでは、それも宝の持ち腐れだった。
(これが鎖国の結果か…)
 面白いように撃たれていく幕府の兵士を見ながら、芹沢はやるせないものを感じていた。攘夷、という今まで自分が信じていたものが、音を立てて崩れ始めている。
 薩長側が出した錦の御旗も効果を発揮したのだろう、津藩の藤堂氏や淀藩の稲葉氏が裏切り、薩長側についた。
 鳥羽伏見は、幕軍の敗北に終わってしまった。ここで、薩長軍は「官軍」、幕軍は「賊軍」ときっちり分けられてしまったわけである。
 新選組は多くの同志を失いながらも大坂に向かっていた。そこには徳川慶子がいるからである。彼女を精神的支柱とすれば、我々は勝つだろう、という思いがあったのだろう。

 さて。この時期、京都の二条城に、ある水戸藩士のグループがあった。
 その名を、ラストバタリオン…いやいや。「二条党」という。
 彼らは、文久3年以来、徳川慶子の護衛として京都にいた。天狗党の乱において水戸藩は、天狗党を討伐した市川参左衛門が率いる諸生派と呼ばれる人々が台頭し、その時京都にいた二条党の連中を、天狗党の一部だとみなし、仕送りを断った。
 二条党は、その後行われた「天狗狩り」という、水戸藩の血の粛清のため帰ることも出来ずにそのまま京に残っていたのである。
 総帥は武田正子。あの、武田斎子の長女であった。
 武田は事前に岩倉に会っており、二条党が水戸藩で実権を握るべく、官軍の力を借りようとしていたのである。
「新選組に書状を送りなさい」
 岩倉と会った後、いきなり彼女は部下に言い放った。
「ちょ、ちょっと武田さん!」
「…カモミール・芹沢。彼女を誘ってみましょう」
「無茶ですよ!」
「いいから、手紙送りなさい!彼女の考えが今も同じなら、私に賛同してくれるはずなんだから。いいわね!」

 あっという間に、二条党からの密書は芹沢へと送り届けられた。表向きは、水戸藩からの手紙というものである。今水戸藩で実権を握っているのは佐幕派だから、別に疑われることも無く芹沢の下へ届けられた。
「子供がいたのね…」
 まず、芹沢は名前を見た。それから、文章を読んでみる。

 拝啓 カモミール・芹沢様、いかがお過ごしでしょうか。
 突然のお手紙、驚かれたかもしれません。私は武田斎子の長女、武田正子です。
 我が武田家は、母上の斬罪の後、一族郎党のほとんどが水戸で処刑されました。私だけが、子供であるということで減刑され、水戸より追放という形で京へ送られたのです。
 …このたび、岩倉知美様から許しを得て、我々の仲間は官軍となりました。
 私は、母上の恨みを晴らすべく、水戸藩の諸生派に復讐します。そして、帝の統治の下で、徹底した尊皇攘夷を行いたいと思います。
 つきましては、芹沢様も我が軍にご参加をお願いしたいのです。
 一緒に、母上の恨みを晴らしていただきたく存じます。

敬 具
武田正子

「あの馬鹿っ!」
 芹沢はその手紙をびりびりと破くと、ゴミ箱に捨ててしまった。
 何が「攘夷」だ。そんなもの、方便に過ぎない。
 あれだけ最新式の武器を装備して、「攘夷」なわけがないのだ。官軍はこれからも、外国とは親密になっていくだろう。
 岩倉は武田に嘘をついた。彼女を利用して、水戸藩を攻略しようというのだ。
「岩倉のヤツ…!」
 岩倉を斬るか。いや、そんな場合ではない。このままでは、自分の故郷で水戸藩士同士の内戦が起こってしまう。

 やめさせなければ。

 芹沢は、立ち上がった。
「その前に、まず酒!お酒ちょーだい!」


(今回も近衛様のあとがき代わりのおまけSS・若竹作)
【芹沢】 射て、射てー。アームストロングカモちゃん砲発射ぁっ!!
【島田】 カモちゃんさん、あーむすとろんぐって何ですか?
【芹沢】 島田くん、知らないの? 世界で初めてお月様に立った人だよ。
【近藤】 あっ、あたし知ってるよ。『地球は青かった』だよね☆
【土方】 両名とも微妙に違うな。芹沢さんの言ってるアームストロングは別人だし、
      近藤の言ってるのはガガーリンだ。
【沖田】 地球か、何もかも、みな懐かしい・・・・・
【土方】 そーじか。いや、それは、正しいのだが・・・・・では、2代目艦長はこの私だな。
【近藤】 MkX、行っけえ。
【島田】 近藤さん、それは番組が違います。


近衛様まで感想をどうぞー。

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