その時カモちゃんが動いた

第一部 いろいろあって…



  カモミール・芹沢。
 新選組局長という立場にいる彼女も、不思議な過去があった。
 いつもは、「島田く〜ん」と絡みながら酒を飲み、朝から酔っている彼女だが、
「カモちゃんさんって、子供の頃から酒飲んでそうですよね」
 そう気軽に島田が言うと、とたんに酔いから醒めたかのように顔つきが変わる。
何というか、静かというか、遠くを見ているような、そんな感じだった。
「そんな女に見える?」
「あ、あの…ごめんなさい」
「やぁ〜だなぁ、冗談よ。じょ・う・だ・ん!」
 そう言って笑いながら、島田の背中を強く叩く。しかし、島田は芹沢の顔が変わったのを、忘れはしなかった。
 カモミール・芹沢は水戸藩に生まれ、15歳で尊王論と水戸学を学んでいる。剣は戸ヶ崎熊太郎から神道無念流の師範免許を習得してはいたが、新選組では鉄扇を武器として使っていたため、剣の腕前は不明(強いんだろうけど)。いつからカモミールという奇妙な名前に変えたのかはまだ調査中である。
 当時、水戸藩では「天皇を国の主として、外国を打ち払え」という尊皇攘夷運動が激しかった。尊皇論のそもそもが水戸にあるから、激しくなるのも当然だろう。その尊皇攘夷運動の中心にあったのが「天狗党」と呼ばれる藩政改革派集団であった。そして、その頂点にいたのが武田斎子という1人の女性である。芹沢が「たぶんアタシの最初の友達じゃない?」と言っている人物だ。芹沢より5歳年上、水戸の家老の家に生まれ、藩主・徳川斉昭に厚い信頼を受けていた。

 尊王論を学んだ芹沢は当然天狗党に入ったが、その性格から周囲の反感が強かった。それを常にかばってくれたのが武田であった。いつしか、「カモちゃん」「サイちゃん」と呼び合う仲になった2人だが、ある日事件が起きる。
 芹沢はあの頃、少々流れやすい性格だったらしい。水戸を歩いていると、
「おい、聞いたか。メリケンの女は、金色の髪をしているそうじゃ」
「なんと、金色の髪をしておるのか。恐ろしいことじゃのう」
(金色かぁ…)
 雨があがったばかりで、まだ水溜りが残っている。芹沢は、その水溜りに自分の姿を映してみた。そして、髪を金色に染めた自分を想像してみる。
「かわいいじゃん!あたし、金色の髪にしよっと!」
 試行錯誤してどうにか金髪にしたものの、その次の日のことだ。ちょうど、武田と家で会う約束があった。芹沢は武田の家に上がると、
「サイちゃ〜ん、どお?似合う〜?」
 武田の前で金髪をなびかせてみた。ある種、熱に浮かされていたような状態だったのかもしれない。芹沢は、その時「金色の髪♪」しか頭になかったからだ。
 武田は尊攘論者である。病的な、と言ってもいい。病的な攘夷論者としては孝明天皇(本当に精神病と言えるほどの外国嫌いだったそうだ)や、外国の時計を見て「目が汚れるわぁ」と言った後の新選組参謀・伊東甲子がいる。
 武田斎子を前にそれは自殺行為だった。
「こぉの裏切り者ぉぉぉ!」
 武田は腰の刀を抜いて襲い掛かってきた。危うく、芹沢は鉄扇で受ける。
「どうしたの〜?サイちゃん」
「もう絶交!あたしをいじめようとしてるんでしょう!」
「あ〜、またサイちゃんの発作が始まったぁ」
「やめて!その髪、やめてよおおおおおお!」
 武田は部屋の隅に下がると、近くにある物をどんどん芹沢に投げまくる。
「可愛くない?これ…」
「嫌だぁぁぁ!虫が、虫がぁ!体に襲いかかってくるわああああああ」
「大丈夫、虫なんかいないから」
「電話がぁ!電話が近くで鳴ってるでしょおおおおおお」
「…この時代に電話なんかないから落ち着いてよ」
「いやあああああああ」
 結局、わずか数年の付き合いであった。
 斎子だけにサイコな、というくだらない洒落(書いているうちに思いついたのがくだらない証拠だ)を言いたいわけではない。

 さてさて、天狗党を抜けたかたちとなった芹沢は、水戸から江戸へ行った。当時、江戸で浪士を集めて浪士隊を作り、京都の将軍上洛を警護する、という話があったからである。
 なぜ、尊皇攘夷派であった彼女が急に将軍上洛を警護する、という佐幕的な隊に入ったのかは不明だが、ただ単に「暇だから」とか、そんな理由じゃないだろうか。
 その発案者、清河八郎に芹沢は会った。清河はいかにも「策士」という感じの人物で、初めは偉そうにしていたが、芹沢がサイちゃんの名前を出すと、やけに興奮した。
「水戸藩!?水戸藩ですか!?早く言ってくださいよ、殺生だなあ!」
 そう、当時、尊皇攘夷派にとって水戸は聖地である。「水戸を見て死ね」とか、「憧れの地、水戸」とか、「そうだ、水戸へ行こう」という言葉が尊皇攘夷派に流行っていた。
(なーんだ、こいつ、天狗と同じじゃない…)
 そう思ったが、芹沢は何も言わなかった。清河のお陰(?)で、彼女は浪士隊取締役付、という肩書きをいただいたが、京へ行く道中はというと、清河の喋りでほとんど手一杯で、他に浪士隊にどんな人物がいるのかはまったく知らなかった。

 で、あの有名な「どんでん返し」の場面となる。その日、芹沢は祇園で酒を飲んでいたが、清河は浪士隊を前にしてとんでもないことを言ってのけた。
「君たちに夢はあるか!私には、尊皇攘夷という大きな夢がある!君たちもその夢を追ってみないか!我々はこれから、尊皇攘夷の魁となる!」
 そう言ってから、清河は更に大声で言った。もう、声もかすれている。
「あの夕日に向かってダッシュだ!」
 しかし部屋の中だから、どこが夕日か解らない。
 清河はこう叫ぶことで、こういうシーンを妄想したのではないだろうか。
 以下は、清河の妄想である。
「先生、僕もついていきます!」
 そう言いながら、全員が立ち上がる。
「そうか。道は険しい。俺に付いて来てくれるのか?」
「僕たちは江戸を出てから一蓮托生です!」
「さあ、みんなで清河先生を胴上げしよう!」
 …。
 まるで「さわやか○組」である。あ、「さわやか浪士隊」?
 「飛び出せ青春」でもいい。
 だが、現実は厳しかった。水を打ったように、周囲は静かになってしまったのである。しかもこの一件で、清河は幕府に狙われることになってしまった。そりゃ、ダシに使われたんだから幕府も怒るよなあ。
 数日後、江戸へ帰れという命令が幕府から下されたので、清河もこれに従うことにした。まだ幕府にはばれていないと思ったのだろうか。
 幕府としても、清河は江戸で暗殺した方が何かと都合がいいと思ったのだろう。
 とにかく前の日から、ずっと芹沢は祇園で飲んでいる。芹沢を味方につけようとしていた清河であったが、これではどうしようもない。芹沢は「行方不明」という扱いであった。
 この時、京へ残ると宣言したのが近藤勇子ら試衛館の者たちである。

 さて。
 京に残る、と宣言したものの、どうするべきか見当もつかない。
「会津侯が京都守護職になっていらっしゃる。そこに嘆願書を出してみよう」
 と山南が言う。
「わしらのような者たちの嘆願書で、会津侯が返事を出すかのう…」
 と井上が言う。
「じゃあどうすんのよ!」
 と原田が怒る。
「とりあえず観光しよーぜ」
 と永倉が言う、というぐちゃぐちゃな状態だった。
「トシちゃん、どうしよう…」
 近藤も心配そうである。ここは、私が何とかするしかないか、と土方は考え始めた。しかしいい案が出ない。全員で嘆願しても、「駄目」と言われればおしまいだろう。しかし、何もしないわけにもいかない。
 そんな時。
「あなたたち、迷ったの〜?」
 そう言ってきたのがカモミール・芹沢であった。
「いえ、あの、その、人生に迷ったっていうか」
 近藤が慌てて言う。芹沢は明るく笑った。
「そ〜かぁ、あたしも迷ってるんだあ。聞いてくれる〜?」
 土方は嫌な顔をした。なんて不謹慎な奴だ、と思ったのだろう。しかし、たまにはこういう酔っ払いの話を聞くのもいいかな、と土方は考え直した。
「あのさぁ、あたし、カモミール・芹沢っていうんだけどね、浪士隊っていうのに入って江戸から京まで来たんだけど〜、京に着いて祇園で酒飲んでたら、みんないなくなっちゃってさ〜」
 そう、相談相手がとりあえずは1人増えたわけである。
 土方が芹沢に清河の行動、自分たちが残った理由などを話すと、芹沢は頷いた。
「そっかあ。馬鹿だねえ、清河も…いきなり言わなきゃ良かったのにねえ」
「私たちは幕府の命令で集まったのですから。勤皇活動などもってのほかです」
「…あたし、会津藩の人少しは知ってるんだ。みんなで嘆願書書いて、みんなで持っていこうよ。黒谷まで」
 いろんな人がいるんだ、というのを近藤たちは田舎から出て思い知らされた。
 それは芹沢の奇抜な髪もそうだが、彼女が会津侯の知り合いだったということである。嘆願書を書いて会津侯、松平けーこに持っていくとすぐさま採用された。会津侯のお預かり、「新選組」の誕生である。
 しかし、結成当時は人も少なく、服装も決まっていなかったため、どちらが不逞浪士か解らない状態であった。そこで、京や大坂にもその名(悪名?)が轟いていたカモミール・芹沢を筆頭に、永倉新、原田沙乃の3人をつれて大坂へ出かけ、そこの大商人である鴻池へ話し込んで200両を借りてきた(後に、松平けーこちゃんが金を返している)。
 すぐに呉服店を呼びつけて、新選組の制服と隊旗を作らせた。服と旗は事前にみんなでデザインを言い合った。近藤は水玉模様、土方は全身に“誠”と書かれたもの、山南のセーラー服がいいという妙な意見もあったが、結局は芹沢の「浅葱色でだんだら模様」に決まった。
 隊旗もまた意見がばらばらであった。
「可愛い感じで、ぬいぐるみの熊とか猫にしようよ」
 と近藤が言ったが、
「猫…黒い猫…」
 という沖田がいたので却下となった。
「いや、海をバックに大きく“漁”を書いたらどうじゃな」
 と井上も言う。冗談かもしれない。
 土方は制服の方で“誠”が却下されたから、隊旗はそれにしろと言って聞かない。「大漁旗」と「誠」で決選投票となったが、惜しいところで「誠」に決まった。
 その後、各地にある道場を回って同志をつのり、少しして100名ほどを得た。こうなると、以前のような合議制ではやっていけないので、幹部を決めることとなった。局長は近藤勇子。副長は土方歳江と山南敬助、と決まり、原田や永倉などは助勤という扱いだった。
「カーモさん、何にします?」
 そう近藤が筆を取ってから呟く。芹沢は扇子で顔を扇いでいた。
「え、あたしは平隊士でいいよ」
「それは困る」
 土方はすぐさま言った。
「設立当時のメンバーはみんな、助勤以上になっているんですから」
「ん〜…だって、あたし幹部って得意じゃないしさ」
「しかし、平隊士たちに“芹沢さんだけ仲間はずれにされている”と思われては、新選組が成り立ちません」
「そりゃそうだけど…」
 統制好きね、と芹沢は思う。土方はしばらく腕を組んでいたが、「これだっ」と叫んで立ち上がった。
「芹沢さんは局長になってもらいましょう」
「ちょっと待ってよ、局長が2人もいるなんて変だって」
「いや、芹沢さんがいなければ、新選組はこの世に存在しなかったでしょうから」
 芹沢は近藤と同じ、局長になった。
 とにかく、彼女のお陰で、新選組は結成されたのである。


(あとがきにかえて)

 今回、近衛様の原稿にあとがきがなかったので、かわりに管理人若竹の感想を・・・・
【芹沢】 わーい☆今回、アタシが主役だぁ〜
【島田】 カモちゃんさんの若い頃話ですね。
【芹沢】 若い頃・・・・。
【島田】 あ、カモちゃんさんは今でも十分若いです!
【芹沢】 ひどいわ、島田くん。今じゃこーんなにナイスバディーないい女になってるのに!
【土方】 そうだぞ、島田、今回の話は芹沢さんが、小娘の頃の話だ。
【芹沢】 歳江ちゃん、ケンカ売ってるの?
【島田】 じゃあ、土方さんも小娘の頃なんですね。
【土方】 島田・・・・・・腹を切りたいのか?
【井上】 あのころは儂も若かったのう。
【土方】 いえ、おやっさんは当時からおやっさんでしたが・・・・。

 どうやら書くスペースがなくなりました。 


近衛様まで感想をどうぞー。

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