「恋よ、新たに来い(後)」


 店の中は、他に客がいないことをのぞけば、取り立てておかしいことは無さそうだった。客の入りとて、時間帯を考えれば妙というほどのことは無い。
『って、何を考えているんだ、俺は』
 ただ食事をしに来た…という訳ではないが、別に怪しい店の調査に来たのでも無し。早々おかしいことなどあろう筈がなかった。
『それより当面の問題は…』
 ふと卓上に目を向けると、今ここに、その敵が姿を現したところだった。
『これは…!』
 島田の精神が瞬時に切り替わる。
 強敵だった。彼とて、いくつもの死線を潜り抜けて来たという自負はあったが、目の前の奴は、明らかに格が違っていた。
 対面に座る永倉も、流石は新選組で一、二を争う猛者。敵の力量を見紛うことは無かった。
「島田がいてくれてよかったよ。アタイ一人じゃ、戦う前から負けてたかもしれない…」
 乾いた笑みを浮かべながら永倉が言う。それに対し、島田は軽く首を縦に振るだけの動きで答えた。既に戦いは始まっている。この姿に威圧されては戦えない。一瞬たりとも気が抜けないのだ。
「…行くぞ!」
「おうよ!」
 目にも止まらぬ速さで(箸を)抜き放つと、的確に敵の肉を捉える。
 そして…。
「…!」
 動きが止まる。体中から汗が噴出し、目が泳ぐ。
「…う、美味い…」
「ああ…魂が抜けそうになったよ…」
 そう、敵は決して見掛け倒しの木偶の棒ではなかった。
「いや待て、これは肉は美味いが、野菜を不味くすることで箸を鈍らせる戦術かもしれない!」
 が、
「…! クッ、できる…」
 ここは味に一切妥協しない良心的な店だった。
「どうする、島田…!」
「集団を相手にするときは、一人一人を相手にするんじゃなく、手当たり次第に斬るのが好手! 怯むな、行くぞ!」
「おう!」
 かくして、島田・永倉の両名は、かつて無い強敵との決死の戦いへと身を投じるのだった。


「すまん…永倉!」
 数分の時を経て、ついに島田が落ちた。それを横目で見ながらも、永倉は戦いの手を止めない。それが、散っていった戦士への礼だと知っているから。
『って、目的が変わってるぞ、俺!』
 と、ようやく本来の目的を思い出した島田。しかし、今までの展開から見て、原田らの予測が合ったているとは到底思えなかったが…。
『いや、或いはここの店員が?』
 そう思い付き、そっと周りを見てみるが、店員は女性ばかりだった。第一、普通の神経からしてみれば、こんな馬鹿食いしてる姿を見せたいなどとは思わないだろう。
「ふう…」
「何だよ島田、周り見て溜息なんて」
「いや、ちょっとな」
「…店員の女の子見てたよなぁ。それで溜息って、何か凄いやな奴っぽくないか?」
 何気によく見ている。しかも、その間も、ほとんど箸が止まっていない。
「いや。まあ…」
 一方島田は、笑って誤魔化すしかなかった。理由はともあれ、行動としては永倉言った通りの事をやったのだから。
 そこでばつが悪くなり、目を逸らした島田は、思わぬ記述を見つけた。
『副賞:温泉旅行ペア御招待』
 それは、これのことに他ならない。
『まさか、温泉旅行でアバンチュール!?』
 だとすれば、なんでも協力すると誓った身。こんなところで倒れている場合ではなかった。
 何となく、彼が一番固定観念に囚われている気もするが。
「…よし、あと少しじゃないか! 俺も行くぞ!」
「おお! 生き返ったか、島田!」
「ああ。気組だ! 気組で行くぞ!」

 そして彼らは、ついに敵を殲滅させることに成功したのだった。

      *   *   *

「まさか、旅行の権利をあっさり井上さんに譲るとはなー」
 アレから数日、副賞には興味も執着も見せなかった永倉は、やはりどう見ても変わらない永倉でしかなかった。
「結局へー達の勘違いだったんじゃないのか?」
「あははは、そうかもねー」
 元凶の一端を握りながら、相変わらず藤堂は、他人事のような顔をして笑っている。
「けど…」
「島田!」
 そのまま何か言いかけた藤堂の声をかき消すように、永倉があたりに響く声で呼びかけてくる。
「飯食いに行くぞ! せっかく半額なんだから、今のうちに行かないとな!」
「いや、あそこは確かに美味いし、メニューも豊富だけど、こう毎日じゃ…」
「グダグダ言うな! アタイはこうして飯を食うのが一番楽しいんだ!」
 嬉しそうな笑顔で島田の腕を取ると、彼の意見の都合も無視して引きずっていく。
 そして、彼らの姿が完全に見えなくなってから、藤堂は遮られた恰好になった台詞を、誰にとも無く口にする。

「けど、限りなく黒に近いって、傍目には黒にしか見えないんだよねー」


<あとがき>
 


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