「恋よ、新たに来い(前)」


「今日も巡回御疲れ様だねー」
 血風巻き上がる京の、束の間の平和な一時。何事も無く巡回からの帰路に、原田と藤堂はいた。
「ここのところ、大きな事件も無いものね。…? アラタ…?」
 その途中、ふと見慣れた後姿を見かけた。が、思わず別人と見紛うほど、その雰囲気が違っていたのだ。
「あ、ホントだ。お〜い、アラタちゃ〜ん」
 完全に背を向けているためか、こちらに全く気付いた様子の無い永倉に声をかける。しかし、
「………」
「? アラタちゃ〜ん」
「………」
 聞こえてないのか、ワザと無視しているのか、振り返る素振りすらなかった。
「…なんか、アラタちゃん、様子が変じゃないかな?」
「見れば分かるわよ。けど、心当たりはある?」
「う〜ん…。例えば、恋煩いとか?」
「な…!?」
 思わぬ言葉に、原田の脳裏に様々な思考が浮かぶ。
 困惑。驚愕。疑惑。不審。猜疑。納得。
 そして―――。




「何がどうしてこうなったのか聞いていいか?」
 凄まじい勢いで飛び込んできた原田に、有無を言わさず縛られ磔にされた島田は、当然と言うべき疑問を口にする。
「どう思う、へー」
「う〜ん。限りなく黒に近い灰色ってところかな?」
「何が!?」
 キッパリ質問を無視し、なにやら不穏な会話をかわす二人に言い知れぬ不安を覚える島田。そんな彼をさておき、完全に容疑者確定の扱いで原田が尋問を始める。
「さあ、何をしたの! キリキリ吐きなさい!」
「だから何がだ!?」
 全く理解した様子を見せない島田に、原田は苛立たしげな視線向けるが、今度は一応は答えてくれた。
「アラタの様子がおかしいのよ」
「それだけ!?」
 これを説明と言うのなら、だが。
「世の中の不条理は全てあんたのせいなのよ! だから今回のもあんたのせいに決まってるでしょうが!」
「不条理な理由で不条理な目にあわせてる沙乃の言えた事か!?」
 と、(哀しいことに)ようやく何となく事態が飲み込めた島田は、不条理慣れした脳で、こんな状態にもかかわらず思案を巡らせる。
「とはいえ、おかしいだけじゃなぁ」
「何言ってんのよ、アラタの様子がおかしいなんて、立派に不条理事態じゃない。こういうときに役立たなくて、あんたに何の価値があるのよ」
「いろいろ失礼だぞ、それ」
 どうにも一向に進まない会話に業を煮やしたのか、それまで何となく傍観者となっていた藤堂が口を挟む。
「あのね、アラタちゃん、なんかボーッとしてて、心ここに非ずって感じなの。それで一つの可能性として恋煩いかな〜って」
「なに!?」
 原田とは段違いに分かりやすい、と言うか比べる方が間違ってる説明に、島田の顔色が変わる。
「それは確かに不条理な非常事態だな」
「ようやく島田にも理解できたようね」
「あはははー、仕方ない…のかなあ」
 無体な納得の仕方で分かりあう島田と原田。それを縦線の入った顔で藤堂が見ているが、勿論二人とも気にしない。
「よし、早速偵察だ! それが原因なら、必ず何かしら変化が見られるはずだからな」
「そうね。それじゃあ、探りを入れてみるわ。結果は、明日報告しあうってことで」
 そう力強く請け負うと、早速藤堂を連れて調査に走る。
 一方、島田は島田で、じっくり考えることがあった。

      *   *   *

 そして、翌日。
「とりあえず、これと言った事は無かったわ。島田は?」
「一つだけ、分かったことがある…」
 重々しい口調で答える。
「沙乃には任せておけないってことだ」
 何しろ、考える時間は充分過ぎるほどあったのだから。
「俺が今日一緒に巡回を回って探りを入れる。だから下ろしてくれ」
 一晩中磔にされた結果の考えとしては上々な方だろう。
「あ」
「『あ』じゃない!!」
 ギャアギャアと喚く島田を、特に悪びれる様子もなく下ろす。もっとも、その程度の反応は予想の範囲内だったので、特に何も言わなかったが。
「それじゃあ、とりあえずやってみるか」

      *   *   *

 というわけで、今島田は、永倉と巡回中だった。
 しかし、島田の見たところ、いつもどおり元気な永倉でしかない。
『外れか?』
 元々、大した根拠のある話じゃなかったのだ。そう島田が思い始めたところで、ちょっとした事件に巻き込まれ、永倉と離れ離れになってしまった。
「永倉〜、どこ行った…」
 と、声を上げ探していた島田が見たのは、原田らが言っていた、どこか茫洋とした永倉の姿だった。
『まさか、本当に当たりか?』
 正直、まさかと言う思いはあった。だが、それならばそれで、仲間として応援したい気持ちはある。
 未だこちらに気付いた様子の無い永倉の肩に手を置くと、優しい声音で告げる。
「永倉、悩みがあるなら何でも相談してくれ。俺で出来ることなら、なんでも力になるから」
「本当か!?」
 が、振り向いたその顔はあまり悩んでる様子がなく、それでいて何か期待に満ちた表情をしていた。
「いや〜、助かるよ、島田。アレに挑戦したかったんだけど、アタイ一人じゃどうしようもなくてな」
 今更ながら永倉が見ていた方向を見ると、彼女の言うアレが否応無しに目に飛び込んでくる。
 曰く、
『新装開店記念! 超特大牛鍋完食挑戦者求ム! 商品は半年間半額サービス! なお、参加は御二人様一組のペアでお願いします』
 だ、そうだ。
「え゛?」
 自分が盛大な間違い犯したことに気付いた島田だったが、どう考えても手遅れだ。
「よし、早速挑戦だ! 行くぞ、島田!」
 そして、いつも以上に気合の入った永倉に引っ張られながら、島田はつくづく思うのだった。
『やっぱり、沙乃には任せておけないじゃないか…』
 と。


<あとがき>
 


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