「風雲! 油小路!」


 時は慶応三年、参謀・伊東甲子の主導による組員の大幅離脱、御陵衛士の結成、そして対立の構図は、最終局面を迎えようとしていた。
 伊東の暗殺。
 それを決意した土方は、島田、原田、永倉に意を含め、待ち伏せをさせていた。したたかに酔わせ、その帰り道を襲う。単純だが効果的な方法だ。
 そして、十一月十八日、ついに決行の日がやってきた。

     *   *   *

「…来たわね」
 物陰に潜んだ原田は、反対側にいる島田らに合図を送る。
「竹生島か…油断しきってるな」
「まあ、アタイ達がここにいることなんて、知ってる訳ないしな」
 どことなく不満そうな声で永倉が答える。元々、こういう行為には性格的に向いていないのだ。
「それじゃあ…って、二人連れだぞ?」
「…別人? って…」
 本来の段取りとしては、一人で帰る伊東を襲う手筈だった。が、今近づいてくる相手は二人だ。声に聞き覚えがあるため、まず伊東であるのは間違いないが、二人組みというのは話がおかしい。そこで、標的を確認しようとした三人が見たのは、信じられない姿だった。
「よう。三人とも揃っているな」
『土方さん!?』
 計画の立案者であり首謀者でもある土方が、よりによって伊藤と肩を組みながら歩いてきていた。その顔は遠目にもわかるほど赤く、かなり酔っている事が窺えた。
「何やってるんですか、土方さん!」
「ん。まあ、聞け」
 いまさら隠れている理由のなくなった島田が詰め寄る。が、それを軽くいなすと、少し呂律の回らない調子で話す。
「じつは伊東と相談して、今月は『地域に優しい新選組月間』として、斬奸は無しになった」
「地域に優しいって…」
「しかし、既に我々はお互いに相容れない存在となってしまっている。そこでそれぞれ代表者三名を選び、平和的手段で決着をつけることになった」
 訥々と語る土方の姿に、島田は言い知れぬ不安を感じた。それは、新選組はもう駄目かもしれないという不安と、なんかとんでもない目に遭わされるんじゃないかという不安の二つだ。
「こちらはおまえら三人が代表だ。そして、奴らは…」
 言いながら顎をしゃくる。その視線の先には、こちらにやってくる二人の姿。
「斎藤…それにへー」
 藤堂と斎藤だ。藤堂はニコニコと、斎藤は不安そうな顔をしている。
「あははは、変なことになっちゃったけど、ま、仕方ないか」
「何で僕が…」
 藤堂は開き直ったというか自棄になったというか、とにかく悟ったようだが、斎藤はブツブツと文句を言っている。
「こういうのって、三木さんや服部さんの役なんじゃあ…」
「何を言う、斎藤」
 なぜか土方が重々しい口調で諭す。
「行殺ファンがすべからく新選組のファンとは限らないのだぞ。三木や服部のように、ゲームに出てこない名前をあげても混乱させるだけだろう」
「…僕にスパイに行けって言ったのはひ」
「馬鹿者!!!」
 みなまで言わせず斎藤を張り倒す。成す術もなく倒れたところに、さらに叱責を浴びせる。
「スパイがスパイだと名乗ってどうするか!」
「ほう、斎藤はんはスパイでしたか。スパイは処刑が基本やろか?」
 そのうえ伊東までがそんなことを言ってきた。
「斎藤、分かっているな?」
「斎藤はん、負けたらスパイとみなすで?」
 板挟みになる斎藤。しかし、土方は無情にも話を進める。
「では、最初の勝負はアームレスリングだ。こちらの代表は永倉」
「おう!」
 あまりな事態の推移にも、全く動じずにやる気を見せる永倉に、島田は思わず感嘆の溜息を漏らす。
「永倉って、凄いな」
「アタイはこういうはっきりとした方法で白黒決着つけるほうが好きだからな!」
 腕をぶんぶん回しながら答える。気合は十二分にありそうだ。
「それじゃあ、斎藤はん」
「斎藤、分かっているな?」
 両サイドからしっかり釘を刺されると、斎藤は力なく腕を差し出す。
「それでは、レディ、ファイト!」

 ボガンッ!!

 土方の掛け声と共に、轟音が響く。そして中央のテーブルには、茫然とする斎藤の姿だけが残された。
「おやおや、アームレスリングやったか。うち、アームストロング砲と聞き間違えてましたわ」
 わざとらしく驚いた振りをする伊東。それを睨みつけ、土方は唸っていた。
「ううむ、流石は伊東。謀略の女だ!」
「謀略って、単なる暴力でしょう、今のは! っていうか、どこから…いや、永倉! 無事か、永倉!」
 混乱しながらも一つ一つに突っ込みを入れる島田。一方永倉は、少し離れたところで完全に気絶していた。
「案ずるな。無事だろう、永倉だからな」
「うう。思わず納得してしまった俺を許してくれ…」
 土方の無体な台詞と、それに頷く島田。事態の不条理度は加速する一方だった。
「では次は、己が技で勝負をする。有体に言って、得物をとって相手を倒した方を勝ちとする真剣勝負だ」
「平和解決は!?」
 性で突っ込みをする島田。それを押し退け、原田が槍を携え前に出る。
「いいのよ、島田。沙乃、もう付き合ってらんないし、この方が手っ取り早いもの」
「待て待て。平和解決と言っただろう。原田、穂先にこれを付けろ」
 そう言って土方が差し出したのは、肉球付きの猫グローブだった。
「………」
「これでどうやって相手を倒すんですか?」
「案ずるな、条件は同じだ」
 見ると、藤堂も斬馬刀に見るからに軟らかそうなカバーを付けられている。
「…泥沼?」
 疲れたように突っ込む島田を余所に、原田は黙ってグローブを付ける。どうらや諦めの境地に達しかけているらしい。
「では、勝負、始め!」
 気合の入った合図と裏腹に、対峙する二人は、やる気のない応酬を繰り返す。
 そうこうするうちに、原田の槍が藤堂をかすめた。
 すると、

 にゃ〜ん

 と、気の抜けるような鳴き声が響いた。
 厚いカバーのせいで相手には全くダメージを与えられない。のみならず、当てたほうに精神ダメージが行ってしまっている。
 とにかく、それで完全に体勢を崩した原田に、藤堂の斬馬刀が当たる。

 ピコッ

 と、こちらも情けない音を響かせる。当然、ダメージはゼロ。
 そして、

 にゃ〜ん
 ピコッ
 にゃ〜ん
 ピコッ

 と、しばらく世にも情けない勝負が続けられる。
「本来なら既に死んでいるほどの傷を負っている二人が戦い続けていられる。…まさに平和的応酬!」
「って言うか、一本勝負にするべきだったのでは?」
 何とも生暖かい空気が流れる中、一人気炎を吐く土方。一方、戦っている当人達は、既に悟りが開けそうに見えた。
 と、

 ガスッ!!

 不意に今までとは違った景気のいい音が響く。
 見ると、かなり凶悪な顔をした原田が、倒れて動かなくなった藤堂を前に立っている。
「…初めから、こうすればよかったのよ」
 言いながら、槍を回す。どうやら豪を煮やした原田が、石突で藤堂を殴り倒したらしい。
「素手で殴りあったほうがよかったんじゃ?」
「いいの! これで沙乃の役目は終わったんだから! 島田、後は任せたわよ!」
 そう言い捨てると、原田は倒れたままの永倉を引きずって帰ってしまった。後には、むしろ満足そうな顔で気絶する藤堂が残される。
「…では、最終勝負! 力、技に続いて、最後は知の戦いだ!」
「知…って、元参謀とですか!?」
 思わず悲鳴を上げる島田。だが、勿論土方は取り合わずに話を進める。
「勝負方法は○×クイズ! そして、公平を規すため、出題者はスペシャルゲスト!」
「じゃ〜ん! それはアタシで〜す!」
 なぜかハイテンションな土方に紹介されたのは…。
「か、カモちゃんさん!?」
 死んだはずの芹沢だった。
「大丈夫よ、あたしもう死んじゃったから、どっちかを贔屓することなんか無いって」
「いえ、そういうことじゃ…」
「大丈夫だ。商家に押し入っては大量の金子をかたに、娘を売り飛ばしているおまえならきっと勝てる」
「やってません! 人聞きの悪い事言わないでください!」
 もう何言っても無駄かなと思いつつ悲鳴を上げる島田。唯一の救いは、伊東が文句を言ってこないことだ。或いは、酔わせるという目的だけは達せられていたのかもしれない。かえって迷惑だが。
「勝負の形式は○×クイズ! 答えが○だと思ったら、○の方へ。×だと思ったら、×の方へ。それじゃあ、第一問!」
 そして、様々な疑問を置き去りにして、勝負が始まった。

 …九問目を終えて、結果はなんと引き分けだった。
 というよりは、この方式だと、絶対に間違い無い問題以外は、相手と同じ方に移動していれば絶対に負けないのだが。
 そういうことなので、十問目でも決着は付かず。しかし、全問正解はなかなかの結果だろう。
 と、唐突にファンファーレが鳴り響いた。
「おめでと〜。第一チェックポイント通過だよ〜!」
 明るい声で言う芹沢の台詞に、島田は忘れかけていた不安を思い出していた。何かとんでもない目に遭わされるんじゃないかという不安を。
「第二チェックポイントは羽田だよ。さ、NY目指してバンザ〜イ!」
「って、なんですか、チェックポイントとかNYとかって!?」
「あ、ここから先は罰ゲームがあるからね。けど、大丈夫! 島田君はアタシがちゃ〜んと昇天させてあげるから」
 そう言いながら、芹沢は片手で島田を引きずっていく。よく見ると、もう片方の手で気絶した伊東を引きずっていた。
「それじゃあ、レッツゴー!」
「いや、レッツゴーって、あの………土方さん、謀ったなぁぁぁぁぁっ!!」
 そんな叫びを最後に、島田と伊東の姿はどこへとも無く消えていった。

     *   *   *

 慶応三年十一月十八日、新選組の謀略によって、盟主伊東を失った御陵衛士はその姿を歴史から消した。
 その影に、己の全てを散らしたある隊士がいたことは…まあ、語られなくてもいいだろう。



<あとがき>
 


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