![]()
本会の目的
◇ 世界の平和を願い再び原爆の惨禍をこの地上に受けぬよう、すべての国の人びとに平和のメッセージを送る
◇ 海外に居住するすべての国の原爆被爆者とともに、当然の権利として日本国内の被爆者と同様の原爆被爆者関係の法律の適用を受けるべく、強力に各方面に申請する
本会は1984年7月15日、サンパウロ市内に16人の被爆者が集まり、上記の2つの目的のもとに設立いたしました。
| ブラジル原爆被爆者協会 定款 第二条 本会の目的は海外に在住する原爆被爆者が日本国内に居住する被爆者と同様の処遇を受けられることを目的とする 第十一条 在ブラジル原爆被爆者の有志を会員とする 会員相互の親睦をはかり情報を交換する |
![]()
? 日本人の原爆被爆者が、どうしてブラジルに住んでいるのですか?
簡単にいえば、第二次世界大戦後ブラジルに移住した日本人の中に被爆者も含まれていた、ということです。
戦後のブラジル移住は国が政策として推進したものです。
「敗戦により疲弊した狭小な国土に、海外からの引揚げ者約630万人を受け入れた日本は、極度の食糧不足に陥って」いました(『ラテン・アメリカを知る事典』平凡社、1987年)。つまり、食べる物がないのに人ばかり多くて困る、といった状況だったのです。そこで当時の日本政府は、過剰人口を減らすための対策の一つとして、日本国民にブラジルをはじめとした海外への移住を勧めたのです。
移住を奨励するために、日本政府は有名俳優を起用したポスターを制作したり、移住者による講演会を開くなど、積極的な広報活動を展開しました。なかには、ブラジルに行けばあたかも簡単に土地が手に入り苦労せずに家族全員が食べていけるかのような、実情とはかけ離れた誇大表現の講演すら行われていました。今なら詐欺まがいと言われても仕方がないような話もありましたが、日本政府もそれだけ人口過剰問題の解消に懸命だったのです。
? えっ、そうだったのですか? 悪い表現ですが、私はてっきり「海外移住者=日本を捨てた人たち」とばかり思っていましたが?
移住を最終的に決意した動機は人によってさまざまです。ですが、戦後約6万9000人がブラジルに移住したのは、国が積極的に移住政策を推進した結果であることは、疑いようもない事実です。
逆の言い方をすれば、「海外移住者=日本に捨てられた人たち」なのかもしれません。なにしろ日本が高度経済成長を経て豊かになった後も、国内の人口過剰対策に貢献したはずの移住者に対する、日本政府からの恩恵はほとんどないに等しい状況ですから。
いまの日本の若い人たちが海外移住の歴史を知らないのも無理はありません。現在、日本の小、中、高校で使用されている文部科学省検定の歴史教科書に、海外移住に関する記述はありませんね。その理由は分かりませんが、日本政府にとって海外移住は触れたくない負の歴史、汚れた歴史なのかもしれません。
? でも、健康不安があるはずの被爆者が海外に移住することを、日本政府は止めなかったのでしょうか?
当協会が1989年に実施した「在南米原爆被爆者実態調査」でアンケートを実施した際、次のような結果が出ています。
| 質問: | あなたは南米に移住する手続きのため、役所に行った時、被爆者かどうかを聞かれましたか? |
| 回答: | 「聞かれた」5名 |
| 「聞かれなかった」129名 | |
| 不明 4名 |
| 質問: | 「聞かれた」と答えた方におたずねします。 |
| あなたが被爆者と判った時、役所の人はどんなことを言われましたか | |
| 回答: | 「移住しないほうがよい」1名 |
| 「何も言われなかった」3名 | |
| その他 1名 |
当時、海外移住業務の窓口は各都道府県庁に設置されていました。ですからアンケート回答者には、被爆地である広島、長崎の県庁で相談をした人も多いわけですが、この結果を見る限り、移住希望者が被爆者であるかどうかを考慮されることはほとんどなかったようです。
当時の時代状況を踏まえると、役所としては、移住者一人一人の健康状態を考慮するよりも、まず一人でも多くの移住者を海外に送り出すことのほうが優先されたのではないか、と思われます。
![]()
? 「海外に在住する原爆被爆者」が「日本国内に居住する被爆者」と「同様の処遇を受けられる」とは、どういうことですか?
広島、長崎以外にお住まいの方や、被爆者の家族・知人を持たない方はなじみがないかもしれませんが、日本には原爆被爆者を援護する法律があります。
そこには、たとえば、「健康管理手当」を支給したり、特定の病気なら治療費を無料とするなどの、被爆者に対する援助が定められています。
しかし、従来はこの法律の恩恵にあずかることができる人は「日本国内に住んでいる被爆者」だけでした。海外に住む被爆者は、この法律を適用してもらえなかったのです。
たとえば、ある被爆者が日本で会社勤めをし、ある日海外の支店に転勤になったとします。すると、その人は日本を出国した時点で「法律の適用外」とされます。日本に帰ってくるまでは手当も止められ、たとえ駐在先の国で原爆が原因と思われる病気を発症しても国からの医療費はもらえません。
ですから海外に住む移住者も当然、法律の適用外でした。
でも、「それはどうして?」というのが、私たちの気持ちです。法律には「日本国外に住んでいる人を除く」といった内容は一切書かれていません。
私たちの望みは、「海外に住む被爆者」も「日本国内に住んでいる被爆者」も、等しく「同じ援護を受けられる」ことです。そのために、日本国へ向けて「私たちにも法律を適用してください」と働きかけをすることが、協会の目的なのです。
? 外国に住んでいるのに日本から援助してもらおうという考えは、ちょっと虫のよい話じゃないですか?
私たちは日本政府から「ブラジルに移住しなさい、どんどん行きなさい」と勧められて、ブラジルに来ました。日本の政策に則して住む場所を変えたのです。しかもブラジルの場合、被爆者はみなブラジルの永住権こそ持ってはいますが、ほとんどの者は日本国籍です。パスポートも日本政府発行のものです。日本の在外選挙権もあります。
南米の他の国や、北米、韓国にも被爆者がおられます。国によって国籍などの事情は私たちとは異なります。しかし彼らも、私たちも、日本に住んでいる被爆者も、広島、長崎で原爆に遭ったことに変わりはありません。
他国には、日本に強制的に連れて来られて働かされたり、捕虜交換で日本に送り返され、その結果原爆に遭った人もいるのです。本人の意思とは関係なく、です。
なのに、どうして「海外に住んでいる」ことが、日本の厚生省(現・厚生労働省)が決めた援護を受けられない理由になるのでしょうか?
それはおかしい、と私たちは考えています。
私たちはみな高齢者です。最も若い者でも58歳です。明治生まれの者もいます。援護を受けられないばかりに、高額の医療費を払い続けています。ブラジル人の知人から「どうして日本政府は援助をしてくれないの?」と聞かれるたびに、「そんなことはない、日本は絶対に私たちを救ってくれます、そういう温かい国です」と病床で答え続けて亡くなっていった仲間もいます。
? ある程度の年齢になれば、被爆者でなくとも、身体のあちこちが悪くなるのは仕方がないことでしょう。それに戦争で被害に遭った人はほかにも大勢います。被爆者だけが優先されるのは、ちょっと不平等な気もしますが?
原爆被害が他の戦争被害と異なる点は、放射能が含まれていたことです。被爆者援護を定めた法律「被爆者援護法」でも、同法制定の理由として「放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害である」と明記しています。
健康不安
たとえば、日本でもここ数年、年間自殺者が3万人を数えているといいます。でも、自殺するまで追い込まれる者の気持ちが本当にわかる人が、いったいどれだけいるでしょうか?地下鉄サリン事件の後遺症に苦しんでいる被害者の心を真に理解できる人が、どれほどいるでしょうか?
不安や怖れというものは、体験した者でないと、実際に理解することはできないものです。
なお付け加えますと、戦時中軍人だった人には軍人恩給が支給されています。これはブラジルなど海外に住む元軍人の人たちも受給しています。必ずしも被爆者だけが優先されているわけではありません。
? 被爆者だけに見られる特有の症状には、どのようなものがあるのですか?
原爆の人体への被害は@爆風A熱風B放射能、の3つ
? それでは放射能を浴びたことによる症状とは、どのようなものなのでしょうか?
一つの例を挙げます
「ヒバクシャ 世界の終わりに」(鎌仲ひとみ監督、グループ現代制作、2003年)と題するドキュメンタリー映画の中に、長年被爆者治療に携わってきた広島在住の肥田さんという医師が登場します。
肥田医師は「被爆者だけが持つ何か特別な症状...がいったい何なのかはっきりとつかみきれないまま、長年...悩んでいました」。そうして行き着いた結論は、米国で被爆者診療にあたったボードマン医師の説と同じものでした。
その説とは、こういうものでした。
― 低線量放射線被曝の特徴は、定まった形(=定型)の症状がない「非定形症候群」である ―
― 「診断困難」というたった一つの特徴が低線量被曝の有力な証拠である ―
映画での肥田医師の話を一部紹介します(かっこ内は筆者の補足)。
「高血圧であったらこういう症状とか、肺炎はこういう症状と(病気によって)定まった形=定型(がある)。ところが被爆者の症状は...定まったものがない。だから、(被爆者である患者から)話聞いててどの病気にもあてはまらなかったらこれは被曝だ、という考え方を(ボードマン医師は)出してきたんです」。
明らかに体調不良なのに病名が特定できない場合、被爆者は「これは原爆で浴びた放射能のためではないか」と不安になります。
その不安は、被爆者でなければ分かり得ないものです。