活動に至る経緯

 今回のマンション建築計画に先立つ問題として、「旧建物の解体・整地」の経緯を説明します。

争点になっているトーシンマンションの敷地は、昭和12年に東急電鉄(当時の目蒲電鉄)が線路に沿って造成した10区画(各区画700坪程度)の分譲宅地の一部で、元々の農地に盛土し安山岩を回らし、周辺道路を整備して売り出したものです。 従って、宅地は道路面より80cm程高くなっており、各区画を更に区分して、その上に数軒の住宅・庭・塀が並んで建っております。 

平成元年にその土地220坪を購入したK氏は、其処の古い建物を取り払い、自宅と自らが主宰する宗教法人の異様な建物(地下1階、地上3階建て)を立ち上げましたが、結局は地域に馴染めず、平成14年負債を抱えて転居しました。

残された不動産は、競売を経て潟Jムロが取得し、平成155月から3ケ月余に亘り施主潟Jムロ・施工国土緑化鰍フ手で、旧建物の解体・整地が行われました。 そして、その土地は、平成15年春に潟gーシンへ転売契約され、同年8月末に土地移転登記が終わっております。

 問題はこの解体・整地工事に係わっております。 旧建物が思いの外堅牢で大工事になった事と当初境界隣地と同一レベルにあった宅地面に充分な土留め措置を施さずにトーシンのマンション建築の都合に合わせて整地地面(ぢずら)を道路面まで削り下げた事で、振動・騒音による被害のほか、隣接家屋の破損、塀の傾き、隣地の地滑り・亀裂等の損害が発生しました。 又、これ等物的直接被害以外にも、一般生活・環境・健康・心理面に及ぶ苦痛は限りありません。

その例:

1) とりわけ、日中家に居る時間の多い婦人方にあっては、異物が飛び込む恐れで昼間も雨戸を閉め切った侭となり、洗濯物は干せず、横にもなれず全く身の置き所に苦しむ毎日でした。

2) 又、連日のストレスで、体重を激減させた主婦もあれば、絵描きは昼間仕事にならず、遂に展覧会への出品を断念する始末でした。

3) 道路を隔て東側のW医院では、医師の聴診・脈を採るにも支障が生じ、患者にも迷惑をかける結果となりました。

4) 北側地続きのT氏は心因性の急性消化器障害で2週間緊急入院を余儀なくされました。 更に、西側隣接地のN氏も定年退社後は家に居ることが多くなり、呼吸器障害で入退院を繰り返されました。

5) 昨年7月中旬96歳の高齢で長期入院中亡くなったI氏は、昭和初年からの住民で、この地で所帯を持ち子女を育て、夫々が結婚して、現在は孫達とも一緒に住み続けておりました。 その因縁から、当人も最後は自宅でという切実な思いがあったであろうし、家族の皆さんも是非その様にと同じ感懐でありましたが、あの事態ではとても叶うものではなく、葬儀も他所で営むこととなりました。 本当に悔やまれてなりません。

 我々周辺住民は、解体工事協定書・隣接家屋の事前/事後調査書に基づき、原状回復・被害補償を求めて直接折衝して来ましたが、一向に誠意ある回答が得られず、遂に昨年末訴訟に踏み切り、目下公判進行中です。

 この解体・整地工事に対処する為に結集した周辺住民グループは、夏場100日強の長期間、法的基準を超える非常な振動・騒音・塵・埃等の連続に散々痛めつけられ、未だにその後遺症で苦しんでいます。 そして、この解体被害問題が未解決の儘に、その発端に係わり且つ全般を承知している潟gーシンのマンション建設着工を納得出来ない我々住民は、引き続きグループとしてマンション反対活動に入っております。