歩いた距離は13.58Km、3時間31分、消費カロリーは約1082CAL (NIKE+iPodの測定値)。
 この通りは、北は御園橋通の京大羽田記念館前辺りで終わりとなる。
 七条通を渡る手前に笹屋伊織という和菓子屋があり、弘法さんの日しか売っていない「どら焼き」を土産に買った。
 七条通を渡ると右側に龍谷大学、左側に平安高校がある。龍谷大学の横は西本願寺があり、しばらく本願寺の塀沿いに歩く。 四条通の交差点で、道は千本通と大宮通に別れ、大宮通は急に細い一方通行の道になる。この交差点には、京福電鉄、阪急電鉄の大宮駅が向かい合い、人の流れも多くなる。
 細くなった通りを歩いて、三条通の商店街を横切り、神泉苑を過ぎると、通りは二条城に突き当たって、中断される。

 昔、「糸屋町を歩くのに、傘はいらへん」と西陣の人は言ったらしい。なぜなら、糸屋の軒先は深く、雨の日も軒先を伝って歩けば、傘はいらなかったそうだ。大事な生糸を濡らさないように考えられた「かしき造り」、紅殻格子に虫籠窓の商家が並んでいた昔を思いながら歩いた。今は西陣にもそういった家はほとんど残っていないのが残念だ。

 妙蓮寺の横を過ぎて北大路へ出る手前に「聚洸」という和菓子屋がある。ここでお茶とわらびをよばれた。ここの主人はまだ若い。あの老舗・塩芳軒の次男坊である。
 抜けてしまったが、丸太町通を過ぎた辺りに酒蔵を改造した「拾得」という京都では有名なライブハウスもある。
 平安京の大宮大路にあたり、南は久世橋通より一筋南辺りが起点だが、今回は大宮十条の交差点を起点として歩き始めた。
 少し歩くと大通寺(萬祥山遍照心院)がある。ここは鎌倉三代将軍・源実朝公の菩提を弔うため剃髪した妻(本覚尼)が、真空回心上人を開山として興したとされる。 境内には牡丹の花が咲いていた。

 九条通に近づくにつれ、東寺の五重塔が大きくなってきた。 その日は、空海の縁日(弘法さん)だった。境内はたくさんの屋台と参拝客でにぎわっていた。 境内の外、大宮通沿いは、いつも植木屋が陣取って、苗木などを売っている。(写真1枚目)
 東寺を過ぎた辺りから、道は高架となってJRの線路をまたいでいる。人は高架の下、そして線路の下のトンネルを歩くことになる。 線路の向こう側には梅小路公園があり、ここも子供達が小さい頃、よく芝生の上でサッカーなどをしたのを思い出した。

大宮通