西大路通りは、南は十条の吉祥院天満宮辺りから、北は金閣寺前を過ぎて、北大路通までになる。
昭和初年から十年代までに都市計画道路として完成された。 昭和18年から53年まで京都にも市電が走っていたが、市電全線開通と共に、西大路、北大路、東大路、九条通をつなぐ大幹線も完成した。
途中、西大路四条(この辺りを西院と言う)の手前(高辻)で手打ち蕎麦屋(むら木)で十割蕎麦を食べた。この歩くシリーズでは、京都の手打ち蕎麦の店でお昼を食べることにしている。
(参照
−>京都の蕎麦屋)
西院の交差点(北東角)に高山寺という寺がある。 「これはこの世の事ならず 死出の山路の裾野なる 西院(さい)の河原の物語 聞くにつけても哀れなり ・・・十にも足らぬみどり子が 西院の河原に集まりて 父上恋し母恋し ・・・と泣く声は ・・・悲しさ骨身を通すなり・・・」
少し長い引用文になったが、これは空也上人作の地蔵和讃である。今は、そんな悲しい歴史があった場所とは思えないが、境内には住民らの供養した地蔵像350体が祀られている。
まっすぐ通りを北へ向かって歩いていると(少しずつ坂になっている)、西大路御池辺りで左大文字山が見えてくる。 今この辺りは、二条駅から天神川まで地下鉄(東西線)の延長工事が行われている。来年の春までには開通する予定らしい。
今出川を超えて平野神社の裏を通る。ここは、桜の名所でもある。桜の花が散った後の新緑もまた美しい。
はじめての子を授かったとき、妻と母と三人でお参りした「わら天神」さんの前を通ったので、久しぶりに子供達の成長ぶりを報告しておいた。
修学旅行生や海外からの旅行者に混じって金閣寺を拝観した後、北大路通へ辿り着いた。