母は京都で生まれ育った京女である。そんな母と小さい頃、大丸などへ行ったついでに、錦でその日の晩御飯のおかず(おばんざい)を買って帰ったのを覚えている。
 そんな記憶が残っているからか、大人になってからも、例えば、酒の肴に「のとよ」でうなぎの肝や、「喜久屋」で珍味を買い、津之喜商店でシングルモルトを買って帰るなどということがある。
 
 道幅は3メートルほどだ。狭いので、いつも混み合っている。この通りの名付け親は、一説によると後冷泉天皇であったという。
 通りには、どこかの料亭の板前も通るし、一般の市民も通る。最近では観光客も多くなった。

 最近、京都でも展覧会があった江戸時代の絵師「若冲」は、ここ錦市場の生まれで、絵を描き出す前の1年間は、市場の野菜などを只ひたすら眺めていたという。その後、堰を切ったように描き出し、多くの名作を世に残した。
 
 当初は魚棚が多かったらしい。だから今でも西魚屋町、中魚屋町、東魚屋町という町名が残っている。その後に、青物市もつくられた。今では、ここで手に入らないものはないだろう。 最近では元々はここには店を出していなかった老舗まで軒を並べている。

 西から東まで市場の長さは390メートル、その間に約150店舗が商う。私も全ての店と付き合いがあるわけではないが、一度は立ち止まって、店主のすすめる品を買ってみたいと思っている店も少なくない。

 通りは西は壬生川通からはじまって、東は錦天満宮に突き当たって終わる。

 歩いた距離1.9km、要した時間32分。消費カロリ-147CAL。

錦小路通