RootMap上の水色の線が今日走ってきた軌跡である。上の線が葛野西辺りを起点とした万寿寺通だ。 真っ直ぐ続いているように見えるが、堀川通を越えるまでは、ぷつぷつと途切れている。まず、市立病院(看護学校がある)の辺りで途切れる。堀子川を越えたところから復活して、山陰線高架下手前でまた途切れる。この後、大宮通から堀川までは通りは一端消えてしまう。堀川を越えると終点の高瀬川までは細い通りがまっすぐ延びている。
途中、西洞院との交差点北東角に親鸞聖人が妻帯して住んだ大泉寺がある。ここを過ぎて京格子や駒寄のある京町家を横目に走って、東洞院通を越えたところに小さな祠がある。(写真2枚目) これが唯一この辺りに、その昔万寿寺があったことを伝えている。万寿寺の起源は平安時代後期、白川上皇が六条内裏に建てた六条御堂にさかのぼる。白川天皇の皇女が21歳の若さで亡くなり、これを悲しんだ天皇が皇女の菩提のために六条御堂を建てたと云う。その後、この御堂に法然の弟子が住み、後に万寿寺となった。
今日はこの後、帰りに正面通を走って帰ってきた。(地図上の下側の線) 総走行距離14.88km、走行時間1時間30分、消費カロリー112.8kcalだった。暑い日だったので、汗だくになって帰ってきた。 最近、健康診断で尿酸値が高いと言われたので、今日はビールは飲まなかった。
万寿寺通は、西は佐井西通(島津製作所の五条工場があった所、今はイオンのショッピング・モールになっている)から東は、高瀬川までの約2.7kmの通りである。しかし、今はもう少し西も万寿寺通と言われている。今日は葛野西通辺りから走り出した。
万寿寺通の名は、禅宗京都五山の五位に加えられた万寿寺がこの通り沿い(東洞院辺り)にあったことによる。しかし、万寿寺は現在は東山区の東福寺の近くに移され、東福寺の別格扱いの塔頭になっていて、万寿寺通にはその面影は全くない。
写真は高瀬川にかかる万寿寺橋から見た眺めだ。通りはここで終わる。
万寿寺通



