チャメとグレイ1


(1)短い足のチャメ

湖を吹きわたる風が丘をなでるようにかけ上がりました。サワサワと緑の草がささやくように音をたてます。

草の中から白い毛糸のかたまりのようなものが七つ出てきました。生まれたばかりのウサギです。赤ん坊ウサギは、まだ目がみえま せんが、母さんのお乳をさがして鼻をしきりに動かしています。

ここは、ウサギ一族の暮らすウサギ丘です。7番目に生まれたウサギのチャメは、母さんと同じ真っ白な毛、茶色の目をしてい ます。耳は長いのですが、うしろあしの長さが兄さん、姉さんウサギの半分ぐらいしかありませんでした。

母さんウサギが乳を飲ませにやってくると、チャメは足がおそいので、いつも最後になってしまいます。6つのオッパイがふさがってしまう ので、チャメはだれかが飲み終わるまで待っていなければなりません。チャメはみんながじゅうぶん飲んで眠りにつくと、そっと母さんの乳にしゃぶりつくのでした。

ウサギたちは日に日に大きくなっていきました。3週間もすると乳離れして草を食べはじめました。
ムシャムシャムシャ……ウサギたちは毎日たくさんの草を食べます。緑だった丘が茶色の土がみえはじめてくると、ウサギたちはあらそって草を食べるようになりました。

チャメが丘のふもとに生えている草をめざして進んでいくと、後ろから兄さんたちがやってきました。兄さんたちは大きくジャンプするとチャメをとびこえて草の中に入りこみ、 「こっちくるなよ。これは、ぼくらのみつけた草だよ」

といって、草をほおばりました。

チャメが別の場所に移ると、姉さんたちがやってきていいます。
「わたしたちの草を食べないでよ」


(2)雄ウサギのグレイ

チャメがだまって別の場所に移動しようとすると、岩陰から一匹の雄ウサギが顔を出しました。今までみたことのないウサギ です。灰色の毛で、耳の長さがほかのウサギの半分しかありません。

「こっちに草があるよ」
         「あなたはだれ?」
「グレイっていうんだ。よろしく」
雄ウサギはていねいに頭を下げました。
「どこからきたの?」
「ぼくはこの丘で生まれたんだけど、ちょっと川向うへ旅に出てたんだ。さっきもどってきたところさ。こっちへおいでよ」
 グレイは片目を閉じて耳をピクッと動かしました。
チャメはグレイのいる岩陰にいきました。そこにはひょろひょろした草が生えていました。


「日当たりが悪いから、おいしい草じゃないけど、ここなら誰にもじゃまされずに食べられるだろ」
グレイは口をモグモグさせています。

おなかがすいていたチャメはお礼をいうのも忘れて、ムシャムシャ草をほおばりました。
「それにしても、きみの兄さん、姉さんは何で意地悪するんだい? ひどいじゃないか」
「しかたないのよ……」
「何で怒らないんだい? 自分がみつけた草だっていえばいいのに」
「だって、わたしダメウサギだもの。みてよ、この足」
チャメはグレイの鼻先に足を突き出しました。
「短いでしょ。生まれつきなの。少ししかジャンプできないから、ダメウサギなのよ」
「ダメウサギなんていっちゃいけないよ。足が短くったって、少ししかジャンプできなくったって、きみはきみだもの」
グレイの言葉にチャメは鼻の奥がツーンとしました。

  (3)耳が短くても

 チャメとグレイが並んで草をほおばっていると、いちばん上の兄さんがやってきました。
「その草食べるなよ。ぼくたちの明日の分なんだよ」
「どうしてチャメに意地悪するんだい? 仲間なんだろう?」
グレイが兄さんの前に進み出ました。
「よそ者のお前がそんなこというなよ」
「そうだ、そうだ!」
ほかのウサギたちもやってきてグレイを取り囲んで叫びました。


「お前のその短い耳は何だ? ウサギじゃないんだろう。ここから出ていけよ」

兄さんがいうと、グレイは背中をぴしっと伸ばし、ほこらしげに鼻を空に向けました。
「この耳は生まれつき短いけれど、ぼくはれっきとしたウサギだよ」

グレイが胸を張っていうと、ほかのウサギたちは何もいえなくなってしまいました。

そんなグレイをみて、チャメは驚きました。
(グレイは耳が短いのにどうして堂々としていられるのかしら。わたしもグレイのようになれたらいいのに…)

(4)川をこえる仲間

ウサギ丘はあっという間にすっかり茶色になってしまいました。丘の向こうは湖です。岸辺には草が生えていましたが、そこはヤギのな わばりでした。反対側には丘を囲むように川が流れています。川向こうは緑豊かな草原が広がっています。

「明日、みんなであの川をこえよう」
チャメの父さんがいいました。


「こえるって、どうやって?」
チャメは不安です。川幅はいちばんせまいところでも自分の体長の3倍もあるからです。
その夜、チャメはなかなか眠れませんでした。みんなが川をとびこえていき、チャメは川に落ちて流されてしまう夢をみました。

明け方、父さんウサギがみんなを起こしました。
「さあ、出発だ」

父さんを先頭に、ウサギたちは一列に並んで丘を下っていきました。ザアザアと水音が聞こえてくると、チャメの足はすくみました。前より 水が多くなっている気がします。
「さあ、あとに続いて」

母さんウサギには6匹の生まれたばかりの赤ん坊がいたので、父さんと一匹ずつ赤ちゃんを口にくわえて川をとびこえ、岸辺に赤ん坊を置い てからまたもどって運びます。

父さんと母さんウサギは3往復して、ようやく赤ん坊を運び終えました。
その間にほかのウサギたちは次々に川をとびこえていきます。


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