ばらの中のきみちゃん



** 四年三組の子どもたちは、大はしゃぎでバラのアーチをくぐって歩いています。春の遠足で、まどかたちはフラワーセンターに来ているのです。
すみきった青空の下に、色とりどりのバラがみごとにさいています。 まどかは、なんだか気が重くて小さなため息をつきました。
右手には、しっかりときみちゃんの手がつながれています。


**きみちゃんは、ダウン症で特別学級に入っています。でも、音楽や図工、学級会の時間は三組にきます。
**きみちゃんはまどかのことが好きで、まどかのすがたを見かけると、すぐそばによってきます。 **まどかは、いつもやさしくきみちゃんの世話をするので、たんにんの田村先生はほめてくれます。
**本当は、まどかはきみちゃんのことがきらいだけれど、大好きな田村先生にほめられたくてめんどうをみていたのです。
きみちゃんもいっしょに遠足に行くと聞いたとき、いやだなと思いました。 まどかは、きみちゃんのよだれとあせでべとべとの手をふりほどいてしまいたくなりました。


**そのとき、きみちゃんがまどかの手をはなして、よちよちとした足どりでさくをこえ、バラ園の中に入っていきました。
「きみちゃん、中に入っちゃだめよ」
**きみちゃんをつれもどしに、まどかも中に入りました。
**きみちゃんは、一本の赤いバラに顔をくっつけるようにしてのぞいています。そして「あー、あー」と、花に向かって声を出していました。
「きみちゃん、これからみんなで温室に行くんだよ。列にもどって」
**まどかがきみちゃんの手をひっぱりました。


**きみちゃんはいつもはすなおなのに、いうことをきかずにまどかの手をふりはなすと、こんどはとなりのバラをのぞきこみました。 田村先生が来て
「まどかちゃん、きみちゃんのことはわたしが見ているから、温室にいってらっしゃい」
と、やさしくいいました。
**まどかはほっとして温室にむかいました。


**お弁当の時間になって、まどかはなだらかな芝生の丘のてっぺんにシートを広げました。
**きみちゃんは、ようやくバラ園を出たようで、田村先生と手をつないで丘をのぼってきました。そして、まどかをみつけるとにこっとして、ちゃっかりとまどかのシートにすわりました。 **まどかは、また小さなため息をつきました。


**お弁当を食べた後、きみちゃんは芝生の上に寝ころんでひとりで遊びはじめました。


「いまのうち、いまのうち」
と、まどかは友だちとおにごっこをしました。


**むちゅうで木の間をかけまわっていると、田村先生がまどかをよびました。
「きみちゃんがいないのよ。どこへ行ったかしらない? 」
**さっきまで木の下にいたのに、きみちゃんのすがたが見えません。


「きみちゃん、きみちゃん」
**なんどよんでも返事がありません。
「みんなで分かれてさがすのよ」
**田村先生は、三組全員を集めて言いました。

**まどかはあちこちさがしていて、はっと気がつきました。
「きみちゃんは、きっとバラ園にいる。さっきあんなにいっしょうけんめいバラを見ていたんだもの」
**まどかはひとりバラ園に走っていきました。

**きみちゃんは、赤いバラの花にかこまれるようにして立っていました。
「きみちゃん、ひとりで行っちゃだめでしょう」
**まどかがきみちゃんのうでに手をかけました。


**そのとき、急に頭がくらくらして、目の前でシャッターがおりたようにまっくらになってしまいました。

** 気がつくとふたりは、うすべにいろのかべにかこまれたへやの中で横になっていました。ドーム型のてんじょうもうすべにいろです。てんじょうのまん中には丸いまどがあって、日の光がさしてきています。
「ここは、どこなの?」
**まどかが起きあがると、かべやてんじょうと同じ色のドレスを着た長いかみの女の人が近づいてきました。

「ここは、べにバラの花の中です。わたしは、べにバラの女王のローズです。よろしく」
「花の中ですって!」
**まどかはおどろいて、となりに横になっているきみちゃんのかたをたたきました。
「バラの中に入れてよかった」
**きみちゃんも起きあがっていいました。


「きみちゃんがしゃべっている!」
**まどかは、きみちゃんの顔をつくづくながめました。きみちゃんは、いままで意味のある言葉をしゃべったことがなかったのです。
「あなたたちは、わたしのまほうで小さくなってバラの中に入ったのです」
**ローズがいいました。手には、白いコーヒーカップをふたつ持っています。
「これは、べにバラのみつです。ふたりとものんでください。のむと、空をとべるようになりますよ」


「すごい、空をとべるの?」
**きみちゃんは、手をたたいてよろこびました。
「とべるようになったら、わたしの姉、白バラの女王のところにいって、病気をなおしてほしいのです」


「白バラの女王さまが病気なんですか?」
**まどかがたずねると、ローズはかなしそうにうつむいて、
「花びらにはんてんができてしまったのです。女王の病気がなおらないとと白バラ全部が病気になってかれてしまうのです」
「かわいそう……。はやくいってなおしてあげなくちゃ」
**きみちゃんは、ローズからカップをうけとって、みつをごくごくと飲みました。


「なんだか、せなかがむずむずする……まどかちゃん、見て」
**きみちゃんが後ろを向くと、せなかにすきとおったはねがにまい生えていました。
「すごいよ、きみちゃんのせなかにはねがはえた!」
**まどかも、べにばらのみつをのむと、せなかがむずむずしてきました。


「まどかちゃんのせなかにもはねがはえている!」
**きみちゃんは、ぱたぱたとはねを動かしてとびあがりました。
「さあ、いきましょう」
**きみちゃんは、まどかの手をひっぱりました。なんだかいつもと反対です。いつもは、まどかがきみちゃんをひっぱっているのに……。


**かたを動かしてみると、はねがパタパタと動いて、まどかの体もうきあがりました。

**てんじょうの丸いまどから外に出ると、べにバラがパラソルのように大きく見えました。べにバラのむれをこえてとんでいくと、向こうに白バラのむれが見えてきました。きみちゃんは、ひときわ大きな白バラの上におりてまどかをよびました。
「ここが白バラの女王の家だわ」
「はんてんなんかないじゃない」
**まどかがいうと、きみちゃんはかなしそうに首を横にふって、
「これは、真っ白じゃない。中はもっとひどいはずよ」


**ふたりは、開きかけた花のまん中からすべりこむように入っていきました。


**黄色いふわふわのベッドに、白バラの女王が青白い顔をしてねむっていました。
**白バラの家のかべに、灰色のしみのようなはんてんがいくつも見えました。
「女王さま、だいじょうぶですか?」
**きみちゃんがたずねると、女王は目をあけて力なくいいました。


「待っていましたよ。けがれのない子どもの手が病気をいやします。はんてんに手を当ててください」
「手を当てるだけでいいのね。まどかちゃん、やって」
**きみちゃんにいわれて、まどかはかべのはんてんに手を当てました。


**すると、消えるどころかたちまち真っ黒になってしまったのです。まどかはおどろいて手をひっこめ、こわくてしゃがみこみました。


**次にきみちゃんが同じところに手を当てると、はんてんは消え、真っ白になりました。
**きみちゃんはとびあがって、次々とかべやてんじょうのはんてんに手を当てていきました。最後にきみちゃんが女王のほおに手を当てると、女王はぱっと起きあがってほほえみました。
「ありがとう。あなたたちのおかげですっかり良くなりました」
**まどかはたまらなくなって立ち上がると、
「ちがいます。あなたたちではなく、きみちゃんひとりが病気をなおしたんです。わたしは、わたしは……」


**まどかの目からなみだがあふれました。きみちゃんのことをきらっていた気持ちが、かべを黒くしたのだと思ったからです。


**きみちゃんがそばによってきて、まどかのほっぺたを両手ではさむようにして手を当てるといいました。
「まどかちゃん、大好きだよ」
「きみちゃん!」
**まどかは、きみちゃんをぎゅうっとだきしめました。

**そのとき、またくらくらとめまいがしてきました。気がつくと、ふたりはだきあったままバラ園の中に立っていました。
**田村先生が息をきらしてかけてきました。
「きみちゃん、いたのね。よかったわ」
**きみちゃんは白バラに顔をくっつけて、
「あー、あー……」
と、いってから、とつぜんはじけるようにわらいました。


**やわらかな春の日差しをうけて、白バラは雪よりも白くかがやいていました。




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