チーターパシュルと虹1



** 1走るの大好き

**神様がこの世界をおつくりになって間もないころ、動物はみな草を食べていました。
人間たちの間では、けんかやあらそいがたえませんでしたが、動物の世界は平和でした。

砂と岩だらけの大地がどこまでも広がっています。大地をけってチーターのパシュルがかろやかに走っています。地平線に日が沈もうとするとき、ようやく森がみえてきました。

パシュルは立ち止まってちょっとふり向きました。見渡すかぎりだれの姿もありません。
走り出すとき、メスのチーター、メルダが追ってきたのですが、やはり追いつけなかったのでしょう。チーターは動物の中で一番足が速いのですが、つかれやすく、1qも走るとすぐへたばってしまいます。
でも、パシュルは違いました。何十キロ走ってもつかれないじょうぶな体を神様からいただいていたのです。

「オレさまの走りにかなうものはいない。オレさまは世界一だ」
パシュルは森に入って茂みにもぐりこむと、うーんと伸びをして、体を草の上に横たえました。草のにおいがつかれた体に心地よく、やがてぐっすり眠ってしまいました。
パシュルはひとりでいることが好きでした。そんなパシュルにメルダは近づいてきてペチャクチャおしゃべりします。パシュルはメルダのことが苦手で、いつも逃げていました。

「パシュル、起きて、パシュル」
目を覚ますとメルダが目の前にいました。いつの間にか夜が明けて、こもれ日がメルダの顔のはんてんに当たって光っていました。
「何だよ、ついてくるなっていったのに……」
パシュルは鼻にしわを寄せてギロリとメルダをにらみました。

「追い返さないで。わたしの話を聞いて」
メルダは目を大きく見開いてパシュルをじっとみつめました。
パシュルはそっぽを向いて口いっぱいに草をほおばりました。
「パシュルとわたし、選ばれたのよ」
メルダは前足をぐっと伸ばして、パシュルの顔を下からのぞきこみました。

「選ばれた?」
「わたしたち、舟に乗れるのよ。舟に乗る者は命が守られるんだって」
「舟? 舟ってなんだ」
パシュルは首をかしげ、ちらっとメルダをみました。

「とにかく、わたしのあとについてきて」
「いやだね。ぼくはひとりが大好きなんだ」
パシュルはメルダをふりはらうようにして森の奥へ走っていきました。


** 2川

森の真ん中に川が流れていました。パシュルは川の水をたっぷり飲み、ふーっと息をつきました。川の向こう岸には色とりどりの花が咲いています。
(この川をとびこえよう。そうすればメルダはもう追ってこれない)

はば三メートルほどの川です。こんな川、軽々ととびこえられると思っていました。ところが助走もつけないでとんだので、バシャーンと川に落ちてしまいました。

どどっと水が押し寄せます。鼻にも耳にも水が入ります。何かにつかまろうとしても前足は宙をけるだけです。ぶくぶくと顔が沈みます。息が苦しくて死にそうです。必死に首をもたげて鼻を出し、息を吸い込もうとすると水が入ってき ます。そのうち急な流れにのみこまれ、パシュルは岩に体をあっちへぶっつけ、こっちへぶっつけしながら下流に流されていきました。

流れがゆるやかになってきたとき、目の前に太い木の枝がみえました。パシュルはむちゅうでそれにつかまって、ようやく岸にたどりつき、ばたりと倒れてしまいました。

足先がジンジン痛みます。みると前足のつめがはがれて、血がにじんでいました。

「歩くのは無理じゃて。しばらく、じっとしてるんだな」
岸辺におじいさんが木の枝を持って立っていました。
「あぶないところじゃったなあ……」
木の枝を差し出してくれたのがこのおじいさんだと知って、パシュルは頭を下げました。
ゆうゆうと流れている川をみると恐ろしさがよみがえってきて、背中の毛が逆立ちました。あんなこわくて苦しい思いはもう2度としたくありません。

「パシュル、助かったのね、よかった!」
上流からメルダがハアハア息を切らしてかけてきました。

「足けがしたの? だいじょうぶ?」
メルダはパシュルの傷ついた前足をあたたか舌でなめました。

「何でもないさ」
パシュルは元気にみせようと、さっと立ち上がろうとしたのですが、よろけてしまいました。寒気がして体がブルブルふるえています。
おじいさんがパシュルをささえました。
「おや、熱があるようだ。ゆっくりお休み。箱舟ができ上がるころには、よくなるじゃろう」
おじいさんは、パシュルの頭をなでました。

「箱舟って?」
パシュルは不思議な響き持つ言葉の意味をたずねました。
「あれじゃよ」
おじいさんが指さす方をみると、小高い丘の上に木で造られた家のような建物がありました。

「あれが箱舟……」
「箱舟はあと三日で完成じゃ。神様は、全種類の動物のオスとメスを箱舟に入れるようにおっしゃったんじゃ。お前とメルダはチーターの代表として入るのだよ」

パシュルは箱舟に入るのはいやだと思いました。だいいち舟の中では走れません。でも、助けてくれたおじいさんに「いやだ」ということもできず黙って地面をみつめていました。
(箱舟ができたころ、足の傷も治っているだろうから逃げだそう。チーターはたくさんいる。箱舟に入るのはオレじゃなくったっていいだろうから)パシュルはそんなふうに考えていました。


** 3箱舟

三日目の朝のことです。
「できたぞ、できたぞ。箱舟がついにできた!」
おじいさんの三人の息子たちが歓声をあげながら箱舟のまわりをまわっていました。

「もうできたのか」
パシュルの熱は下がっていましたが、まだ前足が痛みます。とても走れそうにありません。パシュルは足を引きずって、かくれるところをさがしていました。

かくれる間もなくおじいさんがやってきて、
「さあ、パシュル。箱舟に入るのだよ」
と追い立てたので、しかたなくノロノロと箱舟に入りました。

箱舟の中はたくさんの動物でひしめきあっていました。ブーブー、ワンワン、ニャーニャー、メーメー、コケコッコー、やかましいったらありません。

「パシュル、こっちよ」
メルダが奥で呼んでいます。しきられたところに2匹のチーターが横たえるだけのスペースがありました。
「あーあ。こんなやかましくてせまいところで暮らすのか」
パシュルがため息をつくと、
「でも、しばらくの間だっておじいさんがいってたわ。それに朝夕十分な食べ物をくださるんだって」
「どうせ、けがして走れないんだから、ここにいてもいいんだけど……」
パシュルは大きなあくびをしました。

箱舟に入って間もなくザーザーと水音が聞こえました。その数日後、舟がユラユラゆれはじめました。ギシギシと木のきしむ音がします。ときおり、ゴーゴーと風の音やパラパラと豆をぶつけたような音が聞こえてきます。

外はどうなっているのでしょう……。パシュルたちのいるところには窓がないからわかりません。外のようすがわからないまま、何日も何日も過ぎていきました。パシュルはだんだん不安になってきました。



*************************つづく



Next→


Back