羊のヨハナン2 **ピカッ、ゴロゴロゴロ……。地面がゆれるほどの音とともに稲妻が丘の上で光りました。 (ベナヤさん、おそいなあ。ルシアがやぶの中で鳴けば、すぐ見つかると思ったのに……) 「ベナヤさん、だいじょうぶかな」 **ヨハナンは心配でたまらなくなって、そばにいる羊のニコルにいいました。 「まだルシアをさがしているんだよ」 「ルシアなんか、ほおっておけばいいのに」 「ベナヤさんは、ルシアのことをとてもかわいがっていたじゃないか。見つけるまでもどってこないと思うよ」 「もし、ぼくがいなくなったら、ベナヤさんはさがさないだろうな」 **ヨハナンが、ふてくされたようにいうと、 「そんなはずないよ。ベナヤさんは、君がいなくなったって、ぼくがいなくなったって、ひっしでさがすよ。ベナヤさんは、みんなのことをとってもかわいがっているもの」 と、ニコルが歯をむき出しました。 **雨がやみ、あたりは夜のやみにつつまれました。ぴたぴたと、足音が近づいてきました。ベナヤさんです。 **ベナヤさんは、ルシアを肩車するようにしてかついできました。 **ルシアは、ベナヤさんのかたの上でぐったりしていました。白い毛のあちこちが血でにじんでいます。 ベナヤさんのうでにも、いばらでひっかかれたような傷があり、そこから血が出ていました。 「ルシアはやぶの中でたおれていたんだ。だいぶ弱っているから家の中に連れていくよ」 **ベナヤさんは、テントの家にルシアをかついだまま入っていきました。 **ヨハナンのむねは、いたみました。大好きなベナヤさんにまでけがをさせてしまうなんて……。 **次の日、日が高くのぼってもベナヤさんが来ないので、ヨハナンはニコルといっしょにテントをのぞいてみました。 **ルシアは横になり、はあはあと苦しそうに息をしています。ベナヤさんは、ルシアのそばにひざまずいて祈っていました。 「ルシアは死んでしまうかもしれないよ」 **ニコルがいいました。 (こんなことになるなんて思わなかった。ルシアが死んでしまったら、どうしよう……) **ベナヤさんの祖父のエルダじいさんがやってきて、ヨハナンたちに草を食べさせにいってくれました。ヨハナンは、草を食べる気にもなりません。家にもどると、何度もそっとテントをのぞいてみました。 **ルシアは少しずつ良くなってきました。半月ほどして、やっとルシアは草を食べに出かけられるようになりました。 **ヨハナンは、ルシアのそばにいけません。遠くからそっとながめていました。 「ルシアも歩けるようになったから、きょうは遠くまでいこう」 **ベナヤさんがいいました。 「夜は囲いのないところで寝るから、仲間から決してはなれてはいけないよ」 **近くに草の生えているところがなくなってしまったので、草地をもとめて何日もかけて出かけるのです。 **エルダじいさんや、ベナヤさんの親戚の羊飼いたちが、それぞれ羊や山羊を連れて集まってきました。 **ベナヤさんは、いつものようにルシアを横におき、ヨハナンを呼びました。でも、ヨハナンは先頭に出ていきません。下を向いてベナヤさんと目をあわせないようにしています。 「ヨハナン、どうしたんだ? さあ、おいで」 **ベナヤさんが何度呼んでも、ヨハナンが来ないので、ニコルを先頭にして進みました。 長いこと歩いて、やっと草のあるところに着いたときは、すっかり日がくれていました。 **羊たちは、おなかいっぱい草を食べてねむりにつきました。 **ヨハナンは、なかなかねむれません。 「ぼくは、何て悪い羊なんだろう。ルシアにあやまらなきゃいけないんだけど、とてもあやまれないや……」 **ヨハナンが満天の星を見上げてつぶやいたとき、エルダじいさんの声がひびいてきました。昔からイスラエルに伝えられている神さまの言葉をベナヤさんたち、若い羊飼いに聞かせているのです。 「しかし彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。……私たちはみな羊のようにさまよい、おのおの自分かってな道に向かっていった」 (羊だって? 自分かってな道にむかっていったって?それって、ぼくのことじゃないか) **ヨハナンは、どきっとしました。 **エルダじいさんは読み続けます。 「しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた……彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれていく子羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない」 **ヨハナンには難しくて意味がよくわかりませんでした。でも聞いているうちに自分のやったことがどんなにひどいことだったかと気がついて、胸がズキズキ痛みました。 **エルダじいさんは、神さまの言葉を毎晩語りました。ヨハナンは、じっと耳をかたむけました。 「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる」 と、エルダじいさんがいったとき、とつぜん空が昼のように明るくなりました。ヨハナンは、おそろしくて前足で顔をおおいました。 「何だ、何だ、何事だ?」 **羊飼いたちも、わなわなとふるえています。 そのとき、空から鈴をころがしたような声が聞こえてきました。前足の間からおそるおそる見上げると、真っ白な衣を着た天使が輪を描いて飛んでいます。 「おそれることはありません。きょうダビデの町にあなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです」 **天使がいいました。 「救い主がお生まれになったって!」 **ベナヤさんが立ち上がりました。 「神さまの御子が、とうとうお生まれになったんだ」 **エルダじいさんは、涙を流しています。 「行こう、ダビデの町、ベツレヘムへ!」 **羊飼いと羊たちは立ち上がると野原を横切って、ぞろぞろと町へ入っていきました。 **羊飼いは、そまつな家畜小屋の前で立ち止まりました。 「これから、救い主をおがみにいく。一匹だけならいっしょに連れていって上げよう。いっしょにいきたいものは、前に出ておいで」 **ベナヤさんが羊たちにいいました。 **ヨハナンは、後ろの方にいましたが、どうしても救い主に会いたいと思って、前に出ていきました。 でも、ベナヤさんの横にルシアがいるのを見ると立ち止まりました。 (ベナヤさんは、一匹だけ連れていくっていった。ルシアを連れていったらいいんだ。ぼくなんか、救い主に会うしかくがない) **ヨハナンが、あとずさりを始めると、ベナヤさんがいいました。 「おいで、ヨハナン。お前をつれていこう」 **おどろいてつっ立ったままのヨハナンのところにベナヤさんがやってきて、ヨハナンの首にうでをまわしました。そしてヨハナンを連れて家畜小屋に入りました。 **飼い葉桶の中に、生まれたばかりの赤ちゃんが眠っていました。 (彼って、この赤ちゃんなんだ) **ヨハナンは、エルダじいさんの言葉を思い出していました。 (この方は、本当に神さまの子どもなんだ。ぼくのために生まれて下さったんだ) **とつぜん、ヨハナンの目から涙があふれてきて、ぼたぼたと干し草の上に落ちました。 **家畜小屋を出ると、ヨハナンはまっすぐルシアの方に歩いていきました。 「ルシア、ごめん。やぶの向こうにおいしい草があるなんていって、きみをだましたんだ」 **ヨハナンは泣きながらいいました。 「そんなこと、もういいわ。泣かないで、ヨハナン。きょうは、喜びの日よ」 「そうだ、きょうは救い主誕生の喜びの日だ!」 **ルシアとニコルがいいました。 **羊飼いと羊たちは、神さまを賛美しながら野原にもどっていきました。 おわり |