竜の山のひみつ

山のふもとの村にチトラという十一歳の少年が住んでいました。

チトラの部屋の窓から、高くそびえるピオトロ山がよく見えます。
昔からピオトロ山の地下には竜が眠っているといわれ、恐れられていました。

チトラは、毎朝起きるといちばんにカーテンを開けて山をながめます。
きょうのピオトロ山は、上の方が紫色のもやでつつまれています。


もやの中に何か動くものがちらっと見えました。
「おかしいなあ。だれもいないはずなのに」

ピオトロ山は三十年前に大噴火を起こしました。地底に住む竜が目をさまして噴火が起こったといわれています。
それからはピオトロ山に登ることが禁じられ、 村の大人達は、山の話しをすることもさけるようになっていました。


チトラは台所にかけていくと、朝食のしたくをしているお母さんにたずねました。
「お母さん。ピオトロ山の竜ってどんな姿をしているの?」
お母さんはびっくりしたようにチトラをみつめると、それには答えずに、
「お皿を並べてちょうだい。忙しいんだから」
と、パンとミルクをお盆に乗せて隣のへやにいってしまいました。

隣のへやのベッドには寝たきりのおばあちゃんがいます。

お父さんは、畑でひと仕事を終えて、食卓についていました。

チトラが考え事をしながら皿を並べていると、手がすべってしまいました。
がちゃんと音をたてて皿は半分に割れました。
「チトラ、何やってんだ!」
お父さんはいきなりチトラのほっぺたをばしっとたたきました。
チトラははねとばされて床にしりもちをつきました。

「竜のことなんか考えてるから失敗するんだ」
お父さんは真っ赤になって怒っています。

さわぎを聞きつけて、お母さんがとんできました。
素早くお皿のかけらを始末すると、お父さんに向かっていいました。
「何も、たたかなくたっていいのに」
「おれのすることに文句つけるのか!」
お父さんは立ち上がるといすをけとばし、
「朝飯はいらん!」
と、いってどしどしと床をふみならしながら、部屋を出ていきました。


お父さんは働き者ですが、ときどきこんなふうにかんしゃくを起こします。
チトラは、そんなお父さんのことが嫌いでした。

その日、チトラは学校にいてもピオトロ山のことばかり考えていて、先生のいうことがちっとも頭に入りませんでした。

家に帰ると、おばあちゃんのベッドにとんでいきました。

「おばあちゃん。ピオトロ山が噴火したときのようすを教えて」
「何で突然そんなこと聞くのかい? その話はちょっとできないよ」
おばあちゃんは悲しそうな顔をしました。

「お願い。どうしても知りたいんだ」
チトラが何度もしつこくたずねるので、おばあちゃんはぽつりぽつりと話し始めました。

「あれは、三十年前のことだ。山がぐらぐらとゆれてなあ、蒸気がふき出てきたんで、みんな急いで隣の村に逃げたんだ」
「おばあちゃんは逃げるときにけがをしてしまったの?」
おばあちゃんは足のけががもとで寝たきりになったと聞いていました。

「そうだよ」
「他にもけがした人はいるの?」
「いいや。みんなすぐ逃げたし、焼けた岩がふき出たのは、避難した後だったから、死んだ人はおじいちゃんだけ。 けがをしたのもわしひとりだ」
「おじいちゃんとおばあちゃんは、どうして?」
「お父さんが見当たらなくて捜してたんだよ」
「ええっ! お父さんが」
「まったく困った息子だよ。遊び歩いてたんだろう。噴火が始まってしばらくしてもどってきた。三人であわてて逃げていたとき、山から焼けた熱い石がふってきてな……」
おばあちゃんは、深いしわの中にある目をうるませています。

「そうだったのか……」
「でも、お前のお父さんが無事でよかったよ」
おばあちゃんは、涙をぬぐっていいました。


「チトラ。お前、まさかピオトロ山に登りたいなんて思ってないだろうね」
チトラは、あわてて首を横に振りました。


夏休みに入ると、チトラはひとりでピオトロ山のふもとまでいってみました。
登山道の入り口には太いロープが張ってあります。チトラは、ロープの向こうに続いている細い山道をながめてから、もどりました。

とちゅうで荷車を引いているお父さんと出会いました。お父さんは畑で取れた野菜を隣村に売りにいくところでした。
「お前、どこへいっていたんだ? まさか山へいったんじゃないだろうな」
「山になんかいくわけないだろう」
チトラは目をそらして答えました。

「ピオトロ山にある物は竜の物だから、小石一個でも拾ってはならないぞ。拾うと、竜が怒って目をさますからな」
お父さんはじっとチトラを見すえました。


次の日、チトラはいつもより早く目がさめました。今日のピオトロ山は、白い霧にすっぽりとつつまれています。
霧がすうっとチトラのところまで流れてきました。

「おいでよ。おいでよ」
霧の中から小さな声が聞こえました。
(ピオトロ山が呼んでいる)
チトラはこっそり家を出ると、山のふもとまでかけていきました。
(ちょっと登って、もどってくればいいんだ)
チトラは、ロープをくぐりぬけると、石ころだらけの山道に入っていきました。


しばらく進むと大きな岩が道をふさぎ、行き止まりになっていました。

山の斜面をのぼっていくしかありません。斜面は岩が階段状になって上まで続いています。チトラは、注意深く岩をよじのぼっていきました。

やっとのことで登りつめると、ぱっと目の前が開けました。はるか下に村が見えます。赤い屋根のチトラの家がつみきのように見えました。
チトラが体を乗り出すと、ずずーっとすべりだしました。長いすべり台をおりるようにそのままどんどん下にすべっていきました。

ようやく止まって、あたりを見回すと、そこはすり鉢状の火口の中でした。ふちのところからチトラはすべってきたのです。

火口のまん中には、小さな池がありました。池のまわりには、わずかに緑の草が生えています。のどがからからになっていたチトラは、池まで走りました。

池の水はすんでいて、冷たくのどをうるおします。中をのぞくと、底にきらきらと光る小石が並んでいました。

手にとってみると、親指の先ほどの大きさで、日の光を受けて七色に光っています。
「何てきれいなんだ。ひとつ持って帰ろう」
チトラはふと、お父さんにいわれたことを思い出しました。
(山にある物を持ち帰ると、竜が怒るなんてでたらめさ。こんど学校に持っていって、みせびらかしてやろう)

チトラは、ポケットに光る石を入れて、池のほとりで横になりました。心地よい風がほおをなで、うとうといねむりを始めました。 とつぜんゴゴゴーっと地響きが起こって、チトラは飛び起きました。
あたりはまたしーんと静まり返りました。

「なんだ、夢だったのか」
と、つぶやいたとき、さっきよりもっと大きな響きが地下から聞こえてきて、大地がぐらぐらとゆれました。

「あーあ、とうとう竜が目をさましちゃった」
ゆれがおさまったとき、聞き慣れない声がしました。見かけたことのない五才くらいの男の子がチトラのすぐそばに立っています。

チトラは目を丸くして男の子を見つめました。
「チトラ。竜の宝をポケットに入れただろう」
男の子は腕を組んでいいました。
「何だよ、お前。どうしてぼくの名前を知っているんだ?」
「それより、早くポケットの中にあるもの出して」
チトラは、年下のくせにいばっている男の子がにくらしくなりました。

「いやだね。自分の名前も言わないで、お前、生意気だぞ」

ずずんとまた大地がゆれました。グオーッと獣の吠える声もします。
チトラは、立っていられなくて、よつんばいになりました。
男の子はゆれにあわせてうまくバランスをとり平気で立っています。

「ぼく、ギブっていうんだ。お願いだから、竜の宝を元の場所に返して」
チトラは、ポケットの中に手をつっこんで、光る石を出しました。

そのとき、またはげしいゆれが起こって、大地が盛り上がりました。

チトラの体は地面に投げつけられ、てのひらから石がころがっていきました。
大地は突然ぱっくりと口をあけ、光る石は大地の割れ目にすいこまれていきました。


「あーあ、落ちちゃった。しょうがないな」
ゆれがすこしおさまると、チトラはため息をつきました。
「しょうがないではすまされないよ」
ギブは、じだんだふんで怒っています。
「どうして君が怒るんだよ?」
チトラがたずねると、
「ぼくは、山に住む竜のこと、よく知っているんだ。あの石は、地の奥底から竜が見つけてきた宝なんだ。チトラがその宝物を取ったから怒って竜が目をさましたんだ。これから大噴火が起こるよ」

チトラは、頭から血がすうっと引いていくのがわかりました。
「ギブ。噴火を止めることはできないの?」
 チトラはすがるような気持ちでたずねました。
「竜の怒りが静まれば、噴火は起きないよ」
「どうしたら怒りが静まるの?」
「宝をもとの場所にもどせばいいのさ」 「そんなの無理だよ。だって、石は、あの割れ目に落ちてしまったんだもの……」

チトラは石の落ちていった割れ目をのぞきこみました。暗くて何も見えません。割れ目のはばは五センチほどです。
ギブは、黙って池の方に歩いていって、池の縁に生えている葉をぬいてもどってきました。

「これは、竜の息がかかった葉っぱなんだ」
ギブはチトラの目の前にまん丸で黄緑色のつやつやした葉っぱを二枚差し出しました。
「この葉っぱは不思議な力を持っている。これを食べた者は、別の生き物に姿を変えられるんだよ」
「うそだあ」
チトラは、ギブのいっていること信じられません。

「虫になれば、この割れ目の中に入れるよね。ぼく、コオロギになるよ。草を食べているとき思い浮かべた物になれるからね。チトラは宝を運べるような虫になって」
ギブは、取ってきた葉のいちまいをチトラにわたすと、もういちまいを自分の口に押し込み、むしゃむしゃと食べました。


そのとき、ギブの姿がぱっと消えてしまいました。
チトラの足元で白い虫がぴょんぴょんとびはねています。
(まさか、この虫がギブ?)
チトラが手を差し出すと、虫がのぼってきました。色は白いけれどコオロギです。

「早くチトラも草を食べて」
コオロギが小さな声でいいました。
「きみのいったことは本当なんだな。でも、もとの姿に戻るときはどうしたらいいんだい?」
「役目を果たしたら、自然に戻るから大丈夫」


またゴゴーッと地響きがして、大地がゆれました。
「割れ目がふさがったらおしまいだよ」
ギブはさけぶと、チトラのてのひらから飛び降りて、地の割れ目にとびこみました。

「あっ、ギブ!」
チトラも草を口に押し込みました。
(石を運べるほど力の強い虫は何だろう……。そうだ、クワガタだ)


急にチトラのまわりの景色が変わりました。広いさばくのようなところにいます。

体の横に黒いへんてこりんな足が見えます。頭の上に二本の腕みたいな物が伸びています。
チトラは大きなはさみのあるクワガタ虫になっていました。
はさみを動かしてみると、カチンカチンと音がして閉じたり開いたりしました。

「これは、いいや」

背中を動かすと、ぱっと羽が開いて体が浮かび上がりました。
少し高く飛ぶと、大地の裂け目が見えました。


チトラは裂け目の中に入っていきました。

クワガタになったチトラの目は、暗くてもよく見えます。かなり深くもぐりましたが、底は見えてきません。
(どこまで深いんだろう?石は底まで落ちてしまったのかなあ)


はるか下にぎろりとした大きな目玉が見えました。
(竜がにらんでいる!)チトラはぞっとしました。


「チトラ、こっち、こっち」
かん高い声がひびいてきました。声のするほうを見ると、飛び出した岩だなにギブが乗っていました。

ギブの足元にはきらきら光る石が見えます。
「あったんだ。よかった」
チトラは石を注意深くはさみました。


ゴオオーッと不気味な音が底の方から響いてきて、土の壁が動いてこちらに迫ってきました。

「大変だ、チトラ。早くこの割れ目から出ないと押しつぶされてしまう」
ギブは、高くジャンプしてチトラの頭に飛び乗りました。
チトラは、石をつかんだまま体を少しななめにして飛びました。

上の方に空が細い線となって見えています。

しゅわーっと音がして、下から熱い蒸気がふき出してきました。おどろいたチトラは、思わずはさみをゆるめてしまいました。
でも、石は落ちません。ギブが前足ではさみが開かないように支えていたからです。


ようやくチトラは地上に出ると、地面の上にばたりと仰向けにひっくり返りました。

熱い蒸気で羽をやけどしてしまいました。つやつやした黒い羽の下にある茶色の薄い羽は、体にぴったりとはりつていています。
もう、飛べそうにありません。のどが焼けつくようで体が熱くほてっています。


やっとのことで、仰向けになっていた体を起こすと、すぐそばにいるギブに向かって叫びました。
「せっかく拾ったけど、もうだめだよ。宝の石を池にもどせないよ」
「石を持って歩いていけばいいじゃないか」
ギブはチトラのまわりをぴょんぴょんとびはねました。

「のどがからからで、そんな力、出ないよ」
チトラが泣きそうな声でいうと、ギブはチトラの目の前にやってきました。
ギブの白い羽の上に丸い水滴がついています。

「チトラ、これを飲んで」
チトラはごくりとのみこみました。のどがうるおって、六本の足に力がわいてきました。

「ありがとう。どうして水滴がついているの?」
「ぼくは、さばくコオロギなんだ。さばくコオロギは、水滴のつきやすい体になっているのさ。さあ、池まで急ごう」
チトラは石をはさみ、六本の足で歩き始めました。ギブはその後からついてきます。


割れ目の所から池まですぐだと思っていたのになかなかつきません。
地震で地形が変わって、池は離れたところに移動していました。


ゴーゴーと地鳴りがしたかと思うと地面から蒸気がふきだして、二匹をすっぽり包みました。
「熱くて、もうだめだ」
チトラがいうと、ギブがチトラの前にやってきて、また水滴を差し出しました。

池につくまで、チトラは、何度も何度もギブから水をもらいました。


ようやく池につきました。池の水はかれてなくなっていましたが、光る石はきれいに並んでいました。チトラはひとつ歯がぬけたようになっているところに、石を置きました。


ゴーゴーという音も地震も水蒸気も、ぴたっとおさまって静けさがもどりました。


気がつくとチトラは少年の姿にもどっていました。
(役目を果たしたからもとの姿にもどったんだな。あれっ、ギブはどこだろう?ギブも人間にもどっているはずなのに……)

地面に目をやると、いっぴきの白いコオロギが倒れていました。
コオロギは、からからにひからびています。

「ギブ……。君は、自分では飲まないでぼくに水をくれたんだね。ああ、ギブ……」
チトラの目から涙が流れました。涙がギブの体の上かかると、ギブがぱっと起きあがってぴょんぴょんとびはねていきました。


「あっ、ギブ、待って」
チトラが追いかけました。ギブは火口をのぼっていき、ふちのところでふっと消えてしまいました。


チトラが火口のふちをかけあがると、ふもとから男の人が山を登ってくるのが見えました。チトラのお父さんです。


「お父さん。どうしてここに?」

「地震が起きたから、きっとお前が山に入ったんだと思って追ってきたんだ。お前もギブと出会ったのか?」
お父さんは、おだやかにいいました。

「ギブのこと、お父さん知っているの?」
「ああ。わたしがお前と同じ十一才の時、ピオトロ山で竜の宝をぬすんでしまったんだ。 それで山が噴火したんだが……男の子が来て、噴火のおさまる方法を教えてくれたのに、お父さんはそれを信じなかった。ひきょうにもぬすんだことを認めないで逃げたんだよ」

「じゃあ、三十年前の噴火っていうのは……」
「そうだ。わたしのせいだったんだ。お前のおじいちゃんが死んだのも、おばあちゃんがけがをしたのも……」

お父さんは苦しそうに顔をゆがめ、ぎゅっとこぶしをにぎりしめました。


(いままでお父さんはこのことでずっと苦しんでいたんだな。だからときどきやりきれないようにかんしゃくを起こしていたのか……)
チトラはお父さんの気持ちが初めてわかりました。


「お前は、ギブのいうことを聞いてちゃんと宝を返したのだな。偉いぞ」
お父さんはチトラの頭をなでました。

「ぼく、偉かなんかないよ。自分のことばかりしか考えてなくて。ギブから水をもらったときだって、ギブものどがかわいているなんて考えもしなかった」

チトラの胸はずきずき痛みました。
お父さんはチトラの肩をやさしく抱きしめました。


「お父さん。三十年前にもギブがいたってことは……ギブっていったい誰なんだろう?」
「それは、わたしにもわからない。もういちど会って話がしたかったんだが……」
お父さんの目は少年のように澄んでいました。チトラは、お父さんがギブに何をいいたかったのかわかるような気がしました。


ふたりは仲良く山を降りていきました。


ふもとについて、ピオトロ山を見上げると、頂上は、桃色のもやにつつまれています。
「ギブ、ありがとう!」
チトラは山に向かって大声で叫びました。


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