ルドルフ・ファン・ケーレン(1540.1.28−1610.12.31)の計算

 ルドルフは生涯を円周率の計算に費やした人物として有名である。1596年の著書に20桁を公表している。
下は、ルドルフの肖像で、20桁が円の中に記されている。

        

 その後、さらに計算を継続して、1610年に、遺言によって、最終値、小数35桁が未亡人によって墓石に刻まれた。
1615年に出された遺著には小数32桁が公表された。

 ルドルフの求めた35桁は、次のような、教会の墓碑銘の記録(Les Delices de Leide,1712年)に収録され、
これによって、長く、後世に伝えられてきている。 
 これから、生年を1539年とするのは明らかに誤りで、1540年が正しいことがわかる。
『岩波西洋人名辞典 増補版』(岩波書店、1981年)にケーレンの項があるが、生年の日付が18日で誤植である。




 ルドルフの墓石は、Leidenの、St.Pieter教会の管理者によって、1626年に売られ、さらに、1718年に転売
された。古文書によると、ルドルフの墓石の番号は6であった。1938年に行われた追跡調査では、ルドルフの
墓碑銘は発見できなかったということである。その経緯については、次のような報告に詳しい。

 The Mathematical Gazette、22(1938)、pp.281−282. (文献10の Pi:A Source Book の8に収録されている。)



 なお、三浦伸夫「円測病に憑かれた人たち」(数学文化、第1号、所収)によれば、ルドルフの墓石は、
2000年に復元されたということである。


(2004年8月1日、付記)ルドルフの墓石の復元について

 ホームページ開設時(2004年4月)には、ルドルフの墓の復元についての情報を得ていなかった。
それで、「ルドルフの墓の復元の詳細をご存知のかたがいれば、ご教示ねがいたい。」と記載しておいた。
 2004年7月7日、文献10の最新版である、Pi:A Source Book, Third Edition(Springer−Verlag, 2004)が
初めて入手できたので、さっそく、Second Edition(2000)との違いを調べてみたところ、第3版への序文に、
レイデンの Pieters 教会にある、ルドルフの新しい墓石を写した、Karen Aardal の写真の掲載許可への献辞が
載せてあることに気がついた。この本の771頁には、次のように載せてある。

 The tombstone vanished long ago although the number was and is still called Ludolph’s number
 in parts of Europe. The tombstone was redesigned and rebuilt from surviving descriptions and
 sculpted by Cornelia Bakkum as reconsecrated July 5,2000.

(ヨーロッパの一部ではなお、ルドルフ数と呼ばれているにもかかわらず、その墓石はずっと以前に消滅してしまった。墓石は
残された記述から、再設計されて建てなおされ、Cornelia Bakkumによって碑銘が刻まれて2000年7月5日に再奉献された。)

Pi:A Source Book, Third Edition(2004)の777頁には、Karen Aardal の写した「再建されたルドルフの墓石」の写真が掲載されている。墓碑銘は、墓石が曲面をなしているために、掲載写真では、左右端が不明瞭になっていて、全文は読み取れなかった。

ところが、2005年7月7日に、Opentopia Encyclopedia の Ludolph Van Ceulen の項目で、Eternal links にあるとおり、
[Het grafschrift van Ludolph van Ceulen](in Dutch) を開くと、オランダ語で墓碑銘の解説があり、読み取れない左右端の部分が次のように判明した。すなわち、完全な再建の碑銘文は、次の通りとなる。


   HIER LE I T BEGRAVEN MR.LUDOLPH VAN CEULEN
   GEWESEN NEDERDUYTSCH PROFESSOR INDE 
   WISCONSTIGE WETENSCHAPPEN  INDE  HOGE
   SCHOLE DESER STEDE GEBOREN IN HILDESHEIM
   INT JAER 1540 DEN XXVIII JANUARY ENDE GE−
   STORVEN DEN XXXI DECEMBER 1610 DE WELCKE   
   IN SYN LEVEN DOOR VEEL ARBEYDS DES RONDS
   OMLOOPS NAESTE REDEN TEGEN SYN MIDDELLYN
   GEVONDEN HEEFT ALS HIER VOLCHT 


                     ALS
               DE MIDDELLYN IS      
                      1
       DAN IS DEN OMLOOP MEERDER ALS

     14159265358979323846264338327950288
   3――――――――――――――――――――――――
    100000000000000000000000000000000000

               EN MINDER ALS

     14159265358979323846264338327950289
   3――――――――――――――――――――――――
    100000000000000000000000000000000000

        MAER ALS DE MIDDELLYN IS
―――――――――――――――――――――――――――――――(周囲にリング)
    100000000000000000000000000000000000


  (注)ALS DE MIDDELLYN IS 以下、の文の部分を円で取り囲んであって、直径にあたるところの周囲を
    リングが、墓石から少し離れて、取り巻くようになっている。円の周縁には、次の文が取り巻いている。

    DAN IS DEN OMLOOP MEERDER ALS 314159265358979323846264338327950288
    EN MINDER ALS 314159265358979323846264338327950289