| 管理人ご挨拶とプロフ |
| 管理人 山城の画餅 ご挨拶 (旅のテーマ) |
| 柱に印象された刀痕や弾痕は、物理的に言えば、「単なる窪み」であります。 しかし、その窪みの裏に、人の生命を掛けた戦闘、歴史を変えた事案が潜在すると思えば、その原因や、履歴に纏わるロマンを知りたくなるのは人情でありますが、されば、如何にして知るかとなりますと、詰まるところ「痕跡のことは痕跡に聞く」のが早道と、痕跡探訪の旅を始めました。 この旅は結構楽しく、例えば、新選組芹澤鴨が、島原「角屋」で暴れてつけた刀痕が、やがて、新選組屯所「八木邸」における「芹沢鴨暗殺の刀痕に、そして遠い北国五稜郭へと連鎖発展し、個々独立と見える痕跡も、互いに互換性を持っており、一箇所でも探訪すると、その旅は止まらなくなってしまいます。 更に、痕跡管理者様から、「未世出の痕跡の謂」等、又訪問先の地元の方達から、土地土地の歴史自慢、伝説、民話を拝聴出来る人情に触れたときは、楽しみも倍化し、いよいよ旅が楽しくなってしまいます。 旅の途中、「痕跡の履歴」が全く不明のものに遭遇したこともありましたが、その部分は、自己流の「見分」と「稚拙な検証」を実施し、その結果を加味して「自分で空想仮説を駆使し組立、夢幻に遊ぶ」喜びがあることもこの旅で知りました。 筆者には、史実知識希少であるからこそ、痕跡に対する空想や仮説は、何の束縛をも受けずに、大胆無限に拡大し、時には英雄となり、策士となり、武士や侍に変身して、縦横に駆け巡ることが出来ました。 本文は、この様に、史実を記したものではなく、筆者の主観的内容を含有する、単なる史跡探訪の旅行感想記であり、文芸的にも歴史的にも意味のないものですが、痕跡に関しては「この目で見たもの」だけを記していますので、お茶うけ話の題材にでもしていただけたら幸せであります。 当頁に「何が言いたいのか、何が分かるのか、なんじゃこの頁の意義は?」等とお聞きすることもありますが、私、痕跡を前にして時の空想を楽しむ事が趣味で、その為に旅を続けており、自己満足の為に、大切なスペースを個人的使用させて頂く引け目も御座いますが、何分よろしくのご理解をお願い致します。 この様な訳で、何時か貴方の街で、痕跡を測定し、撮影したり、意味なく物思いに耽り佇む、怪訝な初老を見かけたら、お笑いにならないで、お気軽に「山城の画餅」ではないかとの声かけをしてください。 |
| 本サイトに言う「痕跡や史跡」の意義、詳細照会等 本サイトに言う「痕跡」は、当然「刀痕、弾痕」でありますが、ここにアップのものが全て学術的に裏付けされたものではありません。 例えば、旅の途中、町内長老様や、タクシーの運転手様が、「○○の痕跡があるよ」と教えて下さり、現物を確認してその痕跡があれば、それだけで、そのまま「○○の痕跡」としてアップしておりますので、真偽は各自調査してください。 痕跡命名において、言った者勝ちとなり、悪貨に良貨が駆逐されてはなりませんので、今見たものや、聞きました話はそのまま残さねば、明日は老朽して消滅、或いは加工され、偽物が本物になったりしてしまうかも分かりません。 私は、噂だけの痕跡でも訪ねて、管理者様等の説明を楽しみ、想像を加え、又情報を土地に伝わる民話として、一度は自分に取り入れて楽しんでおるだけでありますので、読者各位様には宜しく理解と読み分けを下さいますようお願い致します。 尚、探訪先痕跡は、故人が生死を掛けた痕跡でありますがため、今の世に「生きているもの」がございますので、その点も配意下さいますようお願いいたします。 探訪先や内容詳細照会等には、照会者が「自己の姓名を名乗って照会下さった方」のみに回答する事と致しております。 以上、私にとって痕跡とは、小説であり、詩であり、お芝居であり、絵画であり、音楽であるわけで、本文は、それら素晴らしい読物等を、聞き、見た、感想文であります。 |
| 御礼、おことわり、参考文献等 |
| 更 新 | 当ページは、開設以来、2〜3ヶ月に一度位の、旅の進行に合せた更新を心がけています。 | |
| 連 絡 | 管理人への連絡は、気軽にメールを使用下さいますようお願い申し上げます。(但し歴史問答はお許しください。) | |
| 御 礼 | 探訪に際し、わざわざ開門下さいました各寺院様、仕事の手を休めて下さいました料亭様、、各史跡管理者様、各資料館様 史跡に関係される町内の皆様、色々とお世話になり有難うございました。 |
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| 参考資料等 | ○ 本文記事は、自己感想の他は、探訪地の戊辰戦争関係書籍、公機関並びに施設管理者様設置、又は発行の高札、案 内板やパンフレット説明書の写し、又は人様論文のいいとこ抜取の繋ぎ文が全文を占めますが、旅の指針として使用させ て戴いたものと許容くださるようお願い致します。 ○ 資料として,抽出使用させていただきました参考書、文献、ホームページ様等は、その都度、引用や出所明記等を心掛け ておりますが、もし不愉快を感じられた方は、一報下されば即時措置させていただきます。 ○ 本文に関する史実問答は出来ませんが、痕跡は総て筆者が対面し、現実に所在した痕跡をアップいたしております。 |
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| 資料持出 お願い |
○ 個人様住宅を特定出来る写真、個人様プライベートに関係する写真等は、全て権利者様、管理者様の許可を得て撮影、 アップしていますが、中には、「当サイトに使用のみ」の「条件許可」の物を含みますので、持出しには、先に先方権利者様 の許可を得てからにして下さるようお願い致します。 |
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| 京都御所風景 | 京都二条城の風景 | 新選組誕生地金戒光明寺風景 | 鳥羽の戦本陣城南宮風景 |
| 管理人プロフ | |
| 氏 名 | 「山城の画餅」と申す男性です。 |
| 年 齢 | 2008年 古希となりました。 |
| 職 業 | 定年退職の無職 |
| 性 格 | 協調性があり、大勢に乗っていきますが、反面付和雷同で、自主性に欠ける面があります。 |
| 趣 味 | 幕末史跡探訪。 |
| 人 物 | 私は、如何なる団体、結社、組織、組合、政治団体、宗教 等に一切の関係は御座いません。 しかし、小学校のクラス会と、隣組町内会の、町内清掃や地蔵盆行事等には、万難を排して出席するよう心がけています。 |
| 敬 遠 | 自分の物差しで人を計る人。 ヒサシの長い帽子(野球帽も含む)を冠っている方。 サングラスを掛けている人(病人は別)。 |
| 持 論 | 正道を、胸をはって、大手を振って、背筋を伸ばして歩き、大声で挨拶をしよう。 争いは、必ず絶対双方に原因があり、よって喧嘩は両成敗にすべし。 |
| 信 条 | 新選組「局中法度」を、信条、座右の銘として40年間勤務、無事退職。 男はこれだけ遵守しておればよい。 |
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| 壬生寺の近藤勇銅像 | 京都時代祭の勤皇の志士 | 京都時代祭の和宮 | 鳥羽に所在の東軍戦士供養塔 | |
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| 更新の記録 | |
| 2004. 2.16 | 開設 京都編をアップ |
| 2005. 7. 2 | 画像掲示板を中止 |
| 2006. 8.29 | 京都 寺田屋の刀弾痕を新事実判明の為本ページから削除 |
| 2007. 4.23 | トップページ御所の写真を刀痕写真に更新 |
| 2007,06,04 | 100探訪記念 |
| 2007.12.14 | 番外の刀痕を新規アップ |
| 2009. 6. 2 | 一揆刀痕を新規アップ |
| 2009.12. 1 | 表紙に別室「宇治で遊ぼう」をリンク |
| 2010, 5,21 | 以後2〜3ヵ月に一度、新規痕跡をアップ。 |