酉の良き友人であり、ライバルでもある、同期入社のF氏(仮称)が、ドイツに1年間赴任することになった。2001年初夏のことである。そして1年後、ドイツの美味いビールとソーセージとジャガイモ料理を皮下脂肪に変換しまくったF氏は、無事帰国を果たしたのであった。
それは、2002年のアウトドアシーズンが終わりを迎え、信州の長い冬が始まろうとしている11月初頭のある日曜日のことでした。F氏から酉小屋へ、電話がかかってきたのです。電話の内容はLAN環境に関する相談で、その話はすぐに終わったのですが、たまたまF氏が酉小屋の近くに来ているということだったので、時間があったら遊びに来るように誘ったのでした。この電話が全ての始まりだったのです。
ほどなくして、F氏が姿を現しました。酉小屋では、ちょうど一週間前にメインマシンのアップグレード改造を行ったばかり。しばしニューマシン談義に花を咲かせた後、おもむろにF氏がウェブブラウザを立ち上げ、なにやらサイトを探し始めました。やがてモニタに表示されたのは・・・マウンテンバイクを自在に操り、飛んだり跳ねたりしてる人達の動画データ(!)でした。中でも目を引いたのは、地面に寝そべった人の上をマウンテンバイクで飛び越えていくシーン。それまで酉はBMXやMTBのことをよく知らなかったので、ジャンプってのは何かジャンプ台のようなものを使っているのだと思っていました。しかしそのデータの中では、何もない地面の上から、まるでピョンと飛び上がるようにジャンプしています。「すげー、あんなことできるんだ・・・」と感心している酉に、F氏は「あれはバニーホップというんだ。どう、やってみないか?」と囁きかけたのでした。
実はF氏、体重が増えたばかりか、健康診断で引っかかって、医者から運動するように言われているとか。そして手軽にできる運動として、マウンテンバイクを選んだらしい。そしてその魅力に取り憑かれ、当初の減量目的はどこへやら、今ではすっかり、山道を走り下るダウンヒルや、広場でのトリックにハマッているという。
そんなF氏は、私の目の前で自転車通販サイトをいくつか開いて、マウンテンバイクの相場やパーツのグレードの見方を説明し、ついでに「今はちょうど2002年モデルから2003年モデルへの切り替わり時期だから、旧モデルのお買い得品がいろいろ出てるよ。松本のアルペンにも現品限りのいい奴があったよ。」と言い残して、去っていきました。
今にして思えば、この時点でマウンテンバイク購入の条件は、すっかり整えられていたのでした。今まで乗っていたママチャリが古くなり、タイヤは擦り減り、ブレーキはキーキー音を立てているのでそろそろ自転車の買い替えを考えていたこと。高校時代、通学用にミヤタのカリフォルニアロードに乗っていて、自転車で走る楽しさを知っていたこと。そして私自身、日頃の運動不足を感じていて、迫りくる中年太りの恐怖に怯え、何とかしようと思っていたこと・・・
そんなわけで、F氏には「そんなこと急に言われたって、マトモな自転車は結構高いから、買えないよ〜」と言いつつ、内心では既に「どこで、何を買おうか?」という検討を始めていたのでした。
まず、F氏が言っていたアルペン松本店へ行ってみました。そこにあったのは、GiantのATX-860。これはさらに古い2001年モデルですが、比較的良い部品を使っていて、値段は49,800円。これは非常にお買い得なんだけど、残念ながらサイズが小さ過ぎ。隣にはATX-850が44,800円で出ており、こちらでもいいかなーと思ったんだけど、何となくデザインが気に入らなかったので、もう少し考えてみることにしました。
そうこうしている間にも、F氏からは続々と「あそこの通販サイトに出物があったよ」「こっちのモデルもお買い得だよ」という悪魔の囁きメールが届きます。それほど乗り気じゃない素振りを見せつつ、それらのサイトを丹念にチェックしているうちに、あるページが目に留まりました。そこには、酉の感覚からすると「ちょっと派手かなー?」と思うオレンジ色の車体の写真がありました。でもなぜか、そのデザインが一目で気に入ったんです。シュウインというメーカーの、MOAB3。ネットで調べてみると、コストパフォーマンスが良い人気車種だったようです。値段は定価88,000円のところ、型落ちということで62,100円。他のサイトと比べても安いようです。
・・・そして、ふと我に返ると、手元には「ご注文の確認メール」が届いていたのでした。(笑)
注文から4日後、自転車が届きました。とりあえずサドルの調整だけして、家の前の道で試し乗り。ペダルを踏み込んだ瞬間、「コレだよ、コレ」という感動(と言うとちょっとオーバーかな)が湧き上がりました。ママチャリとは全く違う、ひと漕ぎごとに自転車ごと体が前へ押し出されるような加速感。長い間忘れていた「走る楽しさ」を思い出し、ちょっと試し乗りのつもりが、1時間ほどあちこち乗り回してしまいました。
その後、F氏と一緒に山道へ走りに行ったり、公園でウィリーやバニーホップの練習をしたりしていたんだけど、間もなく雪が降って、アウトドア活動のシーズンは完全に幕を閉じました。それでも晴れた日を見計らっては、遠乗り(ってほどじゃないけど)を繰り返す日々。来シーズンになったら、この自転車に手を加えてクロスカントリー仕様かロード仕様のどちらかに特化し、もう一台別の種類のマウンテンバイクを買おうかなーと思いつつ、自分の急激なハマリぶりに我ながらあきれているのでした。