ルーマニア旅行記(2002.10)

BGM

スチャヴァ   

 スチャヴァは、ルーマニアの北部、モルドヴァ・ブコヴィナ地方にあり、1388年から1565年までモルドヴァ公国の首都として発展した古都です。
 モルドヴァ公国は、一時オスマン・トルコの支配を受けましたが、
シュテファン大公がこれを撃退し、後継のボグダン3世、ペトル・ラレシュ公の治世下において黄金期を迎えたとのことです。
 
ルーマニア最大の見所とされる「五つの修道院」もこの時代に建設されたとのことです。
 この度の旅行では、「五つの修道院」のうち4つの修道院を見学することができました。

ヴォロネッツ修道院
 この修道院は、1488年にシュテファン大公の命によって建てられたもので、外壁の東面には「聖人伝」、南面には「エッサイの樹」、西面には「最後の審判」のフレスコ画が描かれています。
 最後の審判とは、生きている人のほか、
死者も復活して生前の行いを神に裁かれるというものです。
 この修道院の
フレスコ画は青を基調とされていますが、500年以上を経過している割には退色も少なく鮮やかでした。

 これらフレスコ画は、
文字の読めない者にも分かるように繪で説明したものであり、火の輪が敵を殺しているマリアの奇跡を説明し、最後の審判で地獄に落ちるのは敵(トルコ兵)であること、「神を信ずれば必ず勝つ」ということを伝えようとしています。
礼拝時刻の合図
 上のGGS のスタートボタンをクリックすると、修道女が礼拝の時を知らせるため、長さ2メートル余りの細長い板(日本の木造住宅建築に使用する貫[ヌキ]板に似たもの)を肩に担ぎ、建物のまわりを廻りながら小槌で叩く音を聞くことができます。

フモール修道院
 この修道院は、1530年にモルドヴァ公国のブブイオグ大臣夫妻によって建てられたと言われる小さな修道院です。
 この修道院の
フレスコ画は、赤を基調としていますが保存状態はあまりよくなく、かなり剥げ落ちていました。
 南面にはコンスタンチノーブルの包囲に向かう騎兵が描かれており、
トルコ人が敗者として描かれています。


大城塞
 スチャヴァの街の東に小高い丘陵があり、大城塞と呼ばれる遺跡あります。
 モルドヴァ公国初代の大公ペトゥル1世が1388年にこの城塞を築いたと云われます。
 その後、歴代の君主が強化を図り、シュテファン大公の代に今のような規模の城塞が完成したといわれ、壁の 厚さは、ところにより2〜4メートルにもされており、強固なものとなっています。
 城の中には礼拝堂跡もあり、弾薬庫跡も残っています。


チプリアン・ポルムベスクの生家
 約100年前、ルーマニア独立運動にかかわり政治犯として投獄された悲運の作曲者によって書かれた秘曲と言われる「バラーダ」は、日本では「望郷のバラード」と呼ばれていますが、この作曲者がチプリアン・ポルムベスクです。
 この曲は1985年、チューリッヒに亡命していた漂泊の楽人イオン・ヴェレシュが、日本人外交官に「この曲を弾くのに相応しいヴァイオリニストがいたら・・・」と1枚の楽譜を託しました。
 その後、1992年外務省東欧課長の職にあったかの外交官は、偶然にルーマニアのブカレストでのコンサートで天満敦子と出会うこととなり、このことから
1992年12月16日天満敦子により「望郷のバラード」が日本で初演されることになったとのことです。
 このことから、天満敦子さんはルーマニアとの縁が深くなり、今年の
「日本・ルーマニア修好100周年」を記念したコンサートにも参加されることになったようです。
 「望郷のバラード」は、
投獄にあったとき故郷を偲んで作曲したと云われ、哀愁に満ちた曲です。
 私は、この度の旅行で、天満敦子さんによる演奏を3回も鑑賞することができましたが、ストラディヴァリウスから流れる美しい旋律は深く心に沁みました。

 
チプリアン・ポルムベスク( Ciprian Porumbescu )の生家は、スチャヴァから国道17号線を西へ十数キロのところから南に分岐した山道を数キロ行ったところにありました。( 村の名前もCiprian Porumbescu です)  バスを降りてしばらく坂道を登ったところに柵を巡らした庭があり、平屋の小さな家がありました。
 その日は、運悪く柵はしまっており中に入ることは出来ませんでした。
 チプリアン・ポルムベスクの村は秋まっさかりで、道の両側の
森は美しい紅葉で輝いていました。
 
スチェヴィツァ修道院
 この修道院は、五つの修道院の中で最も大きく敷地も最も広いと云われます。
 敷地は高い塀で囲まれており、外から見るとまるで城塞のようです。
 外壁のフレスコ画の保存状態もよく、鮮やかな繪を見ることが出来ます。
 北側の壁には
「天国の梯子」が描かれており、天国に至る32段の梯子には悪魔の誘惑と戦いながらのぼる修道士が描かれ、梯子の下(左)には地獄、右には天国となっています。
 西側の壁には、他の修道院と同様な
「最後の審判」が描かれています。

磁器工房見学
 スチャヴィツァの東数キロメートルのところにマルギネアという村があり、ここに黒色磁器の工房が有ります。
 この磁器はこの地方にしか存在しないと云う珍しいもので、
焼き上がった磁器は真っ黒でした。
 工房では足で蹴って廻す轆轤を使って作業をしていました。工房の隣には製品を陳列したお土産店があります。

モルドヴィツア修道院
 モルドヴィツァ修道院は、スチャヴィツァ修道院から南東約20kmのところにあります。
 この修道院にも他の修道院と同様に、「最後の審判」や聖人、天使達のフレスコがが描かれていますが、この修道院独特なものに、
戦場の場面を描いたものがあります。
 626年のペルシャ軍襲来がモチーフとされ、ビザンチン帝国の都コンスタンチノーブルの砦で守るキリスト教徒、これを海を越えて攻撃するペルシャ軍が描かれています。


 この修道院の入口には、
小さなアーチ型のくぐり戸がありますが、そこには真っ赤な葉を付けた葛がからまっていました。
 私達が葛の落ち葉を拾っていると、修道女がやってきて葛の蔓を切ってくれました。修道女はとても親切で、浮き世の人を懐かしむかのようにも見えました。


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