ポーランド旅行記
クラクフ
ポーランドの首都がワルシャワに移された1596年以前は、クラクフがポーランド王国の首都でした。
ポーランド王国が最も栄えたのは、1386年から1572年まで続いた「ヤギェウォ王朝」の時代であり、当時のクラクフは、ウイーンと並んで中央ヨーロッパの文化の中心であったとのことです。
クラクフは、第2次世界大戦でも奇跡的に戦災を受けなかったとのことで、街並みは中世の歴史と芸術をそのまま残しており美しい街です。
クラクフ市街図
数字は観光の順序を示します。
(1) 旧市庁舎塔
(2) 織物会館<<
(3) 聖バルバラ教会
(4) 聖母マリア教会
(5) ヴィスピアンスキの家
(6) ミツキエヴィッチの像
(7) 聖ヴォイチェフ教会
(8) 王様街道
(9) ピエルニキの店
(10)聖フランシスコ教会
(11) 聖ドミニク教会
(12) 聖アンドレア教会
(13) 市庁舎
(14) 聖ペテロ・パウロ教会
(15) ヴァヴェル城
(16) ヴィスワ川
(17) 火を吹く竜
(18) ヴァヴェル公園
(19) ヤギェウォ大学
(20) チャルトリスキー美術館
(21) 武器庫
(22) フロリアンスカ門
(23) バルバカン
(24) 裁判所
(25) 美術アカデミー
(26) チョコレートの店(WAWELU)
(27) ホテル・グランド
旧市庁舎塔
市の中央には、広さ4万平米と言われる中央市場広場がありますが、その広場に高さ70mの旧市庁舎塔があります。
旧市庁舎の建物は、1820年に取り壊されましたが、そのときこの塔だけが残されたそうです。
現在は博物館となっており、てっぺんまで上れるようになっているとのことです。
織物会館
中央市場広場の中央に、ルネッサンス様式の堂々とした建物「織物会館」があります。
この建物は、14世紀に建てられたもので、当時は衣服や布地の交易所であったことからこの名が付けられたとのことです。
現在、1階はみやげもの屋になっており、木彫りの民芸品やアクセサリー、刺繍などを売る店が並んでいます。
上階は、ギャラリーになっており、18世紀から19世紀のポーランド絵画が展示されているとのことです。
私達は、夕方に1階にあるカフェ「ノヴォロルスキ」でティータイムをとりましたが、私はホットチョコレートにしました。
聖母マリア広場と聖バルバラ教会
中央市場広場の1ブロック東に聖母マリア広場がありますが、ここには沢山の鳩がいました。
餌をあたえるので増えすぎて困っているとのことでした。
この広場に面して聖バルバラ教会(15世紀のもの)があります。
聖母マリア教会
中央市場広場の東の角に一段と高い塔を持つ「聖母マリア教会」があります。
この教会は、13世紀末から15世紀初めのもので、内部には、1477年から1489年にかけて造られた主祭壇(国宝)があります。 この主祭壇には、樫の木とシナノキが使用され、幅11m、高さ12.85mと大きく、欧州最大とのことです。
この主祭壇には、マリアの戴冠、マリア被昇天、聖スタニスワフ、聖ヴォイチェクなどの像が彫刻されています。
主祭壇の他に、聖アグネス、聖ヨゼフ・ネポムツキ、キリスト、聖体器、の祭壇があります。
なお、ステンドグラスには、旧約聖書の話、黒いマドンナ、リトアニアの夜明けのマリア(1894年)などが描かれています。
塔の上からラッパ
聖母マリア教会の塔から毎正時にラッパが吹かれています。
これは、1241年、タタール人がクラクフを襲ったとき、タタール人の襲来を告げるラッパをこの塔から吹き鳴らしましたが、タタール人の放った矢がラッパ手の喉を貫き、ラッパ手を殺しました。
それを記念して今もこの塔の上から(四方に向かって)ラッパが吹き鳴らされていますが、吹奏の途中で止まります。
なお、中央市場広場の周辺には、ヴィスピアンスキの家(フレスコ画をデザインした画家・詩人)、ミツキェヴィチ像(詩人)、聖ヴォイチェフ教会(12世紀ロマネスク。今はバロック)などがあります。
王様街道
中央市場広場の南の角からヴァヴェル城方面に伸びる通りがありますが、この通り(バルバカンからヴァヴェル城までの2km)は「王様街道」と呼ばれています。
この通りにも「ピエルニキ」の専門店がありました。
なお、中央市場広場とヴァヴェル城の間には、聖フランシスコ教会(13世紀建造。1386年にヤギウェオ王の洗礼)、聖ドミニク教会(12世紀)、市庁舎、入り口のレリーフ(ライオン、サイ、ゾウ、聖ヨハネ、天使達など)、ヴィット・シュトツの家(1478〜93年、主祭壇の作者)、ヤギウェオ大学法学部、聖ペテロ・パウロ教会(17世紀・バロック)、聖アンドレア教会(12世紀。唯一のロマネスク様式)、聖マリア・マグダレナ広場と神父・作家スカルガ像(16世紀)、カノニチャ通り、カニニチャ通り(祭司通りの意)、司教の紋章、コペルニクスホテル、ヨハネ・パウロ2世研究所、司教区博物館(かってヨハネ・パウロ2世が居住)などがあります。
ヴァヴェル城
クラクフ旧市街の南の端、ヴィスワ川のほとりに歴代ポーランド王の居城「ヴァヴェル城」があります。
城門を入ると、左側にレンガ造りの大聖堂、黄金のドームがあります。
大聖堂は、1364年に建てられたバロック様式の大きな建物で18世紀まで歴代ポーランド王の戴冠式が行われたそうです。
黄金のドームは、ジグムント・チャペルで、ポーランドで最も美しいルネッサンス建築の傑作と言われます。
中庭から大聖堂に沿って奥へはいるとヴァヴェル城の入り口があります。
中には、大中庭、旧王宮中庭がありますが、まわりの建物の片隅に「チャクラム」と呼ばれる場所があり、二人の男性(観光客か市民)が立っていました。
「チャクラム」とは、「地球のエネルギーが集まる隅」のことで、二人の男性はそのエネルギーを得るために立っているとのことでした。(下段・右の写真)
そのエネルギーにはどんな作用があるのか分かりませんが、私達も真似をしてしばらく立ってみました。


ヴィスワ川と火を吹く竜
ヴァヴェル城の南の麓、ヴィスワ川べりに、「竜の洞窟」があると言われますが、これには次のような伝説があります。
昔、ヴィスワ川に竜が住んでいて、付近に住む美しい娘をさらっては食べていました。
そこで、靴職人の弟子が竜をだましてタールと硫酸を染み込ませた羊の肉を食べさせました。
すると喉が乾いた竜はヴィスワ川の水を飲み続け、ついに体が破裂してしまいました。
靴職人の弟子は王の娘と結婚したと言う話です。
ヴィスワ川の畔には「火を吹く竜」の銅像(下の左の写真)が立っています。

ヴァヴェル城からの帰り道は、ヴァヴェル城公園を通りましたが、その周辺には「シンドラーのアパート」、山学校、ヤギウェオ通り、ヤギウェオ大学、コペルニクス像などがあります。


チャルトリスキー美術館
私がポーランドに旅行したいと思ったきっかけの一つは、NHKのテレビ番組「チェチリアに捧ぐ レオナルド・ダ・ヴィンチ」を見て、「白貂を抱く貴婦人」の絵のことを知ったことでした。
この度の旅行では、是非ともこの絵を見たいと思っていました。
この絵は、しばしば外国へ貸し出しているので見れないことがあるとのことでしたが、今回は運良く見ることが出来ました。
私達が宿泊したホテル「グランド」は、もともとチャルトリスキー美術館の持ち主であった貴族「チャルトリスキー」の宮殿であったとのことで、豪華なホテルでした。
また、ホテルは美術館の近くにあり、美術館に行くにも便利でした。
美術館の中には絵画の他に、昔の甲冑や家具なども展示してあり、待望の「白貂を抱く貴婦人」の絵は中程のありました。
私は、是非とも綺麗な写真を撮りたいと思い数枚の写真をとりましたが、フラッシュが使用できないため暗い写真となってしまいました。
「白貂を抱く貴婦人」につて(Q&Aページ)


フロリアンスカ門とその周辺
クラクフ2日目には、アウシュビッツ強制収容所とビルケナウ強制収容所の見学に出かけましたが、その朝ホテルの周囲の以下の建物を見学しました。
武器庫(城壁)、フロリアンスカ門(下の上段・中央の写真、14世紀建造。17世紀改築、聖フロリアンスカは町の守護聖人)、バルバカン(下の上段・右の写真、15世紀末)、裁判所、美術アカデミー


★「概要」のページへ
★次の「アウシュビッツ強制収容所(オシフィエンチム)」へ