十二月二十四日、夕刻。
 ESTLは全館、クリスマスの装飾で綺羅綺羅しく飾り立てられていた。
「全く……敬虔なキリスト教徒連中だけならまだしも、何で仏教徒やヒンズー教徒やイスラム教徒その他諸々まで付き合わねばならんのだ」
 ぶつぶつと文句を口にしながら館内を歩いているのは、偏屈変人科学者として名高い賢治=ルース=十条博士である。昔で言う「純日本風」が彼の基本的な趣味だ。
「クリスマスにここまで盛大に騒ぐなら、花祭りだって祝って然るべきだろう」
 しかし今時花祭りを祝う敬虔な仏教徒など、探したってそうそう見つかるはずも無いのだった。

 彩葉はテーブルの上に転がっている球状のオーナメントをじっと見つめる。
 オーナメントは小刻みに震えたかと思うと、ふわり、と宙に浮いた。そしてそのままツリーに向かって飛んでいき、輪が枝に引っかかった。
 そして次には、派手なメタルピンクのモールが飛行機雲のようにたなびいた。
「――よし!」
「板橋さん、随分力の使い方が巧くなってきたわね」
「そりゃ、毎日晴海君と一緒に訓練してますもん♪」
「ははーん、そういうことか」
 意味深なイントネーションでキャサリンが言ったが、彩葉は全く動じず、「そういうコトです」と澄まして返した。
 ドアの近くの方ではロッキーが、何やら小さな紙製の手提げ袋を持ってうろうろしている。はっきり言って挙動不審である。
「ううん、えーと、まず何て声を掛けよう……やっぱり自然に『赤羽さん』と呼び止めた方が良いかな、それとも――」
「あ、スタンレイさん」
「はっ!?」
「識菜なら今日はバイト休みだよ」
「何ですとっ!!??――とーっとっとっとぉ!!」
 ギャグ漫画並みのオーバーリアクションで驚愕したロッキーは危うく紙袋を取り落とすところだったが、何とかキャッチし直したようだ。
「クリスマスイブの夜は家で過ごすんだって、毎年。残念だったねぇ」
 きひひひ、とわざとらしく笑う、彩葉。
「そんな……赤羽さぁぁぁん」
 ロッキー、正に、心神喪失。
「でもねスタンレイさん。実は、識菜からケーキを貰っちゃってるのだ」
 どうやら彩葉は、何処かで識菜とプレゼント交換をしてからESTLに来たらしい。
「結構おっきいんだよ。パーティの時にみんなで食べよう」
 彩葉の話を聞いたときのロッキーは――キャサリンによると――正に窓の外から羽ばたいて行きそうなほど浮かれたらしい。
「あ、赤羽さんの手作り!!俺は何てラッキーなんだ!」
「おい、準備は出来たのか?」
 そこに入ってきたのがこの研究室の主・十条博士。
「博士、こんばんは」
「ちゃんとやりましたよー。もちろんPK使って」
「うむ、感心な態度だ板橋君」
「に、しても、よくクリスマスパーティをやる気になりましたね、博士」
「あたしも思ったー。博士ってこういうノリ嫌いっぽいのに」
「確かに好きではない。だがそれとこれとは話が別なのだ」
「ふーん。それにしても、晴海君未だかなぁ?」

(雪が降ってきた……)
 陽もすっかり落ち、晴海は思わず今現在の気温は何度だろう、と考える。
 今日は着ていく服を間違えた。ろくに天気予報を確認しなかった報いで、寒くて仕方がない。
「何だって――何だって竹風堂が『くりすます限定弁当』なんてものを発売するんだ!!」
 道行く人々が、思わず晴海の方を振り返る。
 晴海のこの年最初で最後の絶叫は、スレート色の空にあっさりと吸い込まれ消えていった。

〜了〜

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