――十五歳になるまで、子供は一人で街や村の外を出てはならない。まだ精霊のご加護を得ていないから。それが、エルフ族における一つの大きな掟だった。

 本来なら、誕生日というものはとても楽しいはずである。
 お母さんの作ったケーキ、友達から貰ったプレゼント。みんなから口々に投げかけられるお祝いの言葉。
 だが、今のメレンゲの頭にはそんなイメージなどこれっぽっちも浮かんでは来なかった。
「外は危険だからくれぐれも気を付けるのよ?精霊と契約したら寄り道しないですぐに帰ってらっしゃい?」
 母親が彼女に外套を着せかけながら、あれやこれやと注意事項をまくし立てる。そう、この日、メレンゲは遂に十五歳になってしまったのである。
「うーん、一応旅なんだから、すぐって言うのは無理だよ」
「あら、でも大抵の子は一日や二日で家に戻ってきているわよ?だからメレンゲも、大丈夫よ」
「はぁ……」
「おっ、メレンゲ、もう出発か。良い精霊と契約して来いよ」
 更に、やっと出てきた父親までが余計なことを言う。
「行ってきます……」
「頑張れよ〜」
「頑張ってねー」
(何でみんなしてあたしに期待ばっかりかけるんだろ。多分無駄なのに)
 両親に見送られながら、メレンゲはとぼとぼと村の外に出る道を進んでいった。普通の少年少女達だったら、もっと肩を張って歩きそうなものなのだが、彼女の気が重いのにはわけがあった。

「おい、メレンゲ、何処に行くんだ?」
「ハイアット!」
 突然背後から同じ年頃の少年に呼び止められて、メレンゲは更に嫌な顔をした。彼、ハイアットは彼女の幼なじみで、同時に一番苦手な人物だった。
「別に、ハイアットには関係ないでしょ」
「あ、もしかしてお前、今日で十五歳なのか?」
 ははぁん、とハイアットは鼻を鳴らす。
「お前みたいな落ちこぼれについてくる精霊なんているのか、って心配してるんだろ」
「う、うるさいわねっ!!」
 魔法を使うことに関して長けていると言われているエルフ族。だが、メレンゲは未だ簡単な魔法すら殆ど成功させることが出来ない――つまり、ハイアットに言わせれば「落ちこぼれ」なのだ。
 だからメレンゲは、十五歳の誕生日が来るのが、両親に期待されながら村の外に出るのが嫌で嫌で仕方がなかったのだ。
「そりゃあ落ち込みたくもなるよなぁ、よりによって冬生まれだなんてさ。この時期に活発な精霊は、だいたい厳しい性格の連中だし」
「ハイアットさんが生まれたのは初夏でしたっけ。羨ましいことですね?選り取りみどり状態なんですからっ」
 メレンゲの口調は、だんだん険しくなっていくようだ。
『ハイアット、あまりメレンゲさんを虐めてはいけませんよ』
 ハイアットの背後に浮かんだのは、美しい翠の髪をした青年。ハイアットと半年前に守護の契約を結んだ、樹の精霊アストリオだ。
『メレンゲさん、私達は決して相手の能力を見て被守護者を選ぶわけではありません。ようは心根との相性です。ですから、もっと自信をお持ちなさい』
「うん……」
「何だよ、アストリオはやけにメレンゲに優しいな」
『ハイアットが失礼すぎるんですよ。さぁメレンゲさん、私達に構わず、頑張って行ってらっしゃい』
「ありがとう、アストリオさん。それにハイアット。あたし、絶対に良い精霊と契約するんだからねっ、憶えてなさいよ!」
 メレンゲは、もうすぐそこまで来ていた村の出入り口へと、思い切り駆け出した。ハイアットが何か言い返していたようだが、彼女の耳には届かなかった。

――村の外に広がっている景色は、どこもかしこも銀世界。柔らかい冬の陽射しを反射して、雪が細かく煌めいている。メレンゲは実際、厳しいが何処か美しい、この季節がとても好きだった。
「とりあえず、どこを捜せば良いかな」
 精霊とは、二つの現身うつしみを持つもの。片身が何であるかは精霊によって異なるが、森羅万象を司る彼らは、時に半身と同化し、またある時は先程のアストリオのように人間や獣を擬した姿で行動している。
 そんな彼らがいつから何故エルフと守護の契約を結ぶようになったのか、メレンゲは知らないけれど。
(まぁいいや、とにかく歩こう。今活発に出歩いてるのは、雪の精霊、氷の精霊、風の精霊……ぐらい?)
 雪と風はそこらじゅうにあるので、精霊が何処にいるかはちょっと判断出来ない。手っ取り早く行くならば、氷の張っている場所を目指すべきだろう。メレンゲは、春に家族で遊びに行った、村に一番近い湖まで行くことにした。
 ところが、である。
「何で、何でイキナリ吹雪になるのー!?」
 頭から被った外套をきつく握りしめ、恨めしげに絶叫するメレンゲ。あと少しで湖、と言うところで、突然天候が悪化したのだ。外套の前をしっかりかき合わせても、冷たい感触がひっきりなしに彼女の顔を襲う。歩くのも相当辛くなってきた。
「やばい、このまんまじゃ精霊見つける前に遭難死だわ」
 自分の葬式で笑い転げるハイアットの顔が目に浮かぶ。冗談じゃない、絶対にあいつを見返してやらなければならないのだ。
 (間違った?)執念に燃えるメレンゲの視界に、入り口に何本もの氷柱を下げた洞穴が目に入った。
「良かった……!避難しよう」
 冬眠中の熊がいるかも、という思考は働かなかった。迷うことなくメレンゲは洞穴に入る。
 洞穴の中は意外に幅が広く、地面も天井は全て凍り付いていた。だが、ある程度奥まで入ってしまうと、風が入ってこないぶん表より何百倍もマシだ。
 外套を敷物代わりにして、メレンゲはその上に座り込んだ。そして呪文を唱える。
「炎の精霊よ 我に汝の力を与えたまえ――ファイア!」
 沈黙。
 メレンゲの指先には何の変化もない。
「はう……」
 メレンゲは肩を落とすと、荷物を漁って中から火打ち石と火打ち金を取り出した。ほくちの上で何度か二つを叩き合わせると、火花がほくちに根付く。それを使って持参してきたランプに明かりをともし、ガラス覆いを外して火に手をかざした。
「ホントに契約、駄目かもしんない……」
 小さな火を付けるぐらいの魔法は、魔法を習ったエルフ族ならば誰にだって簡単に出来ることだ。なのに、自分はこの有様。先程ハイアットを見返すと決意したものの、早速意気消沈してしまった。

 洞穴に入ってからどれぐらい経っただろうか。表の吹雪はいっこうに止む気配がない。しかも悪いことに、日も暮れてきた。ここで野宿するのはほぼ決定だろう。
(どうしよう、ランプの燃料、絶対保たない。外で枯れ枝拾わなきゃ凍え死ぬかも)
 メレンゲが嫌な想像に身体を固くした時である。
 何の前触れもなく、凄まじい圧迫感プレッシャーが彼女を襲った。思わず立ち上がるメレンゲ。この感じには憶えがあった。そう、ハイアットの後ろにアストリオが現れた時と同じ――
「精霊の気配!?」
 だが、アストリオのものとは比較出来ないほど強い気配だ。しかも、どうやら洞穴の奥からするようなのである。
 メレンゲはランプに覆いを付けると、慌てて外套を羽織り荷物を背負った。もしかしたらかなりの数の精霊が奥に現れたのかも知れない。この状況下では、精霊を見つける殆ど唯一の機会だ。
「よく考えたら、ここ一面凍ってるんだよね。氷の精霊の溜まり場になっててもおかしくないかも!」
 寒さをしのぐことが最優先で気にしていなかったが、洞穴はかなりの長さがあるようだった。ランプの明かりと精霊の気配を頼りに、メレンゲは進んでいく。
「うわ、冷たいっ!」
 突然、進行方向から吹雪混じりの風が吹き付ける。
『ちょっと、あいつったら冗談じゃないわよ!』
 風と共に、一人の精霊が悪態をつきながらメレンゲの横を物凄いスピードですり抜けて行く。と、思いきや、空中でUターンし、メレンゲの所に戻ってきた。
『ちょっと、そこのエルフ!』
「えっ、は、はい!?」
『あなた、守護精霊はいる?』
「い、いいいいませんっ!!――いっっ!?」
 髪や肌、瞳に至るまで透き通るような蒼白をした絶世の美女に凄まれ、メレンゲは思わず後ずさる。勢い余って高等部を氷の壁面にぶつけてしまった。
『都合が良いわ、あなた、私と守護の契約を結びなさい。良いわね?』
「え゛」
 あまりに唐突な申し出に、メレンゲはぽかんと口を開けた。何を言われたのか、ちょっと理解出来ない。
『い・い・わ・ね!?』
「は、はいぃぃぃっ!!」
 美女精霊のあまりの剣幕に負け、メレンゲは何度も首を上下に振った。
『あなたの名前は?』
「め、メレンゲ。メレンゲ=アイクルード」
 美女は怖い表情を少しも崩さないまま、いきなりメレンゲの左腕を掴むと、水晶のような爪でメレンゲの左手の薬指の先端を少し切り裂いた。
「ひっ!?」
 指先に紅い血の雫ができると、美女がそれを口に含む。氷水の中に突っ込んだような強烈な冷たさだった。
『我が名はセリティア、極寒の季節に属する全てを司る雪の女王。我、エルフ族なるメレンゲ=アイクルードをその短き生涯に渡り、その母となり姉となり友となり全身全霊を賭けて守護せし事を、天上のことわりたる父と我自身に誓わん!』
 美女――セリティアがその台詞を言い終わると同時に、彼女の身体を光の渦が取り巻く。あまりの眩しさにメレンゲは目を閉じた。再び目を開いた時は激しい光は収まっており、セリティアの周囲で光の粒が幾つか舞っていたが、それもやがて周囲の空気に溶けて消えた。
『これで良いわ』
「あ、あのぅ――」
『何かしら?』
「あたし、一体何が何だかわかんないから、これがどういう事なのか、あなたが一体何者なのか説明して欲しいんだけど……」
 全くもって、当然の疑問だった。
『そう言えばそうね。では、自己紹介といきましょうか。私の名前はセリティア、水に属する精霊を統括する冬の精霊よ。皆からは「雪の女王」とも呼ばれてるわ』
「ええええええええええっ!!??」
 驚きのあまり絶叫するメレンゲ。
 数多いる精霊の中でも、頂点に立つ存在が四大季節精霊、通称「四季精霊」である。絶大な力を誇る彼らは他の精霊のように決まった半身を持たず、それぞれに属するあらゆるものに成り同化することが出来るのだ。四季精霊はそれぞれ、大地に芽吹く草木を暖かく見守る春の精霊「大地の聖母」、燃えさかる火や激しい火山を支配する夏の精霊「炎の皇帝」、大気の流れを自在に操り嵐すら呼ぶ秋の精霊「風の賢者」、凍て付く氷や雪とその源である水を統括する冬の精霊「雪の女王」と言う。
 そしてついさっき自分と無理矢理契約を結ばせたセリティアは、四季精霊の一人・雪の女王だと言うのだ。
『あら、まだ指先から血が出てるじゃない。魔法で治療したら?』
 セリティアが切ったメレンゲの傷は思いの外深かった。釈然としない思いを抱きつつ、メレンゲは呪文を唱える。
「地の精霊よ、我に汝の祝福を与えたまえ――ケア!」
 だが、案の定傷は塞がらなかった。失敗である。
『どうしたの?』
「あたし、魔法苦手なんだ……」
『……この私としたことが、こんな初歩的な魔法も使えないような落ちこぼれと契約してしまうなんて、一生の不覚だわ』
 額に片手を当てて首を振るセリティアに、メレンゲはカチンと来た。
「そっちが強引に契約結べって言ったんじゃない!」
『そうなのよ、実は緊急事態なの。だから契約者を選んでられなかったのよ。まぁ、契約した以上は仕方ないから、ちゃんと責任を持って守護してあげるわ。その点は安心なさい』
(ほ、本当にこれが四大季節精霊の一人なわけ?)
 この傍若無人かつ失礼な性格。正直な話、アストリオの方がよほど良い精霊ひとなんじゃないだろうか?
「緊急事態って?」
『そう!嫌だわ、もたもたしていたらあいつがやって来るじゃないの』
『セリティア!!』
 セリティアが来た方向から、別の精霊の声が近づいてきた。

 二人の前に現れたのは、男の精霊。短い髪は赤からオレンジ、黄色からまた赤へと絶えず色が変化している。肌は浅黒く、瞳はまるで磨き抜かれたルビー。細身だが筋肉は付いていそうな体つきをしている。まぁ、筋力は精霊には関係ない話だが。彼が立っている場所の周囲は氷が溶け、天井から水が滴っていた。
『やっと追いついたぜ。この洞窟、案外入り組んでるから苦労しちまったよ』
『どうせならもっと迷って、二度と私の目の前に現れないで欲しかったわね、ヴィンレサート』
 どうやら洞穴のメレンゲがまだ行っていない場所は迷宮のようになっているらしい。セリティアと遭遇したのは、或る意味で幸運だったと言うことか。
『メレンゲ、こいつが「緊急事態」よ』
『失礼な言い方だなぁ、俺はこんなにもお前のことを想っているのに』
『生憎、私はあなたのことをこれっぽっちも想ってませんけどね』
「えーっ、とぉ?」
『おや、そんなところにエルフのガキなんかがいたのか』
 どうやらヴィンレサートと呼ばれた男の視界には、メレンゲは全く映っていなかったらしい。
『こいつは「炎の皇帝」。昔から私にしつこくつきまとってるの』
『そりゃあ、愛しいセリティアを手に入れるためなら、何処までも追いかけていくさ』
 何と、最高位の精霊二人がこの場に揃っているということになる。しかし、炎の皇帝の方も、昔想像していた威厳ある姿とは随分かけ離れていそうである。
『私はこいつと結ばれるなんて消滅しても嫌だから、徹底的に拒否していたの。同じ四季精霊どうし、力は拮抗してるから平気だと思っていたのよ、この間まではね』
『そうさ、だが今じゃ違う。俺には契約者がいるんだ。セリティアに負けはしないさ』
「それってどういう事?」
『あなたは当然知らないでしょうね、何故精霊がエルフ族と守護契約を結ぶのか。そうすることによって、精霊自身の能力が格段に上がるのよ。それぐらい精霊にとって「絶対の契約」の力は強いの。そこら辺の精霊はともかく、私達四季精霊ともなると簡単に契約するのは沽券に関わるから、今まで誰とも守護の契約を結んだことは無かったわ』
「なのにこのヴィンレサートさんがエルフの誰かと契約を結んだから、セリティアよりも強くなった。それで逃げ切れなくなったから、自分も誰でも良いから契約する必要があった、ってこと?」
『その通りよ』
 メレンゲは正直、頭痛がする思いだった。要するに彼女は、セリティアが鬱陶しい求愛者をはねのけるために利用された、ということになる。
『もう逃げられないぜ、セリティア。大人しく俺のモノになってもらおう』
 ヴィンレサートが不敵に微笑むと、彼の双眸が燃えるように光った。途端、彼の背後から両側に紅蓮の炎の壁が伸び、メレンゲとセリティアを取り囲んだ。たちまち洞穴の氷が溶けていく。
「やだ、暑いっ!」
 炎が直接身体に触れていないとは言え、冬用完全武装したメレンゲには堪らない暑さだ。ましてやヴィンレサートとは正反対の性質を持つセリティアには耐え難いかもしれない。
 完全に二人が包囲されると、ヴィンレサートは遊ぶようにゆっくりとセリティアに近づき、指で彼女の顎を持ち上げた。
『ずっと待ってたんだ、この瞬間を』
 だが、凍て付くようなセリティアの表情は微塵も揺らがない。
『お生憎様。あんたにはまだ、私は捕まえられないわよ』
 刹那、激しい吹雪がヴィンレサートを突き放した。
『何っ!?』

『逃げるわよメレンゲ、私に掴まりなさい!!』
「う、うんっ!」
 セリティアはメレンゲを抱きかかえると、周囲に吹雪を纏い、猛スピードの低空飛行で炎の壁を突き抜けた。セリティアが直接触れているのにメレンゲが全く冷たくないのは、恐らくセリティアが何かしてくれているのだろう。
『そうか、お前も守護の契約を結んだんだな、そのガキと!』
 一方、怒り狂ったヴィンレサートも、全身を燃え上がらせて同じく低空飛行で二人を追った。
 矢のようなスピードで洞穴を飛び出たセリティアは、そのまま上空に向かって飛翔していく。
『このままあいつを巻くまで飛んでいくわ!』
 しかし、ヴィンレサートもすぐに洞窟から出てくる。夜の闇の中で、彼の姿はまるで火山から飛んできた溶岩のようだった。
「セリティア、追いつかれるよ!」
『くっ!』
 同等の力を持つとは言え、セリティアはメレンゲを抱えているのだ。必然的にヴィンレサートの追走スピードより遅くなる。
『待ちやがれ、セリティアぁぁぁ!!』
 みるみるうちに縮まっていく二人の間の距離。メレンゲの視界にヴィンレサートの色変わりする髪が入った。
「みっ、水の精霊よ、我に汝の恩寵を与えたまえ――シャワー!」
 とっさにメレンゲが伸ばした掌から、勢い良く水が迸る。
『うわっ!?』
 ぎりぎりまで近づいていたヴィンレサートは、顔面にもろに水を被りバランスを崩した。
「やった、成功した!」
『でかしたわ、メレンゲ!』
 この隙にセリティアは急降下し、雪深い森の間に入っていった。そして、地面でメレンゲを降ろす。既に吹雪は跡形もなく止んでいた。
『暫く雪の中に隠れさせて貰うわ。時間が経てばヴィンレサートの頭も冷えるでしょう。あいつ、すぐカッと来るけど醒めるのも早いのよ。大体、自分の契約者を長い間一人にしておけるわけ無いんだし。身勝手も良いとこだわ』
(身勝手、てのは多分セリティアも同じだと思う……)
 もしや、大地の聖母も風の賢者も二人と似たような性格ではあるまいか。だとしたら、自然界はとんでもない精霊達に支配されていることになる。
『じゃあ、あなたが家に帰ったらまた会いましょう。それと――誰でもやればできるのよ、さっきは助かったわ、有り難う』
 じゃあね、とセリティアは地面の雪に溶け込んでいった。
 魔法の成功と思わぬセリティアからの感謝の言葉に、メレンゲは暫く言葉に出来ない感動を味わった。
 が、しかし。
「家に帰るって、こんな真夜中に、しかも全然知らない場所からどうやってーっ!?」
 メレンゲの悲痛な絶叫を聞いているのは、森の木々と冬の済んだ星空だけだった。

 結局メレンゲが村に戻って来れたのは、翌日の昼を過ぎてからだった。夜が明けてからセリティアを何度呼んでも出てこなかったので、森から何とか例の湖にたどり着きそこから帰り道を辿ったのだ。
「よぉ、メレンゲ!随分諦めるのが早かったな」
 村に入ってから一番最初に遭ったのは、偶然にもハイアットだった。
「ただいま、ハイアット」
 メレンゲはハイアットの軽口に動じず、にっこりと笑いかけさえした。
「何だ、言い返さないのか。昨日偉そうなこと言っといて、さては開き直ったんだな」
『失礼ですよ、ハイアット』
 アストリオが現れ、ハイアットをたしなめる。よく考えてみれば、ハイアットに「契約を結ぶ相手は心が大事」と主張するアストリオが付いたのも不思議なことだ。
「あたし、ちゃんと精霊と契約してきたわよ。ねぇ!セリティア、もうそろそろ出てきてよ!」
『あら、もう帰って来れたの?もっと時間がかかると思ってたのに』
 メレンゲ達の足下の雪から、セリティアがすっと現れる。
「ちょっと!それってもしかして、わざとあたしを苦しめてたわけ!?」
『さて、どうかしらね』
 ふふん、と不敵に微笑むセリティア。
「メレンゲの奴、ちゃんと精霊と契約出来たのか――おい、アストリオ、どうしたんだ?」
『ま、まさか貴方様は、「雪の女王」!?』
「何だってぇ!!??」
 今度はハイアットが、青ざめる番だった。
「もう、あんたに落ちこぼれだなんて言わせないわよ。頑張ってセリティアに恥ずかしくないぐらいになってやるんだからね」
『そうよ、初歩魔法に失敗するなんてみっともない真似、私が承知しないから』
「もうっ!」
 メレンゲとセリティアは顔を見合わせ、それから笑った。経過はどうあれ、二人はこれから様々なことを乗り越えていく。
 それはまた、別の話でのこと……。

〜了〜

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