何だか、いつもと街の様子が違う気がする。
 御雷はきょろきょろと周りを見回した。冬の秋津島の都(彼女が巷の陰陽法師に捕まった頃とは違う場所になっていた)には雪が無く、その代わりをさせるかのようにあちらこちらが赤や白や緑の諸々で飾り付けられていた。
 それに、何より人間達の雰囲気が違うのだ。二人組、それも若い男女の組み合わせが目立つ。彼らは一様に何処か楽しげな、浮かれた感じがした。
「御雷さん」
「あ、威都樹さん〜」
 所在なげだった御雷は、やっと呼びだしておいた知り合いが現れてほっとした。威都樹は普段、現代の人間達に紛れてこの都に暮らしていた。彼の忠告で、最近では彼女とその恋人は、降臨する際自分の衣を時代の流行に合わせるようになっている。
「珍しいですね、御雷さんが一人でいらっしゃるだなんて」
「疾風さんは蝦夷の方に行ってるんですよー。夜になったらこっちに来るんですって」
 彼女は「夜になったら」の辺りから、にこにこしながら唇の前で掌を合わせた。
「威都樹さん、何だか夏より街に飾りが増えてませんか?」
「飾り……確かにそうですね。御雷さんがこの時期に地上にいらっしゃるのは何十年ぶりかですからご存じないでしょう。今日はクリスマスイブなんですよ」
「くりすますいぶ?」
 御雷にとって初めて聞く単語だ。自然と首がちょっと傾く。
「簡単に言ってしまうと耶蘇教の記念日の前日です」
「耶蘇教って、伴天連さん達の宗教?いつの間に秋津島の人達が全員宗旨替えしちゃったんでしょう」
「いいえ、全員が耶蘇教徒ではありませんよ。この日の夜には子供達にプレゼントを贈る習慣があったので、それにかこつけてお祭り騒ぎをしているだけです。更に便乗して恋人同士の方々にとっても特別な日になっているようですよ」
「ふぅん……」
 御雷は先程の首の角度を維持したまま、しばし考え込んだ。
「プレゼント、って贈り物でしたよね?だったら、わたしが疾風さんに何かあげたら喜ぶかなぁ」
「多分、いえ間違いなくそうでしょう」
「今日は『どうぶつえん』って何か教えて貰う予定だったけど、プレゼント捜しにします!」
 御雷は威都樹を連れて、と言うより彼が居ないとお金に困るので、プレゼントを捜すため某デパートに入った。店内も表に負けず人混みでごった返している。
「みんなプレゼントを捜してるのかなぁ」
「直接相手に好きな物を選んでいただいて、それを購入するという方法もありますからね」
「あっ、何か綺麗なものがある」
 御雷は大小様々なクリスマスツリーが並ぶ一角に興味を惹かれ、とてとてと走り寄った。
「それらはクリスマスツリーと言って、クリスマスの時期に各家庭で飾るものです。本来は樅の木を使用するんですが、現代では難しいですから、こういう模造品の木に飾りをぶら下げたり電飾を取り付けたりするんです」
 御雷は威都樹の説明を聞きながら、しばらくツリー達に見入っていた。

 暗く澄み渡った空が広がる、夜の山奥。冷たい空気を貫いて、無数の星が瞬いている。
「何で御雷の奴、いきなり待ち合わせ場所を変えやがったんだ?」
 夜空を飛びながら、疾風は腕を組んで考え込んだ。今夜は都で御雷と逢ったあと、威都樹の部屋に上がり込んで(いやがらせで)大騒ぎする予定だったが、全く人気のないこの辺りに来い、とはどういう事なのだろう。
 御雷の気配が近づいたので、疾風は降下を始めた。すると、何やら青白く光っている物が視界に飛び込んできた。
「疾風さーん!!」
「御雷、何だこの派手な木は」
 御雷は疾風の胸に飛び込むと、頬をすり寄せながら微笑んだ。
「威都樹さんが、今夜はクリスマスイブでプレゼントをあげる日って教えてくれたから、疾風さんにプレゼントなのよ」
 一本の樅の木は、金銀やピンク、青のきらきらした帯をたくさん巻かれ、様々な形の飾りがたくさんぶら下げられている。
 だが何より美しいのは、枝々の間に浮かんだ幾つもの青白い発光体だった。御雷が発生させた、いわゆるプラズマの球体だ。
「全く、いきなり山奥に呼びだされたかと思うとツリー作りを手伝え、って、こっちは散々な苦労だったよ」
 そうぼやいたのは、樅の木の陰から出てきた青年である。まだ根元に一人座り込んでいるのは、疲れ果てたのか声も出ない威都樹だ。
「童子丸」
「御雷様の雷の球で木々が発火しないように術を施してるんだ。やれやれ、秋津島の神が異教の行事に積極参加する世の中が来ようとは」
「ねぇ疾風さん、綺麗でしょう?童子丸と威都樹さんに手伝って貰って作ったクリスマスツリー」
「あぁ、そうだな――おい童子丸、異教の行事、ってこたぁ、今夜は他にも何かあるのか?」
「どの家でも今頃宴会さ。宗教行事と言うより、もはやこの国の俗習だね」
「じゃあ、そいつをやるっきゃないだろ。威都樹!お前が今の習慣に一番強ぇんだから、準備しろ」
「えっ!そ、そんな、今からですか!?」
「当たり前じゃねーか。せっかく御雷がクリスマスツリーとやらを用意したんだからな」
 本来の意味は全く考えていない四人の、それでも聖なる夜はまだまだ続く。

〜了〜

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