2008/02/06 by てるてる
ミンナウリのカード〜(八十)〜
ミンジョンホは妻に対して敬ったものの言い方をした。チョンホの両親もチャングムの両親もそのような話し方をする習慣があった。ミン家の庭で、池に映った月を眺めながら、ふたりは話していた。
「チャングムさん。わたしは今度、王様から官職を勧められたら、お受けしようと思います」
「漢陽でなさりたいお仕事があるのですか?」
「ええ。済州島でしていたようなことを、この漢陽でチャンドクさんの力を借りて、やってみたいのです」
「忠清道の書堂はどうなさいますか」
「もう半年も帰っていませんからね。あの村のこどもたちにはほんとうに申し訳ないことをした」
「わたしはチョンホさまのお心に適うのなら、漢陽でも忠清道でもどこでもかまいません」
「あんなに宮廷はいやだと言っていたのに」
「宮廷はいやです。でも漢陽にはトックおじさんもおばさんもいるし、母のお墓もあります」
「そうでしたね。あなたのお母上のお墓は、あの山の中にあるのでした」
「母は、どんな思いでわたしを遺して逝っただろうかと、このごろ、ますます強く思うのです。このたびの疫病では、こどもを遺して逝った母親達、こどもを失った母親達、母親に遺されたこどもたち、母親より先に逝ったこどもたちをたくさん見ました。悲しくて、自分のこどもを失うように悲しくて、自分の母を失うように悲しくて、何度も涙を拭かなければなりませんでした」
「わたしが漢陽で官職に就いたら、あなたも活人署に戻りますか」
「そうすることが許されるのなら」
「やはりあなたの望みはそこにある。しかし、王様は、あなたを慶源大君の主治医に召し出そうとされている。尚膳殿から聞いたのです」
「お断り致します」
「まったく同じことをわたしも尚膳殿に言いました。しかし、そうはいくまいというのです」
「では、忠清道に帰りましょう。すぐにでも」
「わたしもあなたと同じことを考えました。しかし、それも今となっては難しい。忠清道の家は既に知られているのですよ。また別のところに逃げなければいけません。それに、わたしはそれこそ、王様に仕える文官としても、この国の男としても、してはならぬことばかりをしてきましたからね。お咎めは厳しくなるでしょう」
「わたしはしあわせでした。それがいけなかったというのなら、わたしのほうこそお咎めを受けなければ」
「あなたがそう言い出すのを恐れていました。今はわたしもあなたも、王様の御命令には素直に従わなければなりません。今度は、皇后様もあなたを利用しようとはされないでしょう。むしろ、頼りにされています」
ミンジョンホとチャングムはカンドックの家に来て、トックとおかみさんに新郎新婦の挨拶をした。ふたりは忠清道の天然痘が少し落ち着くとすぐに漢陽に来てミン家に入り、京畿道の天然痘対策に奔走した。漢陽では天然痘予防のためにチャンドクとトック夫婦と力を合わせた。トック夫婦の息子イルトは、チャングムが宮中に上がってから三年目に天然痘で死んだのであった。それでトック夫婦も、チャングム達が忠清道から帰ってくる前からチャンドクに協力を惜しまなかった。漢陽の街の天然痘が少し落ち着いたときにチャングムが宮廷に召し出されて慶源大君の治療に当たった。慶源大君が快癒し、チャングムが宮廷から下がってきてから、ミン家の両親に対して、新郎新婦の挨拶をした。その後また江原道の天然痘対策にでかけてしまい、帰ってきてからは、イヨンセン淑媛に会いに温泉村には行ったというのに、トック夫婦に対してはまだ挨拶に来ていなかった。
カンドックの家にはチャンドクもいた。チャングムとチョンホがこれからは漢陽のミン家で暮らすことになるというと、トックもおかみさんもチャンドクも喜んだ。おかみさんがチャングムに、今まで貯めてきたお金を全部渡して言った。もしまたお上に睨まれるようなことでもしてミンの旦那と逃げ出さなければならなくなったら、どこでもいいから、これで土地を買ってふたりでお暮らし、このまえのときは置手紙だけして黙って行ってしまったから渡せなかった、だから今度は先に渡しておくよ、と。チャングムは自分が受け取る俸禄の半分をカンドックのおかみさんに送っていた。これは女官時代、医女時代を通じてしてきたことであった。おかみさんはそれをすべて金に替えてチャングムの名義で残しており、いつしか小さな土地を買えるほどになっていた。それを渡してくれたのであった。チャングムは養母の優しさに思わず涙ぐんだ。漢陽一がめついという評判は嘘ではなく、口の達者さで彼女に勝てるのは師匠のチャンドクだけだが、おかみさんも根は心の暖かい人なのだ。チャングムとチョンホとは、今夜はトック夫婦の家に泊まることになっていた。忠清道での暮らしなど、話すことは山程あった。
チョンホは、前のときはおかみさんから黙ってチャングムを奪っていってすまなかったと思った。チャングムは今夜、ミン家でチョンホの母に話したようなことを、また繰り返すのだろう。チョンホの母はチャングムを嫁というよりも娘のように扱っていた。チョンホは何しろ姉妹が多いのだ、姉が三人、妹が三人、息子は彼ひとりだった。チョンホの父も姉が一人に妹が五人で男兄弟は彼ひとりだったし、チョンホの母は、姉が二人に妹が三人でその下に弟がひとりいた。チョンホの母というのはもともとチョンホの父方の伯母か叔母の仲の良い友達で、女達の張り巡らした巧みな罠にはまるように、父は結婚したのかさせられるかした。それでも満更ではなかったと、いつだったか父本人が息子のチョンホに言っていた。チョンホの父方の伯母叔母達も、母方の伯母叔母達もまた、女の子をたくさん産んで、男の子はひとりであった。どういうわけなのかわからないが。チョンホが生まれたときに家には四人の叔母と三人の姉がいたし、叔母達が嫁いでいってもチョンホに妹が生まれ、全体として情勢はあまり変わらなかった。チャングムと出逢ったときには既に一番下の妹が嫁いだ後だった。それでも親戚といえばまずおおぜいの従姉妹と伯母叔母と姉妹と姪であり、そのあとになんとなく圧倒されそうになって連帯感を感じている叔父と従兄弟と甥がいた。だからカンドックがおかみさんに隠れて酒を飲んだり、しょっちゅう叱られているのを見ると、チョンホの両親にはそんなことがついぞないにもかかわらず、本質的に同類相憐れむという感情になったものだった。おかみさんとチャングムとチャンドクが話に夢中になっている横で、チョンホはトックと差しつ差されつ酒を飲んで過ごした。料理はたっぷりあったが、これは女達が男達を黙らせておくために餌を与えて追い払ったような気がしないでもなかった。
トックもチョンホも酔っていい気持ちになった。トックが歌うようにきいた。
小さな書堂を建てましょう
こどもに読み書き教えます
きれいな花々植えましょう
こどもが笑顔で歌います
ミンジョンホとチャングムとは揃って王に召し出された。王はチョンホに官位を与えるといい、どのような仕事がしたいかときいた。チョンホは漢陽の街の人々のために一仕事したいと答えた。チョンホは漢城府左尹に任じられた。官位は内侍府の尚膳と同じ従二品になった。
内医院の医局長シンイクビルと医務官チョンウンベクも一緒に召し出されていた。イクビルは、漢陽の街でデジャングムの噂が広まったとき、すぐに協力を申し入れ、皇后にも知らせていた。彼はウンベクよりも積極的に、デジャングムを宮中に呼ぶために動いたのである。チャングムが母親のように天然痘のこどもを抱いていたという話も、実際にイクビルが隔離小屋にでかけて見てきたことを、王や皇后に話したのであった。シン医局長は従四品から従三品の位に上げられた。これまで慶源大君の主治医を務めてきたウンベクも、江原道での疫病対策に功績があったとして、従五品から従四品の位に上げた。そして、王の侍医であるシンイクビルを補佐する役となった。
その後で、チャングムが慶源大君の主治医に任じられた。それだけではなく、従九品の官位も与えられた。これにはたちまち、廷臣達による強い反対の声が挙がった。医女は奴婢がなるのが普通である。医女は男の医務官の補助的な役割を果たしており、正式に皇族の主治医に任じられることなど、これまでになかった。王は、チャングムは医女になる前は水刺間の女官であったのだから、何も問題はないと言った。女官とはもとより官位のある女のことである。尚宮にでもなれば正五品の位がある。チャングムは、硫黄家鴨事件によって奴婢に落とされた。それが医女になって宮廷に配属され、さらに、硫黄家鴨事件の再審の結果、無実の罪であったことがわかり、もとの身分を回復することができた。だから、女官と同じように官位を授けてもよかろうというのであった。
しかし、女官は、幼い頃より宮中に入り、王の女として育てられる。チャングムも元は王の女であったが、医女となって宮中に戻ったときには、既に王の女ではなかった。それだけではない。実のところ、チョンホがチャングムとともに駆け落ちしたことは公然の秘密であって、ほんとうなら罪に落とされていても仕方のない立場なのだ。京畿道、忠清道、江原道で疫病の蔓延を防いだ功績によって、チョンホもチャングムもその罪は問われないことになった。今や堂々と夫婦としてミン家で暮らしている。それで両班の男であるチョンホが官職に就くだけならばよい。だが、その男の妻で、医女である女が、官位を与えられるとは。こういうやりかたは身分秩序道徳倫理を乱すとして、眉を顰める人々がいた。嫉妬や羨望ではなく、儒教を守る国柄としての正しいありかたにそむき、ひいては国を滅ぼすと考える人々である。おおぜいの官吏や、学識のある両班達が、王に抗議の上訴文を提出した。
だが、王は、一度出した命令を変えなかった。
チョンホはこれまでと変わらず尚膳を自分の父親と同様に敬って接した。漢城府左尹として、チャンドクをはじめとする優秀な人材を集めた。彼らはさっそく、さまざまな調査をし、問題点を挙げ、改善策を立てた。チョンホはそれらを実行するために予算を組み、人員を配置し、医療・福祉・厚生の業績を挙げていった。
チャングムは、官位を与えられたことによって、自分が何某かの責任のある地位に就くこともでき、それを利用して漢陽のこどもたちのために仕事ができる、ということに気づいた。チャングムは自分の考えを皇后に話し、皇后は王に許可を求めて与えられた。やがて、皇后の名を冠して、漢陽の名家や富家から寄付を集め、疫病で亡くなった人々を悼み、慶源大君の治癒を記念して、こどものための療養所が作られた。かつてチョンホが活人署でやっていたようなことを専門にする施設である。貧しい家の、長い養生が必要とされるこどもや、からだが生まれつき不自由なこども、けがや病気の後遺症でからだの自由がきかなくなったこどもを集めて、治療と教育に当たった。チャングムが監督と指導をし、シンビを補佐役に選んだ。シンビは喜んだ。
「ありがとう、チャングム。わたしは前からこういう仕事がしたかったの。あなたに言ったことがあると思うけど、わたしはこどものとき、からだが弱かった。でも家が貧しくてお医者様に診てもらうことができなかった。それなのにある日、わたしを診察して治療してくださったお医者様がいたの。そして、母が、何のお礼もできないというと、そのお医者様はわたしに、感謝の心があるのなら、世の中にお返ししなさい、とおっしゃったの。それでわたしは医女になったのよ。やっとほんとうに、世の中にお返しすることができる日が来たわ」
半年ほどたった。こどもの療養所では、チャングムとシンビが世話をしているこどもたちの数がふえ、手伝いに来る医女の数もふえた。こどもたちは病気なので走り回ることはできないが、それでも明るい笑い声を挙げることが多くなった。病気でないこどもも近所から遊びに来るようになった。こどもに文字や歌や絵を教えに、若者や娘達も来るようになった。彼らの中には凧を作ってやる者がいたり、娘達はこどものためにかわいい袋などの小物を縫ってやったり、なかには着る物も作ってやる者がいた。からだの不自由なこどもや病気のこどもばかりを預かっているにもかかわらず、雰囲気がのびのびとして明るく、若くて感じやすい人々にとっては、ここに来るとさまざまなことを学ぶことができた。彼らの身分はほとんどが中人だったがなかには両班もいたし、良民もいて、身分を問わずに親しくなっていた。
漢陽の人々は、こどもの療養所のチャングムをデジャングム、漢城府左尹のミンジョンホをミンナウリと呼んだ。彼らの仕事は貧困と病苦の軽減ということに尽きた。そして実際に成果を挙げていた。
ある日、ミンジョンホとチャングムとは再び揃って王の前に召し出された。皇后もいた。王はふたりに、この半年間のふたりの働きはともに目覚しいものである、と言った。ふたりとも謹んで王の言葉に感謝を述べた。何か褒美を取らそう、と王は言った。ふたりともそれは辞退した。
王は、言った。
チャングムは恐れ謹んで答えた。
チャングムとチョンホとは顔を見合わせた。
チョンホはチャングムの方を見て、励ますようにうなずいた。チャングムは、恐る恐る、言い出した。
王はうなった。
皇后が口を添えた。
チャングムはあわてて言った。
しかし、王はきかなかった。そして、チャングムの官位を従九品から従八品に上げた。
ミンジョンホとチャングムは随分と仕事がいそがしくなり、チャングムはほとんど嫁らしいことができないことが気にかかっていた。ある晩、チョンホの父がささやかな茶の会を開いた。チャングムは心尽くしの料理を作った。あの、チョンホに初めて作ってあげた三色団子である。チョンホもチョンホの両親も、そして、執事までも、これが殊に気に入っているのである。
月は明るく庭の池を照らしていた。チョンホの父が、少し面を改めた。チョンホも、チャングムも、何か話があるのだと思って、その顔を見つめた。チョンホの母は、これから話されることをよくわかっているようすで、さあどうぞというように夫を見た。父親は話し始めた。
「やはりこのように月の明るい晩であった。わたしは道を急いでいた。ある男の家に行かねばならない。その日、ときの王、成宗殿下が廃妃ユン氏に死を賜られた。わたしは昼間ふたりの男から話を聞いた。ひとりはわざと馬から落ち、ひとりはわざと酒によってその恐ろしいお役目を逃れたという。それによってユン氏に賜薬をお飲ませする役回りになった男は、必ずや罪の意識に苛まれ、苦しむことになるであろう。わたしはその日、ユン氏に罪状を読み上げた男の家に急いでいた。誰がユン氏に賜役をお飲ませしたのかを聞き出さねばならない。
途中、ある崖の下で、ひとりの男が傷を負って倒れているのを見つけた。わたしはその近くに洞穴があるのを知っていた。そこまで運び、傷の手当てをした。それから一旦その男を置いて目的の家まで行き、人を連れて戻り、その男を家まで運んだ。その家の主人は傷を負った男の顔を見て言った。その男がユン氏に賜薬をお飲ませしたのだと。ただ、ユン氏は男の手を借りず、自ら飲んだのだと言った。
翌朝、その男は目を覚ました。そして、洞穴の中で老師に会ったと話した。老師は、おまえの運命は三人の女によって定められている、と言った。ひとりめの女は、おまえによって死ぬが、死なぬ。ふたりめの女は、おまえによって助けられるが、またおまえによって、死ぬ。三人めの女は、おまえを死なせるが、多くの命を救う。老師は、三人の女を表わす文字を紙に書いて投げると、消えてしまったのだと言った。わたしはその三人の女を表わす文字を、その男が夢で見た通りに紙に書いた。ひとりめの女の字は、女と今。ふたりめの女の字は、女と順。三人めの女は、女と子、であった。ひとりめの女は、燕山君の母君である廃妃ユン氏に間違いない。その男はユン氏が倒れたときの恨みのこもった眼の恐ろしさが耐えがたく、夜になって酒を飲み、幻の声に苛まれ、森を彷徨っているうちに、崖から落ちたのであった。後のふたりの女については、なんとしてもわからなかった。わたしはその男を、ユン氏の呪いを解いてくれる呪術師のところに連れて行ったが、呪術師は、これは呪いではなく定めであり、しかも後々、多くの人の命を救うための定めであるから、変えることはできない、と言った。
それから十五年後、その男からわたしに手紙が来た。手紙には、ふたりめの女は、川に頭を着けている女だった、自分はその女を助け、妻にした、と書いてあった。さらに、娘が生まれ、チャングムと名づけたとも、書いてあった」
チョンホとチャングムとは、あまりにも不思議な縁に言葉を失い、ひたすらに父の顔を見つめていた。
「チョンホが済州島から帰り、チャングムを家に連れてきたとき、わたしはすぐにその男ソジョンスのことを思い出した。そして、チョンホがわたしにソジョンスのことを尋ねるに及んで、やはり、そうであったかと観念した。チョンホが、身分のことは問わぬと言った時に、それが定めなのだと知った。わたしがこの話をするのは、ふたりは既に夫婦になり、またわたしの老い先も短いので、今のうちに話しておかねばならないと思ったからである」
チョンホの父は、その後のソジョンスのことは何も知らなかった。チョンスからの手紙はその後一通も届かなかったのである。彼は、チャングムに言った。
「チャングムよ。そなたは、自分が父を死なせたかと思っているやもしれぬ。しかしそれは定めなのだ。そなたの父の行方は知れぬが、もし、死んでいたとしても、それは、そなたによって多くの人の命が救われるためなのだ。そなたは先日より、疫病に苦しむ人々を救った。それがそなたの務めであり、これからも続くであろう。わたしの知る限りでは、そなたによって最初に命を救われた男はわが息子チョンホである。チョンホはそなたの志を遂げさせるためにそなたと結ばれたのである。チョンホの母も、それはそういうことにちがいないと、言っている」
母親はうなずいた。父親はそろそろ話を結んだ。
〜〜〜〜(八十一)〜〜〜〜
「旦那。忠清道でどんなふうに暮らしていたんです」
「小さな書堂と大きな薬坊を建てて、一つ屋根の下で暮らしましたよ」
「チャングムは泣きませんでしたか」
「泣きませんでしたよ」
「旦那はこどもに読み書きを教えていたんですね」
「チャングムさんは病の人を治して、一つ屋根の下で暮らしましたよ」
「チャングムは泣きませんでしたか」
「泣きませんでしたよ」
「旦那はきれいな花をたくさん植えたんでしょう」
「チャングムさんは薬草をたくさん植えて、一つ屋根の下で暮らしましたよ」
「チャングムは笑っていましたか」
「笑っていましたよ」
「書堂のこどもは笑ったり歌ったりしたんでしょう」
「チャングムさんがおやつを持ってくると笑いましたよ」
「チャングムはかわいいでしょう」
「かわいいですよ」
ふたりは同じような話を延々と繰り返した。いつのまにか、歌を歌っていた。
大きな薬坊建てましょう
一つ屋根の下暮らしましょう
どうして泣くのかチャングムさん
病の人たち治します
一つ屋根の下暮らしましょう
泣かずにおいでよチャングムさん
たくさん薬草植えましょう
一つ屋根の下暮らしましょう
笑っておくれよチャングムさん
おやつがきたよと笑います
一つ屋根の下暮らしましょう
わたしのかわいいチャングムさん
〜〜〜〜(八十二)〜〜〜〜
〜〜〜〜(八十三)〜〜〜〜
「巷ではデジャングムという名がしばしば聞かれるようである。皇后もその名を聞いて喜んでいる。その名にふさわしい位を与えたいとの望みである」
「もったいないことでございます。そのようなことはとてもお受けできません」
「宮廷でデジャングムという名にふさわしい官職とはどのようなものか。右議政、左議政達に知恵を絞らせるとしよう」
「どうかそのようなことはなさいませんように、王様。わたくしのようなものには身に余ります。どうかお許しを」
「先頃、明国の使者が、漢陽のこどもは北京のこどもよりもしあわせそうに見える、みじめなようすのこどもが少ない、と申した」
「そちたちふたりの働きの御蔭じゃ。それゆえ、ふたりとも官位を上げようというのじゃ」
チョンホは言った。
「わたくしに関して言えば、今以上に官位を上げていただくことは望みませぬ。どうかこれまで通りに。それが叶わぬならば、官職をお返ししたく存じます」
「ミンジョンホ。そちは、チャングムの官位についてはどう思う」
「チャングムについては、官位のことはともかく、したいだけの仕事をさせてやりとうございます」
「チャングムにはまだ何かし足りないことがあるのか」
「医女修練生の数をふやし、また菜園に付属の書庫を設け、薬草と治療法の研究のための場所として、内医院、恵民署、活人署の医女のなかで研究をしたいと望むものすべてに開放してくださいませ」
「うむ。余の病をそちが治療したのも、菜園で研究を進めることができたからであったな。当時は皇后の許可を得て秘文書館に出入りしたとも聞いている」
「チャングムは病を治すのに必要なことしか求めませぬ」
「ではチャングムの望みどおり、菜園を医女全員が利用できる研究所に致そう。チャングムをその責任者としよう」
「どうかその職はチョンウンベク医務官に。チョン医務官は菜園の監督官をなさっていたことがあり、わたくしはそこで教えを受けたことがありました。今のわたくしはこどもたちの世話だけで精一杯でございます」
〜〜〜〜(八十四)〜〜〜〜
「これでわたしは言い置くべきことはすべて話し終えた」
父は、若いふたりを暖かい眼差しで見つめた。そして、言った。
「さて、月も中天にかかろうとしている。わたしはそろそろ酒がほしいのだが」
母親がほほえんだ。何も言わないのに、頃合よく、執事が自分で酒を運んできた。池に映った月は、ますます、冴えるようであった。