ミンナウリのカード

2007/11/25 by てるてる

ミンナウリのカード〜(六十三)〜

〜(六十四)〜

〜(六十五)〜

〜(六十六)〜

〜(六十七)〜

〜(六十八)〜


〜〜〜〜(六十三)〜〜〜〜

 翌日の夜遅く、チャングムがユン尚宮ことヨンノと、カンドックとともに、チョンホの家を訪ねてきた。ヨンノは、チョンホが言っていたとおり、口封じをされそうな身の危険を感じたので、チャングムを頼ってきたのである。その言い分は、以下のようなものであった。

 チェ女官長とパクプギョムと、双方から別々にお金を渡された。チェ女官長からは姿を消すようにと、プギョムからは司憲府に行って硫黄家鴨事件の真相を話せと言われた。宮廷を去るのも嫌だし、硫黄家鴨事件の真相を話したら自分も処罰されるから嫌だ。

 ヨンノは、チャングムから皇后にお願いして、身を守ってほしい、女官長にしてほしい、とも言ったのだが、チャングムは、身を守るためにミンジョンホのところに案内することはできるが、女官長の身分を皇后にお願いすることはできない、自分にはそんな力はない、とことわっていた。ヨンノはそのとき、自分は宮廷を離れては生きていけない、と言った。しかし、チャングムは、ハン最高尚宮は、宮廷を追われ、奴婢の身分に落とされ、済州島に護送される途中で、取調べのときに受けた拷問の傷のために亡くなったのである、と言った。ヨンノはそれ以上言い返せなかった。そして、チャングムにつれられて、カンドックに護衛されながら、チョンホの家に来たのである。

 チョンホは、硫黄家鴨の料理を水刺間で再現したときに、試食した奴婢ホンイが熱を出したことについて、知っていることを聞きたい、と言った。ヨンノは、それはクミョンが計画したことで、当時太平館にいた尚宮チェソングムがパクヨンシン女官長に手紙を書き、その手紙を持っていった者に試食させよ、と書いてホンイを遣わしたのであり、自分はホンイが手紙を持っていく前に、毒を仕込んだ料理を食べさせた、と述べた。さらに、クミョンは、硫黄家鴨事件の前にも、水刺間の料理に毒を仕込むように、自分に命じたことがあるが、それを実行する前に、ハン最高尚宮から別のことで問い詰められて蔵に閉じ込められてしまった。蔵から出てきた後は、クミョン、ヨンノ、チェ尚宮の三人とも太平館に遣られたので、結局、実行できなかった、といった。

 ヨンノの話を聞いていると、クミョンが、先日、水刺間の最高尚宮の専用の薬味入れからワライタケが見つかって捕縛され取調べの拷問を受けたのは、まさに因果応報であると思われた。しかし、チャングムもチョンホも、クミョンをこれ以上、追及したくなかった。ヨンノには、チョンユンスのように文書に書き残すのではなく、しかるべきときが来たときに口頭で証言してもらったほうがいい、そのときには、ホンイに前もって毒を飲ませることを企んだのはクミョンではなくチェ尚宮だったと言ってもらいたい、という意見で一致した。

 ヨンノは、なぜそんなにクミョンをかばうのか、ときいた。ヨンノはいつも実行役を命じられ、クミョンは自分の手を汚さなかった。しかし、クミョンは、チェ尚宮さえ思いつかないような残酷な徹底した方法を考え出し、自分に命じてきた。いつも汚れ役を引き受けさせられるヨンノは、自分からチェ一族のクミョンやチェ尚宮に取り入ってきたとはいえ、さんざん利用されたあげく、口封じのために宮廷から追い出されようとしていることが、不満であった。ヨンノはまた、チャングムやチョンホの言う通りに証言しても、宮廷に尚宮として残ることができると確約してもらえないことが不満であった。

 チョンホは、ヨンノの顔を見て、いつものように穏やかだが厳かな声で話し始めた。

「ユン尚宮殿。あなたはハン最高尚宮殿の最期を御覧になっていない。わたしはそのとき、チャングムさんと一緒に看取ったのです。ハン最高尚宮殿は、取調べの拷問で受けた傷で足が痛み、済州島に行く船に乗るまで、歩き続けることができませんでした。足元がふらつき、苦しそうな息で倒れこんだときに、チャングムさんがおぶっていきたい、と言い出しました。しかしそれではチャングムさんが倒れてしまいます。チャングムさんも同じ拷問を受け、同じ傷を負っていたのですから。わたしはハン最高尚宮殿を馬に乗せました。囚人を護送していたのは内禁衛の兵士達だったので、すんなりとわたしの申し出が受け入れられたのです。ハン最高尚宮殿の顔には、あざができ、唇はひび割れ、頬には髪がはりついていました。汗と、血で、顔も、着物も、汚れていました。チャングムさんも同じです。チャングムさんはわたしの前を歩き、わたしはその後ろから、ハン最高尚宮殿を馬に乗せて歩きました。しかしハン最高尚宮殿の息がいよいよ苦しそうになったので、わたしは馬を止め、最高尚宮殿をおろし、チャングムさんを呼んだのです。チャングムさんに最期の言葉を残して、ハン最高尚宮殿は息を引き取りましたが、その顔には、知っている者が見ればチャングムさんへの慈愛があふれていることがわかるものの、痛々しく、何も知らない人が見れば、目を背けたくなるようなものでした。チャングムさんも同じ痛々しい顔で、ハン最高尚宮殿のために、泣いたのです。傷跡と汗にまみれた顔に、涙を流して、号泣していたのです。その嗚咽の出る口元にも、唇にも、頬にも、額にも、傷がありました。その後、済州島へ行く船の中で、硫黄家鴨を売った鳥屋が、苦しみうめいて、死にました。内禁衛のわたしの部下も、同じように苦しんで死にました。チャングムさんも、死ぬのではないかと、わたしは心配したのです。しかし、チャングムさんは、死ななかった。生き残って、医女になって、宮廷に戻ってきた。もしもあのとき、チャングムさんが死んでいたら、わたしは、きょうあなたに、チャングムさんやハン最高尚宮殿と同じ苦痛を与え、殺しています。いや、もっとひどい苦しみを与えているでしょう。わたしは義禁府の取調べよりもずっと恐ろしい拷問を知っています。法による裁きなどいらない。あなたの皮膚がやけどと傷に覆われ、歯が折れ、髪が抜け、骨がきしみ、ゆがんで、何日も痛みに苦しんだあげく、誰にもいたわられることなく、さげすみの目でみられ、蛆に覆われて死んでいくようにすることが、このわたしにはできるのです。わたしは三浦の乱であらゆることを見ましたし、こういうことに役に立つ知人もいるのです。あなたは、わたしたちのいうことをきいたほうが利口だ。それがいやなら、チェ女官長の元へお帰りなさい。あなたはそこから来たのだから」

 ヨンノは、もはや何も不満をもらさず、この日以来、チョンホとチャングムにひれ伏すようになった。


〜〜〜〜(六十四)〜〜〜〜

 さらにその翌日の夜、チャングムは、チョンホに、チェ女官長と話をしたことを打ち明けた。

「チェ女官長様が、けさとても早く、夜も明けるか明けないうちに、うちに訪ねてこられたのです。母の墓に連れていってほしい、とおっしゃいました。チョンホさまには黙っていましたが、このまえ、王様の眼の見えなくなる前に、一時容態がよくなって、女官長様と最高尚宮様が釈放されたときに、女官長様にお会いしに行ったのです。まだ前の取調べで受けた傷が癒えていらっしゃいませんでした。

女官長様は、わたしの顔を見ると、水刺間の最高尚宮様の薬味入れにワライタケを入れたのはわたしの仕業だったのかと、きかれました。いいえ、わたしはそんな幼稚なことはしませんと、申し上げました。わたしは、最後の機会を差し上げましょう、今までの罪を償い、人間として正しく生きる機会を、と申し出たのです。わたしは申し上げたのです、『今回の件で、チェ最高尚宮様はハン最高尚宮様とまったく同じ嫌疑で投獄され、女官長様まで投獄されました。ハン最高尚宮様のお気持ちがおわかりになったでしょうか。ハン最高尚宮様は、嫌疑が晴れずに、奴婢の身分に落とされ、護送される途中で亡くなられたのです。チェ最高尚宮様がそうならなくてよろしゅうございました。わたしが味わった思いを、チェ女官長様は味あわずに済みました。これでおわかりになりましたか』と。わたしは、『人間の心があるなら、反省なさるべきです。己の罪を悔い、ハン尚宮様に謝罪してください。涙を流して心から許しを請うのです』と申し上げました。

チェ女官長様は、いいや謝らない、おまえになど謝らない、とおっしゃいました。こんなことでチェ一族は倒されはしない、と。

その女官長様が、けさ早く、わたしの母の墓に行きたいと、訪ねてこられたのです。チェ女官長様の証言で女官の掟を破ったとされ、毒を飲まされた母。父をさがしに都に来て、チェ女官長様に見つかり、チェパンスル様の放った刺客に殺された母。その母を、わたしは山の中で埋めました。石を積んでお墓を作りました。そこへ行きたいと、おっしゃったのです。わたしは女官長様を御案内しました。

女官長様は、母のお墓の前で土下座をされ、涙ながらに語りかけ、許しを請われました。女官長様は、まだ幼い見習いの頃のことを、母に語りかけていらっしゃいました。ハン尚宮様と母と三人で、よく一緒に遊んだと。ハン尚宮様は口数が少なくてあまり仲がよくなかったけど、好奇心旺盛な母とは仲が良かったのだと。その頃のお話には、女官長様のまごころがあらわれていると、思いました。わたしの母を手に掛けたくなかった、とおっしゃいました。わたしは、女官長様の言葉を信じたいと思いました。でも、わたしが、お役所に行ってすべてを打ち明けてほしい、と申し上げると、それだけは許してほしい、家だけは残してほしい、とおっしゃいました。

わたしは、『反省とは自らの行動に責任を取ることで、自分のしたことの過ちを悟り、犯した罪の償いをし、二度と同じ過ちを繰り返さないことです。自分の罪を世間に明かしもせず、何も失うことなく、ただ許しを請うだけでは反省とは言えません』と申し上げました。女官長様は、こうして土下座しているだろう、とお怒りになりました。わたしは、お役所にお行きください、とだけ申し上げて、母の墓の前から、帰って来たのです」

 チョンホは、「反省とは自らの行動に責任を取ることで、自分のしたことの過ちを悟り、犯した罪の償いをし、二度と同じ過ちを繰り返さないことです。自分の罪を世間に明かしもせず、何も失うことなく、ただ許しを請うだけでは反省とは言えません」と言ったときの、チャングムの気持ちを思い遣った。たとえどんなに深く悔い改めても、ハン尚宮も、チャングムの母親も、二度と帰ってこないのだ。二度同じ過ちを繰り返すことはできても、二度同じ罪を犯すことはできない。一度殺された人は、もう二度と生き返ることはない。同じ過ちを繰り返さないと誓っても、その通りに生きても、一度殺した人の命は、取り戻せないのだ。チャングムは、それがわかっていたから、チェ最高尚宮がハン最高尚宮のような最期を遂げないように、王の病気は料理のせいではなくて医局長の誤診であると証明したのだ。

 人が罪を重ねるのは、最初の罪のしるしを消したいからだ。だが罪を重ねれば重ねるほど、罪のしるしは深くなる。

 チョンホは、ふと思った。チェソングム女官長ひとりの罪だろうか? 六代に亘って最高尚宮を輩出してきたチェ一族が、その富とともに重ねてきた罪が、遂に清算されるときが来たのではないだろうか? そのために、チェソングム女官長の最初の罪の犠牲者であるパクミョンイは生き延び、チャングムを生み、そして再びチェ一族の手によってミョンイが殺され、チャングムがチェ一族の前に現われた。自分はそのチャングムを愛し、その自分をチェグミョンは愛し、それがクミョンにも罪を犯させたのだ。クミョンは、チェ一族の罪が清算された後も、生き延びるだろうか。罪を重ねずに生きる道を、クミョンは見出すだろうか。チャングムはそのためにクミョンの命を助けたのだ。

 チャングムはチェソングム女官長の命も助けたかった。だからひとりで会いに行き、反省せよと迫ったのだ。母ミョンイの墓に連れて行きもしたのだ。だがチェソングムが背負っている罪は、ソングムひとりだけの罪ではない。チェ一族六代に亘る罪のしるしが彼女なのだ。彼女は最後までその罪のしるしを背負っていくつもりなのだろう。そして、クミョンを、チェ一族の罪のくびきからはずしてやるのが、彼女なのだろう。


〜〜〜〜(六十五)〜〜〜〜

 さらに二日経った。

 チャングムは、皇太后に呼ばれ、そこにはチェ女官長もおり、皇太后からチョンユンスの遺書を渡せと言われたが、遺書を持っているというのは嘘だと答えたと、チョンホに報告した。チョンホは、言った。

「そろそろ、潮時ですね。内侍府の尚膳殿にお願いして、硫黄家鴨事件当時の関係者を全員集めてもらい、当時を再現しましょう」


〜〜〜〜(六十六)〜〜〜〜

 ミンジョンホは、左賛成のところに出向き、いよいよ始まります、と告げた。左賛成は、あとは、自分が王に、徹底的にオギョモを糾明するべきだと申し上げる、と答えた。そして、自分が取り調べの最高責任者になれば、オギョモのこれまでの悪事を暴くことが中心になり、チョンホに頼まれたように、チェ一族の女達を取り調べても拷問するようなことはしない、逆に、これまでオギョモに世話になってきた高官が取り調べの責任者になると、オギョモの罪はほとんど追及されず、チェ一族の硫黄家鴨事件の罪だけが厳しく裁かれることになる、と言った。チョンホは、硫黄家鴨事件の真相を明らかにできれば、チェパンスルの屋敷のみならずオギョモの屋敷も徹底的に捜索することができ、倭国の役人と交わした銀の取り引きの協定書も押収できます、必ず、と答えた。チョンホは左賛成の前から下がり、チョンユンスを連れて、チャングムと落ち合った。そして、硫黄家鴨事件の再現と審議が行われている部屋に向かった。

 その部屋には、まず、チョンユンスが入り、その後ろから、チョンホが、そして最後に、チャングムが入った。三人とも部屋に入ったとき、人々は、ユンスの姿を見て、まるで幽霊でも見たように、驚いていた。ただひとり、内侍府の尚膳だけが、落ち着きすましていた。その部屋で取り調べの責任者となっているのは、これまでオギョモに世話になってきた高官なので、途中までは、オギョモの弁論に押され気味だった。しかし、チェソングム女官長の反撃もすさまじく、その堂々たる弁論に一座の人々はすっかり呑まれて、形勢が逆転してしまった。そこに、チェパンスルが刺客を放ってまで消したがった、真相を知る人物、チョンユンスが入って来たのである。消した、いや、消えたはずの証人が現われたので、チェ女官長の驚きは、一座の人々のなかでも最も激しかった。

 チョンユンスは取り調べ官から問いかけられ、姓名と官職を名乗り、証言を始めた。硫黄家鴨事件では、当時の内医院の医局長で王の侍医だった者と自分とは、王の正確な病名も治療法もわからず、困り果てていたときに、オギョモとチェ一族とから、水刺間の最高尚宮の料理のせいにすればよいと持ち掛けられ、それに従った、と述べた。チェ女官長は、これはチョンユンスとチャングムによる、チェ一族を陥れようとの陰謀である、と反論した。

 それまでずっと黙って経緯を観察していた尚膳が立ち上がり、取り調べ官に、もうひとり、ここに証人を呼びたい、と申し出た。取り調べ官は許可を与えた。尚膳の合図で、ふたりの内侍にはさまれて、ヨリが部屋に入ってきた。ユンスとヨリとは、並んですわるように席をしつらえられた。尚膳は、ヨリは、先日、水刺間の最高尚宮の薬味入れに、ワライタケを入れた張本人であるが、それは捜査を霍乱するためであって、王に害を与える意思はなく、実際、ヨリがワライタケを入れたのは、王が意識を失って倒れ、最高尚宮の料理を食べることができなくなった後であった、と述べた。ではなぜヨリがそのようなことをしたのかというと、チェソングム女官長の前のパクヨンシン女官長に命じられたからである、パク元女官長は、チェ女官長によって職を追われたことを恨みに思い、復讐しようとしたのである、そのパク元女官長も、硫黄家鴨事件では、チェ女官長と共謀していた、その証拠もある、と言った。

 パク元女官長が硫黄家鴨事件でチェ女官長と共謀していた証拠がある、と聞いて、チェ女官長は激しく反駁し始めた。しかし、チョンホが、一つの書状を掲げて、それを遮った。それは先日、チャングムと一緒にパク元女官長の家を訪ねたときに、受け取ってきたものだった。

「チェ女官長殿。ここに、あなたがパク元女官長に宛てて書いた手紙があります。硫黄家鴨事件では、水刺間で料理の再現が行われました。この手紙には、これを持っていかせる奴婢の娘に、予め別の料理を食べさせて毒を摂らせてあるから、この者に家鴨料理の試食をさせるようにと、書かれてあります。この手紙に書いてあるとおりにパク元女官長に手紙を持って行き、家鴨料理を試食した奴婢の娘ホンイも、ここに呼んであります」

 チョンホがそう言うと、ホンイが、部屋の隅から、しずしずと歩いてきた。彼女は硫黄家鴨事件の再現のためではなく、単に部屋にいる人々の世話をするために、初めからこの部屋のなかにいたのであるが、それもチョンホと尚膳とがそのように取り計らっておいたのだった。

 チェ女官長は、それでも、自分は当時、太平館におり、宮中にはいなかったのだから、そのようなことができるはずがない、と言い張った。そこへ、パク元女官長の側近だった尚宮が現われた。自分がその日、太平館からチェ女官長を出して、宮中に来られるようにしてあげたではないか、と言った。チョンホは、この証言の通り、チェ女官長はその日、宮中におり、ヨンノに命じて、ホンイに、あわびの料理を食べさせ、そのなかに毒を仕込んでおいたのである、と言った。そう言ったときに、ヨンノが部屋に入ってきた。そして、チョンホの言ったとおりであると証言した。

 チョンホとチャングムとは、パク元女官長と会ったときに、彼女の家に同居している元側近の尚宮にも会って、クミョンが宮中に来られるようにした、という話をきいた。そのうえで、きょうの証言をするように取り決め、ヨンノにも口裏を合わさせた。そのことは、尚膳も既に知っているのである。だが、皆、黙っていた。

 チェ女官長はもちろん、クミョンがやったことを一番良く知っている人間であった。そもそもこの計画を立てたのはクミョンで、チェ女官長はそれに従ったのである。だがチェ女官長はクミョンの名を一切出さなかった。この取り調べの部屋のなかには、クミョンもすわっているのだが、彼女が苦しそうにチェ女官長を見ているのにもかかわらず、チェ女官長は一切気づかぬふりをして、すべてを自分に対する弾劾であるとして引き受け、抗弁していた。

 ついに取り調べ官は、この場では裁決を下すことはできないとして、王に報告し、義禁府での取り調べに移すことを宣言した。チェ女官長は、それまで、内侍府で監禁されることになった。


〜〜〜〜(六十七)〜〜〜〜

 ミンジョンホは副官に命じて、オギョモの屋敷を徹底的に調べさせ、倭国との銀の取引について、オギョモ自身が直筆で認めた協定書を入手した。パクプギョムとチェパンスルの屋敷もまた取り調べられた。チェパンスルは逃亡しようとして取り押さえられた。これにはチャングムの養父のカンドックも手を貸した。トックは、チェパンスルの屋敷の近くの船着場で船頭の振りをして、パンスルが逃げてくるのを待ち構えていたのである。トックが睨んでいた通りになった。パンスルが内禁衛の兵士達に捕縛されたのを、トックとチョンホとは一緒に眺めた。そして、トックが経費を請求したい、と言うと、チョンホは、ええ、できるだけたくさん請求してください、と笑顔で答えた。

 チェ女官長は、内侍府から逃亡した。彼女が見つかるまで、義禁府での取り調べはできなかった。彼女がどこをどう通って宮中から外へ出られたのか、女官が彼女の姿を氷室で見たとか、キム`の倉庫で見た、などという証言はあるものの、はっきりしたことはわからなかった。だが、最期は自害だったのか足をすべらせたのかわからないが、山中の崖の下で遺体が見つかった。チョンホがそのことをチャングムに告げ、遺体が確認された場所のことを詳しく話すと、チャングムは、母の墓のそばだと言った。チョンホは、最後はやはり、彼女の最初の罪の犠牲者の遺体が眠る場所に行ったのだな、と思った。彼女はチェ一族六代の罪のくびきを離れ、自分ひとりの罪を贖いに行ったのだ。もし彼女がチェ一族でなかったら? 彼女は、チャングムの母を手に掛けずに済んだのだろうか? だが、それを問うことは無意味であった。チョンホはチャングムと出会えたことで充分であった。ひとり、心の中で、チェソングムの冥福を祈った。


〜〜〜〜(六十八)〜〜〜〜

 オギョモ、パクプギョム、チェパンスル、チョンユンス、ヨリ、そして、チェグミョンが義禁府で取り調べられた。左賛成が取り調べ官になり、ミンジョンホが補佐を勤めた。取り調べの内容は、オギョモが国政を預かる廷臣であり高級官僚でありながら、朝鮮国に対して犯した大罪が中心であり、硫黄家鴨事件は添え物に過ぎなかった。チョンホはオギョモが倭国の役人と交わした協定書を掲げ、オギョモの抗弁を封じた。左賛成は判決を下し、チョンホが読み上げた。オギョモ、パクプギョムは全財産没収の上、流罪となり、チェパンスルは全財産を没収され、鞭打ち二十回ののち、奴婢として鉱山で働かされることに、チョンユンスとヨリとは、医務官・医女としての資格を剥奪されて宮廷から追放となった。ヨンノは宮廷から追放された。クミョンもまた、最高尚宮の職を解かれ、宮廷から追われることになった。

 クミョンが宮廷から去る日のことであった。チョンホとチャングムとが内医院で話しているときに、クミョンの姪で女官見習いのサリョンが、チャングムに伝言を持って来た。チャングムと会って話したい、という。チャングムはすぐに行く、と告げた。チョンホは、チャングムと眼を見交わし、自分は先に宮廷から下がっておく、と言った。チャングムは、クミョンに会いに行った。

 チョンホは、宮廷から下がり、官服ではなく、両班の平服に着替え、やがてクミョンが通るであろう道で、待っていた。チャングムと話をするといった場所からなら、この道を通ってくるはずであった。だが、もし会えなければ、それはしかたがない、と思っていた。人家のない、両脇に樹がまばらに並ぶ、寂しい道であった。やがて、クミョンの姿が見えた。ゆっくりと、こちらに向かって、歩いてきた。チョンホはその姿を見つめていた。クミョンもこちらに気づいたであろう。彼女は、最高尚宮のカチェもなく、官服もなく、慎ましい身態で、身の回りの物を持って、ひとりで歩いてきた。その髪は、既婚女性を表わす形に結ってあるが、それは宮中で尚宮になった者が結う形であり、彼女の心を表わすものではなかった。彼女がその髪を結うために添いたかった男は、彼女が今、別れてきたばかりの女と、一つに結ばれている。今更、何を言うことがあろうか。

 だが、クミョンは、チョンホから数歩のところで立ち止まった。今更何も言うことはない。だが、立ち止まらずにはおれぬ。その顔を最後によく見ておかねばならぬ。二度と会うことはないのだから。

 クミョンの口から、つぶやくように、詩がきこえてきた。

「むかし、わたしがまだ髷も結わない少年だった頃、
よく通った家に、かわいい少女がいました。
わたしはその家にある硯が珍しくて、通っていたのだけれど、
少女はいつも、そんなわたしを見て、はにかむようにほほえみました。
それから長いとしつきが流れました。

とてもたくさんの悲しみを知りました。
とてもたくさんの苦しみを知りました。
そして、とてもたくさんの人を傷つけました。
亡くなった人は還ってこないけれど、
失った時は戻ってこないけれど、
わたしのこころのなかには、いまも、
あなたと、硯と、やさしい春の陽射しがたゆたっています」

 クミョンのふたつの眼から涙がこぼれた。

 チョンホは、ただ、
「どうか、お元気で」
とだけ、言った。

 クミョンは、チョンホの前を通り過ぎ、ゆっくりと、去って行った。


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