ミンナウリのカード

2007/11/08 by てるてる

ミンナウリのカード〜(四十七)〜

〜(四十八)〜

〜(四十九)〜

〜(五十)〜

〜(五十一)〜

〜(五十二)〜


〜〜〜〜(四十七)〜〜〜〜

「やはり、やりおったわ。三日間、泳がせておいた。その間に病状日誌を一冊ずつ持ち出しては翌日返しに来た。三日で三冊ともすべて写し終えたと見える。あれでは一睡もできるはずがない。誰か手伝う者がいたのかもしれぬ。それは問うまい。日誌を三冊とも返したところを見計らって、内侍府でとらえた。少し懲らしめ、脅しをかけておくようにしたが、あれぐらいせねば、口で言っただけでは聞かぬ。もっとも、どう懲らしめ、脅したところで、やはり、聞かぬだろうが……困ったものだ。『ハン尚宮さまの恨みを晴らすためなら命は惜しくありません』と言いおった。充分怖い思いをさせてしばらくは懲りるだろうと見定めてから、釈放し、内医院に連れ帰るつもりだったのだが、チェ女官長が横槍を入れてきた。前のパク女官長も権高な人だったが、今のチェ女官長はそれよりさらに権高な人だ。そもそも、パク女官長を、オギョモの後ろ盾とチェ一族の財力を以てして追い払い、自ら女官長の地位に就いたような人物であるからな。しかし、内侍府の裁きにまで口出しできると考えるとは、思い上がりも甚だしい。そのような思い違いをいつからするようになったのだろう。富と権力の絶頂にある者が油断して躓き、全てを失う例はいくらでもある。チェ女官長はそんなことも忘れているのか。それとも、チャングムへの恐れが、愚かしい行いへと駆り立てているのかもしれぬ」

 ミンジョンホは、内侍府の尚膳の長い独白に、感謝の気持ちで耳を傾けた。この人がいなければ、チャングムは今頃は内侍達によって闇から闇に葬られていたはずである。思い返せばまだチャングムが内人になる前の見習いだった頃から、いつも彼女が何かことを起こすたびに、知りうる事柄はすべて教えてもらってきた。女官に王以外の男が興味を寄せることなどあってはならぬのに、この人は何も言わなかった。尚膳はその長い宮中生活で、常に流れに掉ささず、飄々と渡ってきたように見えるが、その穏やかな笑顔の裏で、どんなに多くの権謀術数を見聞きし、また自ら手を下してきたのか、計り知れない。しかし、チャングムに対しては、暖かい父親のような眼で見てくれていた。尚膳はさらに独白を続けた。

「チェ女官長にチャングムが内侍府にとらわれたと告げたのは内医院の医局長のチョンユンスだ。あの男は自分も王の病状日誌を読みに来て、チャングムが内侍府に捕われたことを知り、口止めされたにもかかわらず、チェ女官長に対してはまるで飼い犬のようにほえたてて注進に及ぶのだ」

王には数日前から病の症状が出ていた。内医院では王の病状についての会議が開かれ、王はこれまでに何回も同じ病を発病しているが、だんだんと頻度が高くなり、回復がおそくなっていると、報告された。そこでチョンユンスもまた、王の病状日誌を見て研究し始めたのである。

 チャングムが王の病状日誌を書き写すのを手伝ったのは、チャンドクであった。チャングムとチャンドクとは、硫黄家鴨事件のときの王の病状について話し合ったのだが、特に誤診を決定付けるものは見つけられなかった。

チョンユンスにしてもまた、王の病状日誌から、今の王の症状について、正確な診断名と治療法のための手懸かりを得ることはできなかった。

尚膳にお茶を御馳走になった後、チョンホは、内禁衛の副官から、チェパンスル商会で見つけたという地図を受け取った。それは昔、チャングムと知り合うきっかけともなった倭寇の密偵の持っていた地図と似ていた。チョンホは前のときの地図をさがしたが、どういうわけか、見つからなかった。

チョンホは毎日、カンドックの家とその隣のチャンドクの診療所を尋ねていた。カンドックからは、ユンマッケの料亭でオギョモ右議政と内侍のひとりが密談をしていた、という話を聞いた。オギョモは、チャングムが王の病状日誌を持ち出した件について内侍から話を聞き出そうとしたのだが、内侍府のことには右議政といえども口出しできないときっぱりと断わられた。このような席を右議政が設けて話を持ちかけてきたこと自体が問題であると言って、怒ったように出て行った。どうやら賄賂を差し出されたことを怒っていたらしい。その後でオギョモは、チェパンスルを叱りつけていた、という。芸者が観察したことを、トックはそのままチョンホに報告した。チョンホは、オギョモがチェパンスルを叱り付けた、という話に興味を覚えた。オギョモは内侍府のことに口出しするのは初めから乗り気でなかったのだろう。チェパンスルから頼まれて嫌々引き受けたに違いない。チェパンスルはチェ女官長から、チャングムが内侍達に捕えられたという話を聞いたのだろう。チェ女官長は、尚膳が言ったように、チャングムを恐れているのだ。内侍府に捕われたのなら闇から闇に葬られると期待していたところを、期待に反して無事に帰ってくる姿を見たものだから、どういうことか、確かめたかったのに違いない。

 チャングムは、硫黄家鴨事件の真相をつきとめるためにも、チョンユンスよりも早く王の今の病状の正確な診断をしたいと言うようになった。そのことを、医女修練生時代から友人となっていたシンビという医女にも打ち明けて、協力してもらった。すると、ヨリがチョンユンスに命じられて毎日違う薬を煎じていること、女官に処方するといって薬房から出された薬の多くが実際には女官に処方されていないことから、ユンスが王の治療に迷いを生じているらしいことがわかった。チャングムはチャンドクに王とよく似た病状の患者を集めてほしい、と頼んだ。チャンドクは引き受けた。

 チョンホは、チャングムがチョンユンスよりも早く王の正確な診断と治療法を見つけたとしても、それを実際に施療するには、結局は王の侍医であるユンスの手を借りなければならないことに思いを致した。ユンスは素直に従いはしないだろう。内医院では、たとえ副審議官のチョンホがユンスに命じたとしても、オギョモがそれを引っ繰り返すだろう。オギョモを牽制するために、オギョモを嫌っている皇后を動かすことが必要になるかもしれない。

 数日後、カンドックが、これから宮廷に出仕しようとしているチョンホを訪ねてきて、ゆうべ、ユンマッケの料亭で、このまえオギョモに会っていた内侍が、チャングムは王の病状日誌を持ち出したために内侍府に捕えられたとオギョモに教えていたと、伝えた。チョンホはそれを聞くとトックに返事もせずに王宮へ向かって急いだ。内医院に行ったが、チャングムの姿はなかった。チョンホは内侍府の尚膳に会った。チョンホはたたみかけるように話した。内侍のひとりが、チャングムが王の病状日誌を持ち出したことをオギョモに教えた。すぐにチェパンスルに、そしてチェ女官長に伝わるだろう。女官長は尚膳に、今度こそチャングムを処分せよと迫るだろう。そこで、尚膳には、皇后の御判断を仰いでいただきたい。ただしその前に、チャングムは王の病状について正確に診断し治療法を確立したいと考え、よく似た病状の患者を集めている、チャングムに研究をさせてやりたい、そう、皇后様にお願いしていただけまいか、と。尚膳は、結局のところ、それしかチャングムには助かる道はあるまい、と言い、引き受けてくれた。


〜〜〜〜(四十八)〜〜〜〜

 ミンジョンホは、ウンベクが前に管理官を勤めていた菜園で、チャンドクと、彼女が集めた、王の病状とよく似た症状の患者十人とともに、待機していた。そこへ内侍府の尚膳が、チャングムを連れて来た。皇后は尚膳に、チャングムを内侍府の慣例に従って処分せよ、と命じた。そして、チャングムは一度ほんとうに内侍達によって、さるぐつわをかまされ、縛られ、袋に詰められて、王宮の外に連れ出された。そこで内侍達に毒を飲まされるためであった。しかしそのあとチャングムはまた、王宮の中の一室に連れ込まれて袋から出された。その部屋で皇后がチャングムに、王の病を治してみよ、と命じたのである。このような手の込んだことをしたのは、チェ一族の目を晦まし、王の病状解明に専念するためであった。チョンホは尚膳と話し合って、手筈を整えておいたのである。

 王が意識を失って倒れた。オギョモ右議政をはじめ、内医院、内侍府、水刺間の責任者、および女官長が集まって会議を開いた。医局長チョンユンスは、水刺間の最高尚宮の料理の責任を問うた。近頃チェ一族は、病勝ちの王のために明国から珍しい高価な食材を仕入れて水刺間に納め、それをチェグミョン最高尚宮が料理したのである。ユンスは、数年前の硫黄家鴨事件のときも、水刺間の最高尚宮が王の療養先の温泉の村で個人的に仕入れた家鴨を王の御膳に出したために、王が高熱を出して倒れた、今度も同じである、と主張した。クミョンは、料理を作る前に内医院の許可を得た、と言った。チェ女官長は、内医院の医務官全員が誤診しているのではないか、と主張した。内侍府の尚膳は、硫黄家鴨事件の前例に従って最高尚宮の身柄を拘束するが、内侍府で一時預かることとし、内侍府・内禁衛・内医院合同で調査することを主張し、決定した。

 チョンホは内禁衛の副官に、この機会を逃さずチェパンスルの屋敷を徹底的に調査せよ、と命じた。特に帳簿の類は洩れなく徴収せよ、と念を押した。

 一方、チョンホは内医院で、チャングムは済州島に流した、と報告した。内侍府での処分は闇から闇に葬られて公にされることはない。チェ一族は恐らく内侍府の処分を見張っていただろうことを見越して、死んだと思われるように見せかけたが、他の者には、済州島へ流罪にしたと公表することにしたのである。医務官・医女達は驚いたが、オギョモ右議政が、王の病状解明が急がれる、今は医女がひとりいなくなったことなど問題ではないと発言し、皆、それに従った。チョンホは、チェ女官長の内医院への反発が強いので、チョンユンス医局長以外の医務官にも診断させることを提案した。そこで、チョンウンベク医務官とシンイクビル医務官も王を診断した。結果は、チョンユンスと同じ「傷寒症」の診断名であった。しかしウンベクとイクビルは、王の病状日誌にも書かれていないような小さな症状や、食材への過敏な反応がないか、調べてみたいと思っており、そのことを会議の後でチョンホに報告した。

 菜園でチャングムもまた、ウンベクやイクビルと同じことを考えていた。そこでシンビにチャングムが菜園にいることを打ち明けて、代わりに内医院で調べてもらいたい、とチョンホに言った。シンビは信用できる、シンビはチャングムが疫病の村に取り残されていたときにただひとりチャングムを擁護してイヨンセン淑媛やカンドック夫婦のもとを訪れており、またのちにはチャンドクにも会っている、という。チャンドクもシンビは信用できる、と言った。チョンホは人目につかぬようにシンビをひとり呼び出してチャングムのことを打ち明け、王の病状日誌にも書かれていない些細な症状について調べてほしい、と頼んだ。シンビは引き受けた。

 水刺間は内侍府が調査していた。そこで押収した物件から、尚膳にもチョンホにも思いもかけなかったものが、発見された。最高尚宮の遣うチェ一族の秘伝の薬味を入れてある容器から、ワライタケが見つかったのである。これは罠である、とチェ最高尚宮もチェ女官長も言った。チョンホもそう思った。しかし誰がそんなことをするのか、不可解であった。クミョンは義禁府に連行され、投獄された。このまま疑いが晴れなければ、厳しい取り調べの拷問を受けることになる。

 チョンホは、菜園に行き、チャングムに、クミョンが投獄されたことを告げた。そして、チェパンスルの屋敷で押収された物件で、見てほしいものがあると言って渡した。チャングムは、これは倭国の胡椒です、と教えた。倭国こと日本では琉球を通じて南方の胡椒を輸入し、それがまた朝鮮へと流れていたのである。チャンドクも、済州島にはよく倭国のものが入ってきていた、と言った。チョンホにとってはそれだけで充分だった。済州島にはチェ一族とオギョモが利権を求めて手を伸ばしていた。先日の倭寇の密偵の地図とよく似た地図といい、チェパンスル商会には、倭国との闇取引の疑いを濃厚に示す証拠が集まりつつあった。

 チャングムは、クミョンがワライタケなどを薬味に入れるとは思えない、と言った。チョンホもそう思うと言った。これは罠だと思われるが、誰が仕掛けたのかがわからないのである。

 チョンホは、カンドック夫婦にも、チャングムは済州島に再び流された、と告げていた。そして、チャングムが帰って来られるようにするためにも、チェパンスルとオギョモの行動を引き続き調べてほしい、と言ってあった。それが功を奏して、トックが、オギョモについて報告した。オギョモが、チェ女官長の前のパク女官長に会っていた、というのである。そこにはひとりの若い娘もいたが、それがどういう娘なのかはわからなかった、という。チョンホは、パクヨンシン元女官長がどのように関わってくるのかと、頭を巡らした。自分を追い落としたチェ女官長を怨んで、オギョモに、チェ一族と手を切り、自分と手を結ぶようにと持ちかけたのか。そばにいた若い娘とは、誰だろう。チョンホはトックに、その娘の似顔絵が描けますか、ときいてみた。トックは、字は書けないが絵は得意だ、といって、娘の似顔絵を描いた。チョンホはそれを見て、ヨリであることを知った。ヨリは、オギョモよりも先に、チェ女官長を裏切り、パク元女官長に取り込まれたのか? いや、それならパク元女官長はどうしてヨリのことを知ったのか。逆である。パク元女官長とヨリとはもともと、つながりがあった。ヨリがチャングムを疫病の村に取り残したり、イヨンセン淑媛を流産させようとしたりしたのは、チェ女官長のためと見せかけて、実は、パク元女官長のためだったのか。そして、チェ女官長を信用させておいてから、チェ最高尚宮を陥れた。ヨリは、目的のためには手段を選ばないのか? チョンユンス医局長の愛人であるとも聞いている。二人は示し合わせているのだろうか。ユンスは硫黄家鴨事件以来、チェ一族に取り込まれていたのだが、今回の王の病気では、水刺間の責任を追及している。とはいっても、内心では、チェ一族と決定的に決裂することを恐れているようである。チョンホには、ヨリという娘が不可解であった。あまり気が進まなかったが、チャングムにも、このことを話してみた。チャングムは、チョンホの言う通り、ヨリはパク元女官長とのつながりがあって、チェ一族に近づき、自分やヨンセンを陥れて信用させてから、今度はクミョンを陥れたのだろうと思う、と言った。そういうチャングムにも自信はなさそうであった。

 オギョモはパク元女官長と手を結ぶことにしたらしい。チェ女官長までが義禁府に連行された。そしてまた、チェパンスルも屋敷から連行された。三人とも、厳しい取調べを受けることになったのである。

 チョンホは、チェパンスルだけでなくオギョモも、倭国との不正取引に関与していると睨んでおり、そのための探索を続けていた。今ここで、チェ一族を切り捨てるのを見過ごすと、オギョモの不正を暴くことが難しくなる。ヨリがクミョンを罠に掛けたことを証明し、彼らを釈放できないだろうか、と考えた。チャングムもまた、クミョンが料理にワライタケの毒を入れたのが王の病気の原因だとされてしまうと、硫黄家鴨事件の真相を暴くことができなくなると思っていた。チャングムは、王の病状を解明することで、クミョンの冤罪を晴らしたい、と考えた。

チョンホとチャングムとは、今はチェ一族の冤罪を晴らす、ということで目的が一致した。


〜〜〜〜(四十九)〜〜〜〜

 ミンジョンホは、シンイクビル医務官をチョンホ個人の執務室に呼び出した。そして、イヨンセン淑媛事件について、チョンユンス医局長からは何も報告を受けていないのだが、チョンウンベク医務官から報告を受けた、そのなかで、シン医務官はヨリに、 「何らかの意図がなければあのような食事を出したりはしないだろう。何を企んでいる!」 と問い質したときいている、と言った。シン医務官は、そのとおり申しました、と答えた。チョンホは、その後もヨリに関して疑問に思うところはないかと、尋ねてみた。シン医務官は答えた。

「その後というより、今から思えば、その前から、おかしかったのです。ヨリは、非常に謙虚で、自分は修練が足りないので恵民曹へ送ってほしい、と言ったことが何回かありました。しかしいつも医局長殿や医女長が庇ってやったので、宮廷に留まっていたのです。イ淑媛様の事件のときには、あまりに重大なので、私が、恵民曹へ行け、と言い渡しました。それを医局長殿が止められたのは、まことに遺憾でした」

その感想は、ウンベクも述べていた。シン医務官は続けた。

「チャングムが疫病の村に取り残されたときも、ヨリの言動に不審な点がありました。私は、疫病発生の報告の前に、チャングムがヨリを問い詰めているのを見たことがあります。ヨリは頭を抱えて涙ぐみ、チャングムはそれを見ておろおろとし始め、周りを見回して、私と目が合ったのです。私はチャングムのヨリに対する態度を傲慢であると思い、宮廷から出て行くように、と叱りました。チャングムには、医女修練生のときから、聡明なものほど傲慢になりやすく、診断を誤る危険を冒しやすいと、教えてきましたし、チャングムも欠点を克服したようだったのですが、人間というものは一度にはなかなか変わりません。やはりまだ完全に欠点を克服していなかったかと思い、叱責したのです。しかしあのときのことも、後から思えば、ヨリの方がチャングムを陥れたのではないかと思われます。というのは、チャングムが疫病の村に取り残された原因は、ヨリの連絡が不充分だったからだけでなく、その前からチャングムが内医院で孤立していたので、他の医女と話をする機会がなかったことにもあると、思われるからです。そのようにヨリが仕組んだという証拠はありませんが、前後のようすを思い浮かべると、チャングムはヨリが仕組んだことと思い、問い詰めたのでしょう。今ではチャングムの方が正しかったと思います」

 チョンホは、頷きながら、目で先を促した。

「ヨリがなぜそのようにチャングムを陥れたのかは、わかりません。察するに、皇后様の双子の妊娠と流産の診断をヨリが誤り、チャングムが正しく診断した件、および、皇太后様が薬を受け付けなくなられたときに、お嫌いな食べ物を丸薬にして差し上げた件、この二つが、ヨリの嫉妬心をかきたてた、と想像できます。しかし、嫉妬心だけで、疫病の村に取り残すことまでするとは思えない。一歩譲ってそうだと認めるにしても、イ淑媛様の件は合点がいきません。イ淑媛様はチャングムと仲がよろしいそうですが、それだけの理由で、見つかれば死罪は免れないほどの企みをするとは到底思えません。ここに到って、ヨリは、単に嫉妬心だけではなく、何か他の目的があって、チャングムを陥れ、イ淑媛様に流産させることを企んだのだと推測したほうが、辻褄が合ってきます」

 チョンホは頷いた。シン医務官は、少し喉が渇いたふうであった。チョンホは黙って水差しから器に水を入れて差し出した。シン医務官はそれを一口飲み、話を続けた。

「ヨリはまだ、目的を果たしていないと思われます。このところ、王が倒れられ、内医院は慌ただしく、しかも当のチャングムがいないため、ヨリはおとなしくしているように見えます。しかし、ヨリは結局、イ淑媛様に対しても、チャングムに対しても、命を奪うほどのことを企みながら、そのどれにも成功していないのです。あるいはチャングムは済州島へ流されたから目的をそれで果たせたのだ、としても、淑媛様の件は明らかに失敗です。ヨリの本当の目的が何なのか、私には皆目見当がつきませんが、必ずまた何か仕出かすものと考えています」

 チョンホは、シン医務官に尋ねた。

「もしも、水刺間の最高尚宮の薬味にワライタケを入れたのもヨリだという話を聞いたら、あなたは信じますか」
 シン医務官は目を見開いて驚いた表情をした。しばらく考えてから、言った。
「誰に頼まれたのかはわかりませんが、その行為自体は、いかにもヨリらしい、と思います。チャングム、イ淑媛様、チェ最高尚宮殿に、何か共通点はあるのでしょうか」
 チョンホは答えた。
「三人とも元は水刺間の内人で、見習いの頃からお互いを知っていました」
 シン医務官はきいた。
「そこに何か原因が?」
 チョンホは言った。
「三人が水刺間の内人だった頃の女官長は、今のチェ女官長の前のパク女官長でした。ヨリは、そのパク元女官長と会っていたことがわかっています」
 シン医務官は言った。
「元女官長が、当時の内人達に恨みを抱いていたということでしょうか……?」

シン医務官は合点がいかなさそうであった。チョンホは、パク元女官長にとっては、元内人達は三人とも、自分の復讐を果たす道具でしかないのでは、と考えた。復讐の相手はチェ女官長である。クミョンはチェ女官長に復讐を果たすには最も効果的な道具であろう。チョンホはシン医務官に言った。
「パク元女官長が恨んでいる相手は別にいることがわかっています。三人の元内人達は、復讐を果たすための道具に選ばれたのでしょう」
「私はそのパク元女官長という方のことをよく存じ上げないのですが、そもそも、ヨリとどういう関係にある方なのでしょうか」
「それはこれから調べることにしましょう。ありがとう。あなたはとても参考になることを教えてくださいました」


〜〜〜〜(五十)〜〜〜〜

ミンジョンホはチョンユンス医局長と、内医院の執務室で差し向かいになった。部屋の隅に衝立が置いてあった。
チョンホは単刀直入に切り出した。
「チョン医局長殿。水刺間の薬味入れに、自分がワライタケを入れたという医女の証言がありました。あなたの指示でしょうか」
ユンスは、あわてて答えた。
「違います。わたしが知らないうちにヨリが勝手に入れたのです」
チョンホは信じられないというように言った。
「あなたの指示がなければそんなことをするはずがないでしょう」
ユンスはますますあわてた。
「わたしはチェ女官長に逆らうようなまねはしません」

チョンホは黙ってユンスの顔を見ていた。ユンスは言い続けた。
「わたしが、王の病状について調べながら、誰がワライタケを入れたのか、とつぶやくと、ヨリが、自分が入れた、と言ったのです。ヨリは、チェ女官長の前のパク女官長のために働いていると言っていました。オギョモ右議政もパク元女官長の側につかれたので、安心しろ、とわたしに言ったのです」
 チョンホはなおしばらくユンスの顔を見ていたが、ユンスの顔は真っ青になり、震えていた。
「も、元女官長が……、チェ女官長の不正の証拠を、右議政にお渡しすると、言ったそうです。右議政は、最近、チェ女官長やチェパンスルをうとましく思っている、と……、そう、ヨリが、言っていました」

チョンホは、衝立の方に向かって、
「お聞きになりましたか」
と声をかけた。ユンスが衝立の方を見ると、内侍府の尚膳が出て来た。ユンスは茫然とした。尚膳は言った。
「水刺間の調査は内侍府でおこなっておる。ヨリについても内侍府で扱う。ユンス殿はきょうのことを口外しないように。たとえ宮中でヨリの姿を見てもきょうのことを言ってはならん。よろしいですな。チャングムのことをチェ女官長に告げ口したようなことは、今度はしてはなりませんぞ」


〜〜〜〜(五十一)〜〜〜〜

 ミンジョンホは、カンドックと同じような良民の格好をして、宮廷から下がるヨリの後を付けた。笠を被り、白い髭をはやした、腰の曲がった老人の姿で、肩に袋を背負い、杖を突いて歩いた。よぼよぼとした足取りで歩くので、人とすれ違うときにも危なっかしくてしょうがない。夕闇が濃くなって道もますます歩きにくくなってくる。今にもこけるのではないかと思われた。そしてほんとうにこけてしまった。呻いていると、ヨリが、一旦入りかけた家から出て来た。

「おじいさん、足が痛いの?」
「足じゃないわい」
「じゃあ、どこが痛いの?」
「足に決まっておろうが」
「足じゃない、って言ったじゃない」
「わしの足が痛むのは、ここでこける前からじゃ」
「そのようね。お薬を煎じてあげましょうか」
「お嬢さん、親切じゃのう」
「ちょうどうちにいいお薬があるわ。煎じてあげるから、うちへ入って」
 チョンホはヨリの後について家の中に入った。ヨリが薬を煎じている間に、家の中を見回して、チョンホはきいた。
「お嬢さん、おっかさんやおとっつぁんはどこにいなさるね」

ヨリは答えた。

「小さいときに、ふたりとも死んでしまったわ」
「そりゃあ、気の毒に。じゃあ、おにいさんやおねえさんはいないのかい」
「おにいさんもおねえさんもいないわ。でも弟と妹が四人いるの」
「なんと、そんなにたくさんいるのかい。ここにはいないようだが」
「すぐ下の弟の家でみんな一緒に暮らしているの。田舎にいるのよ」
「お嬢さんだけが田舎から出てきたのかい」
「そうよ。わたしは宮廷の医女なの」
「そりゃあ、ごりっぱだ。たいしたもんだね」
「わたしを医女にしてくださった方がいるのよ。弟や妹達の面倒も見てくださったの」
「ほう、親切な方がいたんだねえ」
「わたしたちきょうだいは奴婢で、両親がなくなったときには、どこにも雇ってもらえないし、飢え死にしそうだったわ」
「かわいそうに」
「でも、そのことを、両親がお仕えしていた家の奥様が気づいてくださったの。それで引き取ってくださったのよ」
「そりゃあ、おやさしい奥様だねえ」
「ほんとうに、おやさしい方だわ。いくら感謝しても、し足りないぐらいだわ」
「奥様のおそばを離れて寂しくないのかい」
「いいえ、奥様は、都においでになるわ。奥様とはいっても、御自分のこどもはいらっしゃらないの。宮廷の女官だったのよ」
「なんと、そうなのかい」
「とてもごりっぱな方なの。今はお暇を戴いていらっしゃるけど」
「ほう、宮廷からお暇を戴いたのかい」
「ええ。まだお元気で、ほんとうはお暇を戴くようなお年でもないんだけど」
「宮廷というところはのんびり暮らすには向かないのかね」
「そりゃあそうよ。のんびり暮らすには一番不向きなところよ」
「そうなのかい」
「虎のように鋭い爪と、鷹のように鋭い目と、蛇のように賢い頭がなければ、生き延びられないわ」
「そりゃあたいへんだ。あんたはよくそんなところで勤めていられるね」
「奥様への御恩返しのためよ。なんでもできるわ」
「たいしたもんだねえ」
「さあ、煎じ薬ができたわ。おじいさん、飲んで御覧なさい」
「ああ、ありがとう」

チョンホは煎じ薬をひと口飲んだ。だがすぐに吐き出してしまった。
「どうしたの、おじいさん」
「この薬は、わしには効かん」
「なんですって」
「パクヨンシン元女官長の家に案内してもらえますか、ヨリさん」
その声を聞いて、ヨリは驚いた。


〜〜〜〜(五十二)〜〜〜〜

 パクヨンシン元女官長は、ヨリが、見慣れぬ身分の低い老人を連れて部屋に入って来たので、いぶかしそうな顔をした。しかし老人が老人らしからぬ声で話し出したのを聞いて、自分の耳を疑った。

「パクヨンシン殿。内医院の副審議官を勤めるミンジョンホです。オギョモ右議政の御命令で参りました。チェ女官長の不正の証拠をお渡しください」

 パク元女官長は、疑いを顕わにした。

「ミンジョンホ殿は、オギョモ殿とは仲がお悪いと、ヨリから聞き及んでいましたが」
「それは先日まで。ある医女との関係を右議政に咎められ、ふたりとも免職にするとおっしゃったのを、医女のほうだけを済州島に流し、わたしは隠密の働きをすることで許していただいたのです」

 ある医女とはチャングムのことだと、パク元女官長は理解した。結局、チョンホの言うことを信じて、チェ一族の不正の証拠となる書類を渡した。チョンホは肩の袋にそれを入れて、元女官長の家を辞した。


ミンナウリのカード〜目次〜