精神侵略とはなんだろうか
これは人類史上最も凶悪で残忍な破壊である
国際組織や政府の関与による市民に対する凶行。衛星技術を援用した地球規模での監視や侵略攻撃。虐待を目的とした思考スパイ。社会に蔓延する犯罪ネットワーク。精密な分析による効果的な精神圧迫。ストーカー群。情報操作により欺かれた市民。専門職や一般人の迫害、差別による殺人。問題に見て見ぬふりをしている識者たち。
心の自由を奪うことは生命を奪い取ることだ
人間の精神活動は万事の根源である。心の自由を奪われることはすなわちすべての自由を失うことだ。心の自由なくしては人間は機械同然でしかない。精神侵略によって犠牲者は人生の喪失や多大な損傷を受けている。ケアがなく、権利の回復もできず、後遺症だけが残されている。このような犠牲はただ一人とも増加させてはならない。被害者には可能な限りの支援が必要である。
加害者の精神負担を軽減する機構
この犯行があまりにも残酷無比であることから、加害者の精神負担を軽減することが、遂行上きわめて重要になると考えられる。ノン・リーサル・ウエポンの使用は犠牲者に遠方から機械操作で攻撃を行い、殺傷の成果を直接目にしなくて済む。また、攻撃が心や肉体の内部に加えられるため、例えば、ストーカー的な加害者は、神経活動の測定により計測されるダメージを見ることがない、もしくは、よく理解できない。そのため、本来の残酷性をオブラートに包み込むような方法で、人々を犯行に教唆することもできる。
修復不可能な被害者への権利侵害
被害者の基本的人権は一切配慮されていない、しかも、精神の自由を剥奪することによって、人生を丸ごと奪い去る性質を持っている。この犯行が、誘拐監禁に近い性質を持っているのはそのためである。私たちは、無法地帯での熾烈な蛮行にさらされたままになっている。被害者の権利の保障が何一つなされないのであれば、法律は人民の不当な暴虐に対する抵抗力をそぎ、弾圧するための道具にしかすぎない。そのうえ、一般人にまで無視されているとなれば、戦線で犠牲になっている民衆よりも不幸であり、私たちに一体何の人間性が保証されているといえるであろうか。
生命尊重の観点が欠如する現代
現代の人間は高次に社会化された生活を何の疑問もなく享受しているため、生命を実感する機会が少なくなった。都市化による自然の減少は、生命の実感をますます希薄にしている。私たちはそういった現代社会環境のまっただ中で、苛酷な襲撃にさらされている。生存のために苦闘しているものと、何も意識せずに生存の要求が満たされているものとの対比がそこにある。埋葬文化が人類文明の根源であるとしたら、私たちはいったい何なのであろうか。これでは文明以前の原始時代の住民である。
とどまることをしらない一般大衆の無力化
科学技術の発展により、それらを掌中に収めるものに比べ、多くの大衆はますます無力な存在となった。発展は常に人々の目に入らないところで押し進められている。それらを判断する権利を民衆は得ていない。また、兵器によるものではない、社会や心理による大衆操作の技術もかつてない進歩をとげた。そういった方法を止めどなく悪用すれば、どんなひどいことにつながってもおかしくはない。私たちは、力を取り戻す必要がある。大衆の無力化は人類の未来を失うことにもつながっている。