『クリスマスの朝に』

 

凍りそうに冷たい空気が、一気に体を包んだ。
「寒ッ」
思わず呟いて、高耶は空を見上げた。
優しい光を投げかけてくれる月は雲に隠れ、わずかな星が微かに瞬く。

ひとつ息を吐き、降り積もった雪の上を歩き出した。
ギシッ、ギシッ
踏みしめる足音が、いつもより耳に響く。

寝静まった町で、点滅するクリスマスのイルミネーション。
誰かが落としたツリーの飾りが、コツンと足に当たった。

いつもと同じようにバイトを終えて、いつもと同じように帰るだけだ。
なのに…

クリスマスだから、なんだってんだ?
イエスもサンタも信じちゃいない。
もうすぐ夜が明けて、いつもと同じ朝が来る。
それだけのこと。
オレにとって、なんにも特別な日なんかじゃないのに…

玄関のクリスマスツリー。
目が覚めると枕元に置かれていたプレゼント。
ふとした瞬間に蘇る他愛ない思い出が、どうしてこんなに胸を焼くんだ。

ギシッ ギシッ
黙って雪を踏みしめる。

帰る先は、誰も待ってない真っ暗な部屋。
それがなんだ?
冷たい布団だって、くるまってりゃ温かくなる。
そうして眠っちまえばいい。
眠りたい。
夢も見ないで…眠りたい…

ギシッ、ギシ、ギシギシッ
踏みしめる音に重なるように聞こえてきた足音に、顔を上げた。

「高耶さん」
嬉しそうに呼ぶ声、温かな白い息。
冷え切った体を、ふわりとカシミヤのコートが包み込む。

「バカ。なに勝手に抱いてんだよッ!」
文句を言ったものの、温もりが心地よくて振りほどけない。
「直江…」

        * * *

いつになく躊躇いがちに呼びかける声が、甘くて…
このまま抱きしめてしまいたくなる。

真っ白な雪の上で、
やがて空を染める朝焼けの下で、
俺の腕の中で…
淫らに狂わせたい…あなたを

今日は、救世主の生誕祭。
知っていると、あなたは言うだろう。
それがどうしたんだ?と…

あなたは知らない。
今日という日が持つ、もうひとつの意味を。

俺だけのジーザス
あなたが俺の、ただひとりの救世主
今日、世界中で人々が救世主の誕生日を祝っている。
その日に、俺が祝うのは…
祈るように会いたいと願うのは…

「行きましょうか」
誘って、真新しい雪の上に足を踏み出す。
薄くなってゆく夜の向こうに、微かな光の気配がした。

           2011.12.25

 

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