美弥にホワイトデーのプレゼントを探す高耶の側で、
「ああ。これもいいですね。」
そう言うと、直江は小さな包みをいくつか手にした。
「ん? そんなの美弥には合わねえだろ?」
「ええ。ですからこちらは私の方のお返しに…。」
にっこり笑った直江を、高耶が不機嫌に見上げた。
「ダメだ。」
「?」
「そんなもの買わなくていい!」
言い捨てて、さっさと歩いて行く高耶を、直江は慌てて追いかけた。
「なあに? 景虎ってば妬いてんの? か〜わいい〜」
電話のむこうで綾子が吹き出した。
「そんなんじゃねえよ。 数が多いから買ってたんじゃ高くつくだろうが!」
むきになって言い訳しながら、内心どきりとした。
妬いてる・・のだろうか?
プレゼントを選ぶ直江の姿が、なんだか腹立たしかった。見たくなかった。
でも落ち着いて考えると、お返しをしないというのも良くない気がする。
そこで綾子に相談してみたのだが、この分では笑われて終りになりそうだった。
「ごめんごめん。くすくす。そうねえ、クッキーなんかいいんじゃない?」
「お、それなら出来る。うん。うん。なるほど。」
簡単な作り方を教えてもらって電話を切った。
なんで俺があいつのお返しなんか作ろうとしているのか。
馬鹿げてる。でも・・。
(チョコ食っちまったしなあ)
チョコには気持ちが入っていたのだ。だから気持ちで返す。
直江はやれない。あいつは俺だけのものなんだ。だから…。
粉をこねてクッキーのタネを作る。
せっせとやっているうちに、いつのまにか楽しい気分になってくる。
「手伝いましょうか」
「うん。じゃ、これ持っててくれ。」
ふたりで一緒に作る。
朝の日差しが、窓からこぼれる。
やがて甘い香りが満ちてきて、大きさも形も様々なクッキーが焼き上がった。
「おおっ。結構うまくできてる。これなら大丈夫だよな!」
高耶が嬉しそうに笑った。
この極上の笑顔を他の誰にも見せたくない。
自分のいないところで、悲しい思いなんてしないでほしい。
笑っていてほしいと思う。
けれど、笑顔も涙も全部一人占めにしていたい。
そんな矛盾をかかえたまま、直江は微笑んで頷いた。
袋に入れてリボンをかけると、かわいいプレゼントが出来上がった。
「よし、行ってこい。」
バレンタインの時に負けないくらいの荷物を、高耶は直江に差し出した。
「あの…。今日は会社も休みで、家にまで行くのはちょっと…」
「あ、そうだよな。じゃ、明日・・。」
これを持って会社に行く直江を想像して、高耶は言葉につまった。
似合わない。いや、むしろ似合い過ぎる。
手作りの贈り物なんて、かえって誤解を招きそうじゃないか。
「俺も行く。やっぱり今日、渡しに行こう!」
名簿と地図で家を探して持っていく。
一緒に行くと言いながら、高耶はもちろん文字通り『行く』だけである。
それでもお返しを受取った彼女たちは、微妙になにかを感じ取った。
応えてもらえない思い…けれど感謝の思いがいっぱい詰まった贈り物。
渡せなかった人の分だけ、明日持っていくことにして家に帰った。
もう夕闇がそこまで来ていた。
「このクッキー。ひとつ貰えませんか?」
「いいけど・・なんでおまえが」
「わたしもお返しを頂いてもいいでしょう?」
お返しなんて今更なもの、欲しいわけじゃない。そんなもの何一ついらない。
ただ高耶とふたりで作ったこのクッキーは、特別なものなのだ。
本当は誰にもあげたくないほどに。
「ダメだ。」
「えっ!!」
「それはやれない。」
きっぱりと言った高耶を、直江は驚いて見つめた。
なぜそんなことを言うのかわからない。怒ってなどいないはずなのに。
それとも、自分は何かまずいことをしたのだろうか?
「おまえには…」
と言おうとして、赤くなって俯いた。
わけがわからずに見つめている直江の視線が痛い。
このクッキーは高耶にとって(お詫びの気持ち)だったのだ。
(ごめんな、直江はやれないんだ…。)
そんな気持ちを直江に贈るなんてできない。
「おまえには、これ以上やるものなんかない!」
直江は、ますます目を丸くして見つめた。
本当に言いたいことを全部飛ばして言った。
(おれの全てをおまえにやる。この魂もなにもかも。
・・・それ以上なんて、ないんだ)
こんなにすっとばして、伝わるはずがない。でも言葉でなんか言えない。
何も言わず、直江が高耶を抱きしめた。
涙がひとしずく頬を伝って高耶の首筋に落ちた。
「ちょっ…直江! 泣くなよ。俺が言いたかったのは…」
焦る高耶をもっと強く抱きしめて、震える声で直江が言った。
「ありがとう。高耶さん。」
あんな言葉でも、伝わったのだ。その瞳と表情だけで。
言葉なんていらない。他に欲しいものなどない。
抱えきれない…これほどの幸せ…。
幸せが溢れて夜空に流れる。
この夜も、この空の下で、限りないほどたくさんの思いが溢れている。
哀しみも苦しみも恨みも…抱えきれずに溢れても。
幸せも喜びも、それを凌駕するほどに溢れているのだ…きっと…。