「景虎ぁ。お前、オレと直江のどっちが上手だと思う?」
すっと耳元に唇を寄せて、千秋が囁いた。
今、この部屋にいるのは二人だけ。
直江は残業で、まだ帰らない。
「上手って、何が?」
肩に廻した手を、鬱陶しげにのけて聞き返した高耶に、
千秋は小さく吐息を吐いた。
「…やっぱお子ちゃまだな。」
呟いて、唇の端でふふんと笑ってみせると、
「なんだよ、それ。聞き捨てならねえ。」
負けず嫌いな高耶は、思ったとおり簡単に挑発にのってくれる。
(ホントかわいいやつだぜ)
笑い出したくなるのを抑えて、千秋はじっと高耶を見つめた。
ほのかに熱のこもったまなざし
けれど高耶は、気付いてもいない。
それとも気付かぬフリをしてるのか…?
「試してやろうか」
もういちど肩に手を廻すと、今度はしっかり抱き込んだ。
「だから! 何なんだよ。さっきから聞いてんのに、ちゃんと答えろよ」
本気でわからないらしく、じれる瞳が妙にそそる。
冗談でなくなりそうな危うい感覚。
このまま溺れたいような気さえしてくる。
顎を掴んでこちらを向かせると、千秋はそっと唇を近づけた。
大きく見開かれた目に、怯えが浮かんだ。
青ざめた頬が、微かに震えている。
唇が触れる寸前で、千秋は顔を背けて吹き出した。
「あははは。今のマジでびびったろ?」
声も出せずに固まっていた高耶の顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「お、おまえ…冗談にもホドがあんだろうっ!!!」
笑う千秋の背中を拳でガツンと一発叩いて、高耶はようやくホッとしたように笑った。
「直江、もうすぐ帰るかな?」
「帰ってくんじゃねえの?…ったく。てめえは口を開くと直江だな。」
「…んなことねえよ。」
さっきとは違う赤に染まった顔で俯いた高耶を、千秋はそっと見つめた。
仲良くやれよ。
ほんの少し、もったいないことした気もするけど。
ふふっと笑って煙草に火をつけると、南の窓を開けた。
強い風が、黒い雲をどんどん追いやってゆく。
雲間からようやく覗いた月が、雨上がりの夜空に美しく輝いていた。
2005年6月24日