「直江、月だ。今日は満月だったんだな。」
腕の中で、高耶が嬉しそうな声を上げた。
ついさっきまで直江だけを映していた瞳に、今は美しい月が宿っている。
彼岸が過ぎ、夏場は涼むのにちょうど良かった縁側にも、いつのまにか秋風が吹いていた。
「風邪をひきますよ。」
と上着を羽織らせたのだが、ふと目が合って瞳を見つめて、そっと唇が近づいて…重ねてしまったら、もう止まらなくなってしまった。
そうして抱きしめている最中に、高耶が月に気付いたのだ。
月光に照らされた肌が、こんなにも俺を誘っているのに。
俺があなたを抱きしめているのに。
どうしてあなたは…。
視線を遮るようにくちづけた。
他に何も考えられなくなるように。熱く。深く。
「ん……はっ…・・はぁっ」
やっと息をついで、高耶が直江の顔を真正面から見据えた。
「んなことすっから、せっかくの月が雲に隠れちまったじゃねえか。」
上気した頬で睨まれても、応える直江ではない。
「そんなに月が見たいんですか?」
棘を含んだ直江の声に、高耶はふっと微笑んだ。
「月は・・・お前と似てるんだ。」
太陽が高耶なら自分は月だと、随分昔からそう思っていた直江である。
高耶の言葉は意外ではなかった。
ただ、それを高耶が口にしたことが意外だった。
直江の苦しみをよく知っているはずの彼が、なぜ今、それを言うのか。
そんな胸中を思いやるように、高耶は直江を見つめた。
「月は太陽がないと輝けないと、今でも思っているのか?」
もちろん、恒星ではないのだから、科学的にはその通りなのだが。
高耶が言おうとしているのは、そういうことではなかった。
「俺は、そうは思わない。月は太陽の輝きを受けて、自分の色にして輝いてる。
あれはきっと、太陽の光も闇も、全てを受け入れて、自分のものにしてるんだ。
それはもう月自身の輝きだ。 太陽とは違う、月だけの光…。
俺は月の光が好きだ。」
寂しい夜に、寄り添うように輝いていた月は、お前に似ている。
高耶はそう言うと、天に輝く大きな満月を見上げた。
誇らしげに夜空を見る高耶の瞳は、月よりも美しく輝いていた。
「では・・今日は満月だから、月は地球に邪魔されずに、太陽を独り占めできるんですね。」
高耶を強く抱きしめて、耳元で囁いた。
「一晩中、あなたは俺だけのものだ。」
いつもなら「馬鹿!」と返ってくるはずの言葉が、今日は返ってこなかった。
かわりに瞳を閉じた高耶を、あますところなく受け止める。
「お前が月に似てるんじゃない。月が、お前に似てるんだ。」
月よりも星よりも、俺を満たすもの。
―直江。
2004年9月28日