『月よりも星よりも』

「直江、月だ。今日は満月だったんだな。」
俺の腕の中で、あの人が嬉しそうな声を上げた。
この人は・・・どうしてこうも空を見るのが好きなのか・・・
ついさっきまで俺だけを映していた瞳に、今は美しい月が宿っている。

それは確かにたまらなく魅惑的な光だった。
だからよけいに俺だけの光にしたくて、視線を遮るようにくちづけた。
「ん・・はっ・・はぁっ」
やっと息をついで、高耶が直江の顔を真正面から見据えた。
「んなことすっから、せっかくの月が雲に隠れちまったじゃねえか。」 上気した頬で睨んでも、ちっとも怖くなんか無いのだけれど、怒った顔がとても愛しくて、ほんの少し悪いことをした気分になる。

「すみません。あなたの瞳が綺麗だったので、つい・・・。」
そう言って微笑んだ。嘘ではない。それだけが理由ではなかったけれど。
「な・・恥ずかしいこと真顔で言うなっ!」
慣れたはずなのに、思わず赤くなってしまった。
言おうとしていた言葉が出てこない。
「そんなに月が見たいんですか?」
ちょっと不満げな直江の声には気付かず、高耶はふっと微笑んだ。

「月は・・・お前と似てるんだ。」
太陽が高耶なら自分は月だと、随分昔からそう思っていた直江である。
高耶の言葉は意外ではなかった。ただ、それを高耶が口にしたことが意外だった。
直江の苦しみをよく知っているはずの彼が、なぜ今それを言うのか。
そんな胸中を思いやるように、高耶は直江を見つめた。

「お前、月は太陽がないと輝けないって思ってるんだろう?」
もちろん、恒星ではないのだから、科学的にはその通りなのだが。
「だけど。俺は月の光が好きだ。月は太陽の輝きを受けて、自分の色にして輝いてる。
あれはきっと、太陽の光も闇も、全てを受け入れて、自分のものにして輝いてるんだ。
そういうのは自分で輝いてるって言えないか?」
寂しい夜に、寄り添うように輝いていた月は、お前に似ている。
高耶はそう言うと、天に輝く大きな満月を見上げた。
誇らしげに夜空を見る高耶の瞳は、月よりも美しく輝いていた。

「では・・今日は満月だから、月は地球に邪魔されずに、太陽を独り占めできるんですね。」
高耶を強く抱きしめて、耳元で囁いた。
「一晩中、あなたは俺だけのものだ。」
いつもなら馬鹿!と返ってくるはずの言葉が、今日は返ってこなかった。
かわりに瞳を閉じた高耶を、あますところなく受け止める。

「お前が月に似てるんじゃない。月が、お前に似てるんだ。」
月よりも星よりも俺を満たすもの。
―直江。

                          2004年9月28日

 

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