誕生日に

「海に行きませんか、高耶さん。」
夕食の後片付けをしながら、直江が言った。
「そうだな。家にいるより涼しいか。」
皿を拭き終った高耶が、そう言って微笑んだ。
ふたりで夜風に吹かれながら歩く。
潮の香りがしてきた。
「やっぱ、涼しいな。」
高耶は、う〜んと伸びをして、楽しそうに歩いていく。
それをすっと追い越すと、手をとって
「こっちへ。」
と直江が岩の上に誘った。
 夜の岩場は、見えにくくて危ない。
直江が連れて行ったのは、結構大きな岩の上だった。

上に登って、高耶は息を飲んだ。
真っ黒い海の上、正面に大きな月が輝いていた。
月明かりできらめく水面を、幾重にも波が寄せてくる。
寄せては砕ける波の音が、胸に響く。
黙ってしばらくそれを見つめていると、胸の奥が熱くなってくる。
直江はきっと、この景色を見せたくて、ここに連れてきたのだ。
岩の上で、直江の隣に並んで座った。
見ると、直江は星を見上げて、手を合わせている。
「なにをしてるんだ?」
不思議そうに尋ねた高耶に、
「なんだか感謝したくなったんです。」
そう言って、直江は微笑んだ。

 あなたに繋がる全てのものに感謝を。
出会えた奇跡に。胸の痛みに苦しみに。
何もかもが、今に繋がっている。

「お誕生日おめでとう。高耶さん。」
プレゼントもなくて、と言いかけた直江の言葉を遮って、高耶が言った。
「いいんだ。これ以上もう何もいらない。」
欲しいものは、目の前に全てあるのだから、と口には出さなかった。
おまえの声、おまえの手、そして愛しい魂…全てがここにあるのだから。
自然にくちびるを重ねた。お互いの背に腕をまわして、命の熱さを確かめ合う。

 ここに在る。ただそれだけで、涙がこぼれるのはなぜだろう。
 胸に満ちてくる安堵と、切なく求める思いが、溢れてとまらない。
 このままでいい。このまま夜明けまで、ここでいよう。ふたりで。

 

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