『スイート・スイート』

 

 低い空。薄いグレーの雲から、白い雪が音もなく舞い降りてきた。
俺にとっては珍しくもないが、暖かい房総では違うらしい。
「あ、雪だ!」とあちこちで歓声があがる。

ふわりと肩にコートが掛けられた。
「何を笑ってるんです?」
横に並んだ直江の問いかけで、いつのまにか自分が笑顔になっていた事に気付いた。
「いや、別になんもないんだ。」
雪に喜ぶ人たちを見てて、なんだか嬉しくなった。なんて言えるわけがない。

直江は不思議そうに俺を見つめたあと、優しいまなざしになって微笑むと、
「ほら、小さいけれど結晶になってますよ。…綺麗だ。」
俺の髪についた雪を、はらりとコートの袖に移してみせた。

そんな仕草が呆れるほど似合っていて、
「まるで映画のワンシーンみたいだな。」
と言ったとたん、あいつが俺の肩にすっと腕を廻して抱き寄せた。
「映画ならこうするでしょう?」
耳に唇を寄せて甘い声で囁く。

ここがどこだと思ってんだ。車も人も普通に通る真昼間の公道なんだぞ。
おまえは恥ずかしいって言葉を知らねえのかっ!!!
真っ赤になった俺が、固めた拳を打ち込もうとした瞬間、あいつは笑って手を離した。

「あなたがいけないんですよ。そんな優しい瞳で俺をみるから、つい抱きたくなる。」
ば…っかやろう。俺をからかうなんて、いい度胸してんじゃねえか!
ゴツンと頭を一発叩いて、早足で歩いた。

まだ鼓動が早い。
肩を抱かれるだけで、おまえが耳元で囁くだけで、ドクンと心臓が鳴り始める。
こんな俺を、おまえは知っているんだろうか。

知られたい…?
知られたくない! こんなのホントの俺じゃない。
だけど…なら何がホントなんだ?

おまえといると、知らなかった俺がどんどん出てくる。
それは消えちまいたいくらい恥ずかしい俺だったり、持て余すほど強い感情だったりする。
なにもかもが丸裸にされちまって、なんにも隠せない自分が見えてくるから困る。

だけど…それがホントの俺なんだってこと、俺は知ってる。
おまえには、俺がどんな姿に見えてるんだろう?
ホントの俺を知っても、おまえは変わらないでいてくれるだろうか。

雪が次第に速度を増して、髪に、肩に、降り積もる。
白くなってゆく視界の先にピンクの看板が見えた。
「高耶さん。 まさか本当に怒って…。」
すぐ後ろから、直江の不安げな声が近づく。
逃げるように店に飛び込んだ。

アイスクリームが並んだショーケース。本日のオススメが書かれたボードが目に入った。
2月14日。…あれ?今日はバレンタインだったのか。
出張で千葉にいた直江が、俺を呼び出してまで会いたいと言った理由が今頃わかった。
あいつも俺も、女じゃないけど。好きって気持ちを伝える日なんだ、今日は…。

「これ、下さい。」
ひとつだけ買って表に出た。
入ろうかどうしようかと迷っていたらしい直江に、買ったばかりのアイスを押しつける。
「はい? これは…?」
「おまえにやる。一応チョコだからな。」
最後の言葉は、聞こえないように呟いた。

こんな寒い雪の日に、アイスを食べさせるなんて、嫌がらせとしか思えないよな?
なのに直江は、満面の笑顔になって、美味しそうにひとくち舐めた。
ひとくち舐める毎に、俺の顔を見てにっこり微笑むから、なんだか恥ずかしくなってくる。

「なんか…おまえが舐めてるとヤラシイぞ…。」
「あなたがくれたんでしょう? だからあなただと思って、ゆっくり味わってるんです。」
「やっぱ返せ! んなことされっと落ちつかねえ!」
無理やり取り上げて、パクンとかじった。

「間接キスですか。大胆で情熱的だ。」
やっぱり俺をからかってんだ! こいつにチョコなんかやるんじゃなかった!
もうひとくち食べようとしたら、横から直江にひょいと取り上げられた。
「あなたはこれを。せっかくもらったバレンタインチョコを食べられちゃかないません。」
綺麗にラッピングされた箱を俺に渡すと、目を閉じてアイスに口付けた。

「知ってましたか? 俺は400年の間あなたを見てきたけれど、
ほんの一瞬も見飽きたことがないんです。
知れば知るほどもっと知りたくなる。
今日のあなたも明日のあなたも。ずっと見ていたい。
自分でもおかしいくらい、あなたを愛してる。」

そう言うと、真面目な顔で俺を見つめる。
なんでおまえは、いつもそうやって俺の心にまっすぐ触れてくるんだろう。
俺は言えない。きっとひとこと口に出したら、思いが溢れて涙になる。

だから俺は何も言わずに、直江に貰った箱を開けてチョコをひとつぶ口に入れた。
甘さがなめらかに舌の上で溶ける。
そのまま直江の手を掴んでアイスをひとくちかじった。

おまえの思いと俺の思いが、このままひとつになればいい。

白い雪が、俺達を包んで降りしきる。
唇に落とされた直江のキスは、チョコよりもっと甘かった。

 

         2005年1月30日      by 桜木かよ

 

これはmitakoさまに差上げた11000キリリクです。
mitakoさまのサイトの1周年記念の贈り物でもあったので、
すっきりした長さの甘甘を目指したんだけど・・・やっぱ長かったですね〜(^^;

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→  

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